45 為すべき事
弘治二年(1556) 五月二十七日
尾張国春日井郡 清州城 広間
那古野城へ行った翌日、俺たちは再び広間へ集められた。
顔ぶれは前回の評定で集められたものとほぼ同じだ。 恐らく秀貞から返答があったのだろうな。
「皆集まったようだな、明朝に那古野から使者が参った。 これが書状になる」
信長はそう言うと、台の上に置かれた書状を恒興に渡した。
「此度の話を家中で検討いたしましたが、故あって主従の契りはこれまでにしたいと存じます。 当家はこれより末森の織田勘十郎様を弾正忠家当主と仰ぎお仕えいたします。 そして林家与力となっていた、荒子城、米野城、大秋城の三城並びに、城主、兵は当家と共に傘下を離れ、末森織田家に味方するという言葉を預かっております…」
恒興がここまで話すと、やれ不届き者の恩知らずだ、謀反が明らかならば一気に攻め滅ぼしてしまおうなど、広間は罵詈雑言の大嵐になっていた。
中には那古野に行ったのは、危険に身を晒しただけで無駄だったと言う者さえ居た。
「静まれ!!! まだ最後まで言うとらんわ!!! その書状は誰からもたらされたものだ!!!」
信長は広間の騒ぎに苛立ち、大声で怒鳴った。
広間が静かになると、続きを話せと言わんばかりに恒興に対し顎をしゃくった。
「差出人は林美作守殿となっております。 書の中に佐渡守殿は此度の責を取って隠居すると記してあります」
恒興の言葉を聞いて、広間の武将は俄かにざわついた。
「林家も割れたと言う事よ。 此度の交渉は危険ではあったが、結果佐渡を林家から切り離すことが出来た。 恐らく佐渡は表立ってこちらの味方することは無いと思うが、敵対行動もとるまいよ。 そして敵対する美作だが、奴には武のみで頭は足りん。 林家は佐渡の頭脳と美作の武勇が揃うことで、万全の力を発揮すると言えよう。 此度の交渉で林家の片翼を捥ぐことが出来たという訳だ。 これでも無駄だったと申すか?」
信長はそう言って広間を睨みつけた。
信長や周囲の目線を浴びて、先程反論した武将が居心地悪そうにしている。
ん?佐久間信盛も身動ぎをしたと言う事は、あいつもそう思っていた一人か…?
「だが、当家の筆頭家老であった林家を失ったのは痛い。 与力であった三城を含んだ林家の兵力は千を超えると予想される。 しかし当家も失うばかりではなかった。 入れ大学!」
信長の合図で戸が開かれた。開かれた先に居たのは、信勝の家老である佐久間盛重だった。
佐久間大学助盛重は、信長の古参家臣である佐久間信盛とは同族である。
ちなみに鬼玄蕃で有名な佐久間盛政は、盛重の従兄子(従兄弟の子)となる。
当初は信勝に味方していた盛重だが、信長の戦ぶりを見てなのか、信長、信勝の対立が表面化すると、一転して信長に味方するようになった。
武勇に優れており、その後も幾度となく戦功をあげるが、桶狭間の戦いの前哨戦である丸根砦の戦いで、若き日の家康(松平元康)と戦い玉砕を遂げている。
盛重の勇名は駿河にも届いていたようで、盛重の首を見た義元は、尾張全土を勝ち取ったかのような喜びを表すほどだったと記されている。
「佐久間大学助盛重にございます。 これより某は上総介様を主と仰ぎ、粉骨砕身お仕えする所存であります。」
盛重は広間の間を通ると、盛重は信長に平伏した。
「確かに儂らが失った者は大きいかもしれぬ、だが得た物も大きい! 決して儂らは負けておらぬ!!! 今川の村木砦を落とし、大和守家を倒し、この弾正忠家を大きくしてきたのは儂だ!!! 勘十郎はいずれの戦も参加しておらぬ、そんな奴にこの弾正忠家を率いることなど出来ん!!! 皆の者!儂に続き、この苦難を乗り越えようぞ!!!」
「「「「「「応!!!!」」」」」」
信長の檄で広間が一つになった瞬間だった。 やはり信長のカリスマ性は凄まじい物がある。
しかし俺は隣にいる利家が、やけに静かなことに疑問を感じた。
普段の利家だったら、誰よりも大きな声で反応をしているはず…と隣を見た所…
そこには顔面蒼白な上、大汗をかき、半ば過呼吸気味になっている利家の姿があった。
~馬廻り詰所
俺たちは評定が終わるとすぐ、様子がおかしい利家を詰所へ運んだ。
目の焦点もあっておらず、うわ言のように何かをぶつぶつと言っており、明らかに正気ではない。
「新助!!! 水を持ってこい!!! 小平太!!! 何か布団のようなものはあるか!?」
俺はとりあえず利家を座らせると、共に運んできた者たちに指示を飛ばした。
「あい分かった!!!」
「分かった! 何か持ってくる!」
近習時代の仲間である二人がいち早く動いてくれたおかげで、比較的早くに利家は正気を取り戻すことが出来た。
「又左!!! お主一体何があった!?」
俺は正気を取り戻した利家に問いただした。
「あ、荒子は… 荒子は俺の父上の城なのだ… ち、父上が、と、殿を裏切った? お、俺は一体どうしたら…」
利家は、普段の様子からは想像もできない、か細く弱々しい声でそう話し始めた。
忘れていたが、利家は荒古城城主の前田蔵人利昌の四男だったな。
荒子城は林家の与力として頭角を現した前田家に対し、織田家から荒子二千貫を与えられたことにより、築城された城であった。
信長に対し絶対の忠誠を誓っている利家にとって、実家が裏切るなどと言う事は考えたくもないものだったのだろう。
「父上…大恩ある殿に対してなんという不忠を… こうなれば!!!!」
利家は被っていた布団をかなぐり捨てると、脇差に手をかけた。
その姿を見て、馬廻りの連中は慌てた。 誰がどう見ても切腹する気だ。
「このど阿呆が!!!!」
「ぐぅっ!!」
俺はその瞬間、利家の頬へ思い切り拳を叩き込んだ。
まさか殴られると思っていなかった利家は、脇差を取り落とし、もんどりうって倒れこんだ。
「お主、今何をしようとした!!!」
俺は脇差を遠くへ蹴り飛ばすと利家に向かって叫んだ。
「お主こそ何をする!! 父上が殿に背いたのだぞ!? ここで俺が腹を斬らねば、殿に申し訳が立たんではないか!!」
利家も負けじと咆えた。その双眸には溢れんばかりの涙が湛えられていた。
「お主が今為すべきことは死ぬことなのか!? お主がここで腹を掻っ捌いた所で、前田の家が助かるのか!? そうではないだろう!!! 確かに謀反に加担したことで前田家に、お主に対する風当たりは強くなろう。 俺は農民の出で武家のことなど良う分からん!! だが武の道に生きる者のことなら良う分かる!!! お主が今為すべきことは、これまで以上に身命を賭して殿にお仕えしすることではないのか!? 武功を挙げて前田の家名を高める事、それがお主の使命ではないのか!? 前田又左衛門の槍はその為にあるんじゃろう!!! 前田家の悪評などお主の槍で吹き飛ばしてまえ!!! お主にはそれが能う腕があるじゃろう又左!!!!!」
そこまで叫ぶとついに利家は涙を流しながら話し始めた。
「そうじゃ… 俺には結局この腕しかない、それ故どうして良いかが分からんかった… だが藤吉、お主の言葉で目が覚めたわ… 俺にはこの腕が、槍の腕前があるんじゃ、俺が死んだらそこで終いじゃが、生きておったらやりようがある。 藤吉有難うな、それに気づかず死ぬところじゃった…」
そう言って上げられた顔には最早迷いなど残されていなかった。
「…どうやら儂の出番は無いようじゃな」
不意に詰所の入り口から声が聞こえた為、慌てて振り返るとそこには信長と恒興がいた。
「な、なぜ殿がここに? 一体何時から?」
まさかの登場に驚く一同。 ここは馬廻りの詰所であって、主である信長が足を運ぶところではないからだ。
俺ももちろん驚いている。 俺が殴った所などが見られてないと良いが…
「お主ら、特に又左に伝えておくことがあっての。 何時からと言うと、ほぼ最初からじゃな。 藤吉郎よ良い拳と激励だったの」
そう言って信長はいたずらな笑みで俺を見た。 この人には俺の考えなぞお見通しなのかもしれない…
「殿!!! 前田の家の件は申し訳ございません!! しかしこの前田又左衛門利家、これまで以上に誠心誠意お仕え致します! 働きにおける褒美も不要に存じます! それ故、どうか前田の家についてはこの又左の働きに免じて、平にご容赦願いとう存じます!!!」
利家はそう叫ぶと、床に額を擦りつけて嘆願した。
「あい分かった、今まで通り励むのだな。 後お主に一つ伝えておくことがある、荒子城からの書状でな、もし戦が起きても荒子城は不戦を貫くそうだ。 与力の手前、林家には従うが、清州に対し敵対はしたくないと言うのが本音だろうな 裏切りではあるが、致し方無い所もある故、処分したとしても軽いものだ」
信長からもたらされたまさかの情報に驚き、利家は口を開閉させていた。
「良かったの、又左」
俺がそう言って肩を叩くと、また利家は安堵したのか、再び涙を流し始めた。
荒子城は不戦だが、米野城と大秋城は分からない…
確か城主は、中川弥兵衛と大秋十郎左衛門だったか? 後世に殆ど知られていない超マイナー武将だが、領地が俺の屋敷のある中中村の隣である上中村なのは問題だな…
兵庫に屋敷の防備を整えるよう使者を送ったほうが良いかもしれん。
俺は城の防備について考えを巡らせるのだった。
この時点の荒子城の城主ですが、信長公記天理本には前田為楽(誰?)と記載がある他にも、前田家の本家筋である前田与十郎長定が領していたという説。後そもそも荒子城の築城主自体が、前田利家の父親の前田蔵人利昌(利春)である説があります。(ちなみに荒子城跡には前田利昌が築城という立札があります)
今回は話の都合上、後者の説を採用し、前田利昌が領していることにさせて頂きます。




