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戦国転生日吉丸公記~秀吉に転生したけどなぜかイケメンな件について~  作者: まーしー
第五章 織田家の藤吉郎(馬廻編) 天文二十四年~弘治二年(1555~1556)
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39 撤退戦

 

 弘治二年(1556) 四月二十日

 美濃国大良河原 東蔵坊 前線 森隊


「ふん!!!」

「なに!? ぐっ…!」


 俺が鳴神を振り回すと、相手の槍の柄が叩き切られた。

 獲物を失った敵は、驚愕の表情のまま鳴神に命を刈り取られることになった。


 鳴神の切れ味を見て、敵軍の中で動揺が奔った。



 先程砥石を当てておいて正解だった。

 いくら切れ味の良い鳴神でも血濡れになれば切れ味はガタ落ちだ。

 そのままであったなら、槍を叩き切ることは出来なかったことだろう。




 辺りを見回すと、最初二十人程いた伏兵も、森隊の精鋭には敵わずその殆どが討ち取られ、立っている者は残りわずかだ。 残っている者も深手を負っており、間もなく全滅するだろう。



 しかし森隊も無事ではなかった。大小様々な傷を負い、息も絶え絶えな者、命尽き地に伏した者もいた。




「うおぉぉぉ!!!」

 可成が咆哮と共に槍を突き出す。

 俺は思わず可成の方を振り向いた。


「甘い!!!」

 しかし又一も相当の使い手だった。その一撃を難なく躱すと返す手で鋭い一撃を放った。

 この二人は俺たちが戦っている間、お互いに一歩も譲らない戦いを演じていた。



「ふん!!!」

 埒が明かないと思った又一は、石突で地面を削り砂を巻き上げた。


「くっ!!!」

 思わず左目を閉じる可成に、又一の槍が襲い掛かった。



「三左衛門殿!!! 左です!!!」

 俺は思わずそう叫んだ。 その声に反応した可成は自身の左に槍を突き出した。



「くっ… む、無念」

 可成の放った槍は又一の首を貫いていた。 そのまま又一は地面に倒れ、動かなくなった。


「三左衛門殿! ご無事ですか!?」

 俺が可成に駆け寄ると、可成は左膝を押さえていた。


「大事ない! …と言いたい所だが、ぬかったわ…」

 傷が深いのだろう、顔を顰めて脂汗を掻いていた。


「これをお使いください」

 俺は袖印を二つに裂くと、止血の為可成の左膝に巻き付けた。




「殿!! ご無事ですか!?」

 残りの伏兵を片付け、続々と森隊の兵が集まってきた。


「うむ、少々傷が深いやもしれん。 儂は後方に下がる故急ぎ撤退するぞ! 五郎右衛門そして藤吉郎殿、お主らに殿を任す!」



「「はっ!」」


 可成はそう言うと兵を差配すると馬に乗り、隊を率いて下がっていった。







 美濃国大良河原 東蔵坊 前線 森家殿部隊



 本隊と離れた俺たちは、窪地になった所に身を隠しながら簡単な軍議を開いていた。


「では武藤殿、どうされますか?」

 俺は共に殿を任された将を振り返る。


 森家家臣で五郎右衛門というと、武藤五郎右衛門兼友だろう。


 兼友は森家譜代の家臣で宇佐山城防衛戦では各務元正らと共に城を守り切った勇将である。

 他にも信長本人に城攻めの主攻を直訴したり、主である可成と共に柴田勝家、佐久間信盛らと共に博打に興じたりするなどの恐れ知らずなエピソードがある。



「うむ。 森隊二百の内、殿は我らに精鋭五十を預けて下さった。 しかし貴殿は大殿から森隊に付けられた与力だ、 万が一の事があると大殿や殿に申し訳が立たぬ。 その為、貴殿は安全な隊内で待機、某が陣頭指揮を執りましょうぞ」

 兼友はそう献策した。



 確かに俺は信長直属の馬廻役で、自分で言ってはなんだが若手のホープのようなものだ。

 そんな男をこのような撤退戦で失うようなことがあれば、森家に非難が浴びせられてもおかしくはない。


 そして指揮するのは森家の家臣たちである、当然指揮するなら外様の俺より、譜代の兼友の方が上手く指揮できるに違いない。

 二つの点をもって、兼友の献策は極めて妥当だと言える。


「確かに武藤殿の策は至極真っ当な物でございます。 しかしこの藤吉郎は守られる姫ではござらん!! この両の腕と名槍鳴神を持って、迫りくる斎藤勢など蹴散らして御覧に入れましょうぞ!」

 俺はそう言って立ち上がった。 


 森隊の兵は俺の果敢な声に俄かに沸き立った。

 熾烈を極める撤退戦において、若武者の思い切りの良い言葉は士気向上に一役買ったようだ。



 俺や周りの様子を見て説得は無理だと思った兼友は、小さくため息をついた。



「驍勇無双で鳴らした森家の精鋭よ!!! この藤吉郎に続け!!!」



「「「応!!!」」」

 俺の檄の元、再び撤退戦の幕が上がった。






 ~半刻後

 美濃国 大良河原 河原岸 信長本隊



「勝三郎! 我が軍はすべて渡河を終えたか!?」

 河を背にした状態で恒興に聞いた。 信長の周囲は馬廻役の面々が矢盾を構えて警戒をしていた。


「森家の別動隊がまだ渡河していないようです! 三左衛門殿が負傷した為、隊を二つに分け一隊が囮になったようです。 三左衛門殿は先ほど無事に渡河し終えましたが、別動隊に藤吉郎が居るとのこと!」


「藤吉郎が居るのか…」

 信長はそう呟いた時、伝令が飛び込んできた。



「山口取手助殿!土方彦三郎殿! 奮戦しましたが両名お討死!! 間もなく斎藤勢襲来せり!!」



「殿! 時間がありませぬ!! 殿も渡河を!!!」

 伝令を聞き恒興が焦ったように声をかけた。


「まだだ! まだ引きつけよ!!!」

 信長は叫ぶ恒興の声を無視し、河岸に立ち続けた。



 暫くすると前方に騎馬隊が巻き起こす土煙が見えてきた。



「殿!!!!!」

 もはや泣き声のような声を出す恒興には一瞥もくれず、信長は立ち上がった。



「これより船に乗り撤退する!! しかし漕ぎ手は減らせ!! 限界まで斎藤勢を引き付けるのだ!!!」

 信長は船に飛び乗ると周りに指示を出した。




 間もなく斎藤勢の騎馬隊が次々と河に飛び込んできた。最後列が河に入り動きが遅くなると信長が采配を掲げた。




「放て!!!!!」


 対岸や河岸の窪地に伏せていた滝川隊が、前後から一斉射撃を浴びせた。

 水に足を取られ動きが遅くなった騎馬隊は、鉄砲隊の格好の餌食であり、一人残らず大良河に沈むのだった。



「漕ぎ手を増やせ! 急ぎ尾張に戻るぞ!!!  ……ん?ふん、奴も無事逃げおおせたようだな」

 信長は離れた所に森家の旗印を見つけると、僅かに笑みを零した。






「ったく、四月の河は冷たいのぉ! さあ!皆の衆、この川を越えれば間もなく尾張だ!!! ついてきておるな!?」

 俺はそう叫ぶと後ろを振り返った。


「大丈夫でさぁ!!! それより木下殿は二人も担いで沈まんのですか!?」


 兵の一人が俺にそう聞いた。

 甲冑を脱いだとは言え、俺は鳴神を体に縛り付けたうえで、二人の男を肩に担いで泳いでいるのだ。心配するのも無理はないだろう。


「水練は大得意じゃ!!! なんならお主も担いでやろうか!?」


「いえ! そんな滅相な!!」


 俺の冗談に森家の兵たちは笑い声を上げた。


 怪我をしていない者は誰一人としておらず、中には泳ぐことができないほどの深手を負い、仲間に背負われている者もいるなど満身創痍といった様相だが、笑い声には生気が満ち溢れていた。




「全く… 半数ほどは生きて帰れぬやもしれんと思おっとったが… まさか全員を生かして撤退戦をやり遂げるなど聞いた事がないわ」

 そう言いながらも、兼友の顔にも他の者と同じく笑みが浮かんでいた。





 ~少し前~

 美濃国大良河原 東蔵坊 山中 森家殿部隊



 殿部隊は追撃がしづらい山中を通り、追ってきた斎藤勢を各個撃退する策に打って出た。



 そして俺はその()()()で敵と切り結んでいた。




「三左衛門殿から預かった者は誰一人として死なせん!!! 本隊を追いたくば、この木下藤吉郎を討ち果たしてからにせい!!!!」

 俺が鳴神を振るうと、雑兵の首が立て続けに三つ飛ぶ。

 その姿を見た他の雑兵は、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。



「待て!!! 戦列を乱すな!! ぬぐぅ…!」

 指揮官であろう将は戦線が乱れた隙をつかれ、森家の兵たちに串刺しにされていた。



「ひぃぃぃ!!! 鬼じゃ!!! ここに鬼がおる!!!!」

 逃げ惑う斎藤勢の中には、失禁しながら俺の事を『鬼』と呼ぶ者まで出てきた。




 にしても『鬼』か… 後の鬼兵庫、鬼半蔵、鬼左近の主としては誇らしい物があるな。




 そうしていくつかの隊を撃退し、俺たちは誰一人欠けることなく撤退戦を戦い抜いたのだった。







 ~一刻後 尾張国 国境


「ここまで来れば、斎藤勢も追ってくるまい 勝三郎、清州はどうだ。 伊勢守の動向はどうなっておる?」

 国境に辿り着き、斎藤勢の追撃を撒いたことを確認すると、兵を休める為に小休止を取っていた。


「早馬を出しました故、間もなく分かるかと…  伝令が戻ってまいりました!!!」




「下之郷が焼かれたか…」

 そう奥歯を噛みしめながら信長は呟いた。


 使者からの情報によると、清州城下が伊勢守の兵によって焼き討ちにあったと言う事だった。

 田畑や住居は勿論だが、抵抗した民にも若干の被害が出たようだった。




「報復だ!! これより岩倉へ向かう!! 伊勢守の兵共が戻ってくる前に城下を火の海にしてやるぞ!!!」



 信長率いる織田軍は、その足で岩倉へ赴くと手当たり次第に田畑を焼き尽くした。

 しかし信長が厳命した為、岩倉に住む民に直接の被害はなかった。



「民に無体をしてはならん、岩倉はいずれ儂らが治める場所なのだ。 その地を耕し、育てる民を大切に出来ぬなら、その者らに未来はない」


 そう豪語する信長だが、最大の協力者であった叔父と舅を亡くしたことにより、弾正忠家の勢力は減衰の一途を辿っていた。




 力を失った主家に待ち受ける運命はただ一つ




「奴に付け入るのは今しかない…  蔵人、以前接触してきた者に伝えよ、俺こそが正統な後継者だと!!!」




 反乱の炎はすぐ足元まで来ていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ここの秀吉はあんまり未来知識使わないよね……
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