41 相続と争乱
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これからも本作をよろしくお願い致します!
弘治二年(1556) 五月十一日
尾張国愛知郡 中村郷中中村 木下屋敷 本丸 秀吉自室
「む…? 朝か、痛っ…」
襖の間から日が差し込んだことで目覚めた俺は、痛む頭を抑えながら布団から身を起こした。
普段はあまり飲まない癖に、折角の祝い事なのだからこの時ばかりはいいだろうと、大酒を呑んだつけが回ったな。
しかしこの酒のおかげで、俺はある人物と知り合えた。
その者の名は「福島与左衛門正信」、姓で分かるが、あの福島正則の父親だ。
妻が俺の叔母だと言う事で、祝言に呼ばれていたのだが、息子の正則が酒豪なのは父親譲りだったようで、俺が呑める口だと知ると、じゃんじゃん酒を注いできた。こいつのおかげで見事に二日酔いだ…
ちなみに与左衛門は、海東郡で桶屋を営んでいるとのことだったので、木下家に出仕を促してみた。本人も木下家の勢力を見てか、快く受けてくれた。
一門になるので、清左衛門と同じように二の丸で居を構えてもらおうと思う。
手先が器用なので大工仕事でもやらせてみようか、そんなことを考えていると襖の向こうから声をかけられた。
「藤吉郎様、清右衛門です。 お目覚めになられましたか?」
障子の向こうに居たのは清右衛門だった。
「今し方な して何の用だ?」
「お父君がお呼びです、目が覚めたら来るようにとの仰せでした」
「そうか、分かった。 今起きた所だから少し待ってくれと伝えてほしい」
「はっ」
そう言うと清右衛門は一礼して下がった。
障子の向こうにいるので姿は見えないが、朝日に照らされた影は武者修行の時よりも大きくなっているように感じた。
最近は俺が織田家に出仕していることもあり、顔を合わせることが減ったが、半三や左近らと共に修練に励んでいるらしく、身体つきが一回り大きくなってきたように感じる。
そろそろ初陣させても良いかもしれないな。
にしてもこんな朝早くに、一体何用なのだろうかと疑問に思いながらも俺は身支度をするのだった。
~木下屋敷 本丸 御堂
俺は本丸にある御堂へと向かった。
大きさはそれほどでもないが、仏門に入った親父の為にと気を利かせた兵庫が主導となって建立したそうだ。
御堂の戸を開けると、親父は仏像に向かって経を唱えていた。
邪魔してはいけないと思った俺は、少し後ろに座り、親父の経を聞くことにした。
俺がデカくなったのもあるが、こう見ると親父は少し小さくなったような気がする。
元々肉付きが良い方ではなかったのもあるが、寺での質素な生活もあって痩せたのだろう。
「藤吉郎」
経を唱え終わった親父が俺の名を呼んだ。
僧として経を読む中で培った凛とした声で、思わず背筋が伸びた。
「なんでしょうか?」
俺が返事をすると、親父はこちらへ向き直って話し始めた。
「ここに呼んだ理由は他でもない。 家督のことじゃ。 藤吉郎は織田家に仕えて武功を上げ、馬廻りまで出世したと聞いとる。 俺も四十を超え、これからは衰えるばかりじゃ、そろそろ頃合いかと思ってな」
「そうでありますか。 しかし俺はまだ十九ですが、宜しいので?」
「よい 最近病がちでの、実は寺奉公も辞してきたのよ」
「それは誠で!?」
俺は思わず身を乗り出した。史実の木下弥右衛門は早死にしているからだ。
この世界では弥右衛門と竹阿弥が同一人物な為、弥右衛門の寿命は史実より延びているのだが、油断することは出来ない。
「安心せい、すぐは死なんわ ここで美味いもんでも食や直に治るじゃろ 寺は飯が少のぉてな」
そう言って親父はカラカラと笑った。
確かに木下家は裕福である為、良い物を食べている。
寺の精進料理では取れない栄養も摂取できるので体調も回復するかもしれない。
「かしこまりました。 では木下家の家督相続、謹んでお受けいたします」
「うむ、頼んだぞ 広間に家臣らを呼ぶか、今なら親戚も帰っとらんで丁度ええやろ」
そう言うと親父は立ち上がり、御堂から出ていった。
にしても家督相続か…もうそろそろかもしれないと思っていたが、まさかこのタイミングとは思わなかった。
責任は増すが、今まで出来なかったこともやれるようになる。
俺は考えを巡らせながら、広間へと向かうのだった。
~半刻後 木下家 本丸 広間
広間には木下家の一門衆や家臣ら、そして中庭には中中村の領民も集まっていた。
ただ集められただけで、何をするのか知らない者もいた為、一体何なのかと呟く者もいたが、俺と親父が広間に入り、俺が上座に座ると理由が分かったのか静かになった。
「皆も分かったと思うが、木下家の家督を嫡子である藤吉郎に譲ることにした そして新当主は何やらお主らに言う事があるらしい 新当主の言う事じゃ、皆心して聞くが良い」
親父はそう言うと、俺に視線を移した。
広間に集まった一門や家臣も皆が一様に俺を見た事で、俺は少し緊張しつつも口を開いた。
「木下藤吉郎秀吉じゃ 只今より木下家の当主を務めることとなった。 親父の言う通りお主らに伝えねばならんことがある。 それは木下家の今後の身の振り方じゃ、知っての通り俺は士分として織田家に仕え、殿直々に馬廻役に任ぜられておる。 そんな俺が当主となるのだからこれより木下家は百姓の身代では無くなり士分となる言う事じゃ」
俺がそう言うと広間の者、特に一門衆が沸き立った。
この時代は江戸時代の士農工商のようにきちんとした身分制度はないものの、武士が特権階級なのは変わらない。
百姓として生まれたものが武士になれる、沸き立つのには十分な理由だろう。
しかし権力というのは怖いもので、簡単に人間を豹変させることができる。
盛り上がった所に水を差すようで申し訳なく思うが、少し引き締めさせてもらおう。
「しかし士分というのは領地を守る者、即ちそこに住むすべての者を守る義務がある。 間違っても虐げようとするものや、権力を笠に着て不義理を行うものが居ようものなら、たとえ一門や家臣でも関係はない、俺が直々に処罰を下すことになろう 俺はそんなことはしとうない」
俺の厳しい言葉に沸き立っていた者たちは静かになった。
「俺は織田家で武功を上げ、名声を高め一角の武将となって見せよう しかし俺の帰る故郷はここ木下家、そして中村じゃ 俺の帰る場所をしかと守ってくれ 信じておるぞ皆の衆」
俺はそう言って皆の方を見た、もちろん領民の方もだ。
「「「「「応!!!」」」」」
一門や家臣からは力強い返事が返ってきた。 領民の方も歓声が上がっている。
この者らにとっての良い主となれるかは分からないが、この期待を裏切らないよう励もうと、この光景を見ながらそう心に刻むのだった。
そしていくつか今後の展望を話したのちに一部の家臣を残し、一旦解散することにした。
戻っていく領民の顔を見るに、今後に希望を持ち、俺を支持してくれているようだ。
十九の若造とはいえ、この中中村を発展させたのは俺の手腕が大きいので、侮る者はいないと思っていたが、実際に喜んでいる顔を見ると安心するものだ。
領民が帰った後、俺は正式に家臣となった者らに役割を任ずる為、再び家臣らに向き直って話を始めた。
「まずは各務兵庫助 この屋敷を建てたことや近くの野盗退治の指揮等、俺がいない間よく働いてくれた。その為お主には木下家の家老を命じる 最も家老はお主一人だから実質筆頭家老だな」
「そ、それは見に余る光栄です!是非お受けしたいのですが… 某は美濃出身、つまり余所者となります。 そんな者が家老で宜しいので!?」
まさか家老職に任ぜられるとは思ってなかったようで、兵庫は驚きの余り身を乗り出していた。
「何を言う 先も述べたが、お主の功績はこの木下家を大きくするに何役もかっておる。 お主以外に家老は任せられんわ」
「誠、誠に感謝申し上げます…!!! この兵庫、何があろうとも殿に一生ついて行きまする!!」
俺の言葉を聞いて、兵庫は涙を流しながら平伏した。
土岐氏が没落し、仕える主を一度失った兵庫にとっては言葉に表せないほどの喜びだったのだろう。
息子である清右衛門も、その様子に涙を浮かべている。
「そして小一郎! お主は一門衆筆頭として内政の頭となれ、下には甚左衛門と弥助を付ける。 後は算術に長ける者で信頼のおける者なら村内で登用することを許す。 そして俺の留守中は木下屋敷の城代を命じる、兵庫らと共に俺の帰る場所を守ってくれ!」
「かしこまりました、兄上」
「そして清右衛門、半三、左近。 お主らは近習として俺と共に清州に来てもらう。 戦があればお主らが俺の馬廻だ、良いか!」
「「「はっ!!」」」
この他にも、村の男共で特に屈強な者を何人かを足軽、常備兵として登用した。
まだ少ないが、戦になれば木下家家臣団として俺の麾下で戦うことになるだろう。
しかし直近の戦と言うと、確か…
「藤吉にぃ!!!」
俺がそう考えていると、焦った様子で旭がやってきた。
その手には一通の書状が握られていた。
俺は旭から書状を受け取ると、目を通し、そこに書かれていたことに驚いて目を見開いた。
“筆頭家老林佐渡守に翻意 至急清州へ登城せよ”
織田家の家督争いが幕を開けた。
小一郎の下に付けられた甚左衛門は小出秀政です。ちゃっかり弥助もこのポストです。




