51 信長の真実 上
史実武将の性別改変があります。
苦手な方はここで読了をお願い致します。
弘治二年(1556) 九月二十日
尾張国春日井郡 清州城
「殿は、殿は本当に男なのですか?」
言ってしまった…
信長の凍り付いた表情を見て、口に出したことを後悔しそうになるが、一度口に出した言葉はもう取り消すことは出来ない。
信長は誤魔化すのだろうか? それとも素直に認めるのだろうか?
どう出るのかを見ていた俺だが、俺の後ろの襖が開かれたことに気が付き、思わず振り返った。
そして振り返った先には、表情のない顔で抜刀した恒興と政秀が立っていた。
これが答えか!? と思い臨戦態勢を取ろうと、刀に手を伸ばした俺だったが、その隙を狙って恒興が素早く切りつけてきた。
咄嗟につい刀を手にしようとしたが、俺に敵対する意思はない。
俺は刀を拾い上げると中庭へ投げ捨てた。 無論脇差もだ。
俺のまさかの行動に驚いた二人は、一瞬動きが止まった。
しかし、これで彼らが攻撃しなくなるわけがない。
俺としても、このまま無抵抗で殺されてやるわけにはいかないので、苦肉の策に出ることにした。
「ふっ!!!」
すぐに二人は攻撃を再開した。 先手は恒興だ。
「何!? ぐっ!!」
俺は袈裟切りを避けると、両手で恒興の腕を掴んだ。
そのまま力任せに捻り上げつつ、自身の膝を鳩尾にねじ込んだ。
息が詰まったことで、抵抗が弱くなった恒興を、俺は渾身の力で中庭へ蹴り飛ばした。
「はぁ!!!」
政秀は老人とは思えない気迫と共に、突きを放った。
恒興を蹴り飛ばして体勢が崩れたことで避けきれず、肩口を浅く切り裂かれた。
しかし政秀はこの突きで俺を仕留める気だったのか、避けられたことに驚愕の顔を浮かべていた。
その隙をつこうとする俺だったが、流石に老体である政秀を恒興と同じように全力で蹴り飛ばすことは出来ない。
迷っているうちに、政秀は体勢を立て直し、正眼に構え直した。
グズグズしていると恒興が戦線に復帰しかねない…
俺は攻めに転じる為、一足飛びで距離を詰めた。
まさか丸腰の俺が攻めに転じるとは想定外だったようで、政秀は焦って刀を振った。
しかし刀は振り始めが一番威力に乏しい。 切っ先が俺に触れる前に、俺は柄を握って外掛けで倒した。
そしてそのまま政秀の上にのしかかり、動きを止めた。
「いきなり何されるのですか!? 殿も何か言って下され!!!」
俺は政秀の刀を奪い取って、遠くに投げつつ叫んだ。 しかし信長は未だ無表情だった。
このままではジリ貧だ、しかし逃げるわけにもいかず迷っていると、少しだけ信長の目が動いた。
「なっ!?」
それと同時に、背後で殺気を感じて振りむくと、懐剣を振り下ろさんとする、濃姫の姿があった。
その姿には宴の時に見た朗らかさは欠片も無く、まるで幽鬼のようにも見えた。
俺は政秀から片手を離し、懐剣を持つ濃姫の手を受け止めた。
単純な膂力では負けないが、濃姫は全体重と、重力を味方につけているのに対し、俺は片手でしかも病み上がりだ。
「くぅぅ…!!!」
「くっ!!!」
じわじわと切っ先が俺に近づき、あと少しで刺さる所まで来た。
中庭に目をやると、蹴り飛ばした恒興が縁側に足をかけていた。 最早絶体絶命だ。
「お主ら、もうやめよ!!!!」
俺に刃が触れそうになった瞬間、信長が叫んだ。
その声にその場にいる全員の動きが止まった。
「お主らのせいで誤魔化すことが出来なくなったではないか…」
信長は困った様子で頭を振り、ため息をつきながら、ドカリと座り込んだ。
そして信長は静かに、だがはっきりと言葉を紡いだ。
「如何にも、この儂は女である」
「くっ! 殿、申し訳ございません!!! この失態は我が命をもって贖います!!!」
秘密を守れなかったと悔やんだのか、恒興は持っていた刀を首筋にあてた。
流石に今恒興を死なすわけにはいかない。
濃姫の攻勢が緩んだことで自由になった俺は、恒興の刀を奪い取った。
恒興が死のうとするのなら当然政秀も危ない。
急いで振り向くと、政秀も脇差を抜いていた。
この死にたがり共め!!! 俺は心の中でそう毒づきながら、政秀の脇差を弾いた。
そして濃姫に目をやると、彼女はどうして良いか分からないといった様子で立ち尽くしていた。
どうやら命の危険はなさそうだ。
しかし念には念だ、俺は濃姫の懐剣も奪い取ると、手が届かないよう中庭へ投げた。
「して、藤吉郎。 お主に問おう この事実を知り、お主は如何する?」
俺を見定める気なのだろうか、信長は真っ直ぐに俺を見た。
「今までと何も変わりませぬ。 引き続き殿にお仕えしとうございます」
俺は深々と信長に平伏した。
今俺の目には、畳しか映っていない。
切られたら切られたで、それもまた定めと受け入れよう。
「なぜじゃ? 儂は男ではない、本来ならば織田家を率いる立場では無い者だ。 この事が家中や他国に知れようものなら、儂は求心力を失い家中は分裂、瞬く間に攻め滅ぼされることになろう。 この情報を他国、それこそ斎藤や今川に売ればお主は容易く出世出来ようものだ。 お主は確か今川に縁があったはずだろう? だが、何故そうせんのだ? 何故引き続き儂に仕えると申す? それとも儂の弱みを握り、当家で成り上がる為か?」
その言葉に俺は顔を上げ、信長を見つめた。
信長の瞳には疑念や焦り、恐怖など様々な感情が渦巻いて見えた。
「そうではありませぬ。 ただ殿のお側に居たい、それが理由ではいけませぬか? 殿は某の憧れであり、唯一無二の御方 必ずや天下を取る御方!!! 某は殿の下で、その覇業を支える家臣として生きたいのです!!! 例え殿が女子であろうとも、関係ありませぬ!!! 某は、織田信長と言う人間に深い憧憬を持ったのです!!! 某がお仕えする主君は、織田信長只一人、某の魂がそう言っておるのです!!!!」
俺はそう叫ぶと再び、畳に額を擦り付けた。
しばらくの静寂の後、刀を構える音が聞こえた。
これは死んだな… 二度目の人生だったが、良い人生だった。
ただの歴史オタクが、前世の憧れであった信長に仕えることが出来、綺羅星の如く輝く武将たちと共に戦場を駆けたのだ。
ここで死ぬとしても悔いなどはない。
だが、家族や家臣の事を思うと少し胸が痛い。
ここで俺が粛清された後、彼らはどうなるのだろうか…
家族や家臣は関係ないと言うべきだろうか? いや言っても信じられまい…
だが、皆の顔を思い浮かべると自然と涙が溢れる。
俺は肩を震わせながら、声を絞り出した。
「某をお切りになることについては何も言いませぬ。 ですが家族や家臣には、このことは知りませぬ… かの者らには何の咎もありませぬ故、某の命だけお取りください…」
そのまま平伏していた俺だったが、何時まで経っても刀が振り下ろされることは無かった。
その代わり、俺の肩に手が置かれた。
そして無理やりに顔を上げさせられると、目の前には信長の顔があった。
吐息がかかりそうな距離にある信長の表情は、先程の感情に加え、怒りも見えた。
「尾張一国でさえ儘ならぬ儂が、天下を統べる? 何を世迷言を…儂を馬鹿にするのも大概にせい!!! もしや、お主はそのようなことを本気で思っておるのか? であるならお主は儂以上のうつけ者ぞ? その言葉を改めるならば今ぞ? 今改めれば、一族や家臣の安全だけは約束してやろう」
「某、この世に生を受けてから噓偽りを申したことはございません 殿は必ずや天下をお取りになります」
俺は流れる涙をそのままに、真っ直ぐ信長を見つめて言い放った。
「その言葉を言うたのは、父上以来じゃな… お主は信じるに値する。 引き続き俺に仕えるが良い」
信長は俺の肩から手を離すと、息を吐きながらそう言った。
「はっ!? はっ!!!」
俺はまさかの反応に驚きつつ、再び平伏した。
「本当によろしいので!?」
「ここで殺すべきです!!!」
俺の後ろで二人が叫んでいる。
「お主らも聞いただろう、こやつの魂の叫びを。 それにこやつの瞳を見て見よ。 これは人を煽てたり、嘘や与太話をする者の瞳ではない。 織田家当主として、様々な者と関わってきたが、ここまで純粋な瞳と思いを見たことは無い。 それにこやつは切られても構わないと平伏して見せた。 今にも斬りかからんとする者が三人もおる中、ここまでする奴もおらんだろう。 そして最期に命乞いをするでなく、己が一族と家臣の心配をすると来た ここまでの事をして嘘だとは思えん」
「ですが…」
「しかもこやつは一切刀を抜いておらん 先の戦いを見て分かるだろうが、こやつがその気になれば、ここに居る者は瞬く間に殺されるに違いない。 あれだけ命の危険が差し迫っても尚、防戦に徹するという事はそういう事なのだ」
信長は、未だ食い下がる恒興の言葉を遮った。
馬廻りであった恒興は、俺の戦う姿を一番近くで見てきた男だ。 当然実力は分かっている。
ぐうの音もでないのか、二人は口を噤んだ。
「して、お主は儂の事を織田信長と言ったな?」
信長は語気を強め、俺を睨みつけた。
しまった!!! 必死になるあまりについ諱まで口走ってしまった!!!
この時代、諱を呼ぶのは極めて無礼!! 親兄弟でも呼ばないほどだ!!!
再び命の危険を感じた俺は、慌てて平伏した。
「だが、そこが気に入った」
「「「「はぁ!?」」」」
信長の予想外の一言にそこに居た四人の声が合わさった。
「今まで儂はすべてを隠してきた。 うつけを演じ、男を演じ、本来の姿をひた隠しにしておった。 そして本来の俺を知る者も、その事には触れはしなかった。 いや触れることなどできなかった!!! 当たり前だの、この事は決して露見してはならんことだ。 儂もそれは承知の上じゃった。 しかしお主は、本来の儂を!!! 妾を見据え、その上で受け入れると言うた!!! その事が妾にとってどんなに心良かったことか!!! いかに妾の心を救った事か!!! そこが気に入ったのよ… やはりあの時の妾の直感は間違っておらなんだという事よ」
そう言って同じように、信長の顔が近づいてきた。
一つ違うことは、その顔に蠱惑的な表情が浮かべられていることだった。
「藤吉郎よ、妾を抱いてくれんか?」
信長は俺の耳元でそう囁いた。
先程までのように、威厳のある声ではなく、女子らしい艶っぽい声だった。
「はっ!? えっ!? ん、え!?」
予想だにしていないことに、俺は取り乱すことしか出来ない。
脳内はどうしてこうなった!?で満たされている。
恒興と政秀はすべてを悟ったのか、赤面する濃姫を連れて、部屋から立ち去った。
え!? 良いの? 二人っきりにしていいの!? 焦りのあまり、口を開閉させることしか出来なくなっている俺に、信長は身体を預けてきた。
「ふん、爺らも気が利くのぉ…」
「え!? ちょ!? まっ!!!」
実際に触れて分かったが、女性特有の柔らかさを感じ、気が動転する。
「お主から来ぬなら、妾から行くぞ?」
こうして俺は信長に喰われた。
本日深夜に続きを掲載いたします。
その後、活動報告にて補足説明を致します。 現時点で頂いた意見や、疑問点などに極力応えていきますので、ご参考お願い致します。




