02 生を受けて
天文六年(1537年) 尾張国愛知郡 中村郷中中村
「おお!よくやった 立派な男じゃ!日吉権現様に毎日お祈りをしたおかげじゃ! のう仲?」
そう言って俺を抱き上げるのは、父親と思われる髭面の男だった。健康的な日焼けをしているのがよく分かる。
「ええ、だども不思議だなぁ…産声を上げたと思ったらすぐに黙っちまって。手伝ってくれた村のおばあが言うには、別に元気がねぇってわけではねぇらしいが…」
出産で疲労し汗をかいている女性、この人がどうやら俺の母親のようだ。
条件反射で産声を上げて泣いてしまったが、すぐに意識がはっきりしたので泣き止んだところどうやら心配をさせてしまったらしい。
「おとうちゃんおかあちゃん!おらに弟が出来ただか?おらにも見せてけろ!」
姉と思われる子どもが俺を見に来た。おい親父、新生児をいきなり幼児に抱っこさせるな、落としたらどうする。
まだ生まれたばかりでよく見えない目を凝らしてみると、あばら家という言葉がよく似合う家が見えた。どうやら戦国時代の農民の家に転生してしまったらしい。
困った、農業の知識なんて全くないぞ… 俺の体が姉から親父の手に渡った、落とされなくて良かった。
「なんだかこいつ遠くのほうを見てぼーっとしてるぞ、変な赤ん坊だなぁ… それよか早う名前を決めてやらねばならん。日吉権現様に祈りを捧げたからお前は日吉丸だ! この木下家に日輪の加護を与えてくれ!」
某映画のように俺を高く掲げる親父。 止めてくれまだ首が座ってないんだ。
「日吉丸…いい名だなぁ。権現様にあやかって元気に育ってほしいなぁ」
母よ、そんな呑気なこと言ってないで早く親父を止めてくれ。
賑やかな一家だがやっと俺の名前が決まった。
『日吉丸』どこかで聞き覚えのある名前だ、確か秀吉の幼名だった気がする。しかも木下とか言っていたような…
え?俺もしかして秀吉に転生しちゃったの?
徐に自分の右手を見るとそこには2本の親指があった。
あぁ…秀吉で確定だわ…
天文十一年(1542年) 尾張国愛知郡 中村郷中中村
俺がこの世に生を受けて五年が経ち、周りを取り巻く状況が何となく分かった。
ここは現在でいう名古屋市中村区の辺りらしい。
一番驚いたのは親父、木下弥右衛門が中中村の村長だったということだ。
秀吉と言ったら貧農の小せがれっていうイメージが強かったからな。
家族については母親の名前が仲で、姉の名前が智、そして俺が生まれた三年後に弟の小竹が生まれた。
そして今、母の腹がかなり大きくなっている。確かもうすぐ妹が生まれるんだよな。
ここまでは概ね前世の記憶通りだ。
俺がそう考えながら縄を編んでいると誰かが家の中に転がり込むように入ってきた。
「て、てぇへんだ!なかはおるけ?」
血と泥に塗れ腹当てを着けた男、よく見ると隣の吾助だった。
「吾助どん! どうしただそんなに慌てて…」
母が吾助に駆け寄ると吾助が続けた。
「弥右衛門がてぇへんなんだ!早ぅきてくんろ!!」
今親父は戦があるとのことで織田方に足軽として徴兵されているはずだ、どうも嫌な予感がする。
俺は家族と一緒に村の入り口まで走った。
「わりぃな…下手ぁうっちまった」
そこには血まみれになり、戸板に乗せられている親父の姿があった。
~数日後
「どうも俺の右足はもうダメらしい、力が満足に入りやしねぇ…これじゃ畑仕事は無理だな…」
囲炉裏の前で親父が右足をだらりと伸ばしてそう言った。
「でもあんた命は無事でよかっただよ、もしあんたが死んでたらどうなっていただか…畑仕事はおらたちで何とかできるだよ」
母はそう気丈に振舞っていたが、戦働きに農作業に一家の稼ぎ頭だった親父の怪我は一大事だった。
まだ俺は五歳で満足に農作業ができる体ではない、姉も八歳、小竹に至ってはまだ三歳だ。母も身重で無理はできない。
どうしようかと考えていると父が口を開いた。
「実は俺は昔寺へ奉公に出てたことがあってな、その伝で僧として働けるよう取り仕切ってくれるそうだ。 もちろん名を改めることにはなるし、家にも満足に帰れやしねぇ… それでも金は稼げる。家の事を任せることになっちまうがいいか?」
「あぁ!任せてくんろ!家の事はおらたちで何とかするだ!」
母はそう力強く頷いた。
「それじゃぁ家の事はなか、お前に任せる。 お産の時は近くにいてやれねぇが元気な子を産むんだぞ。 智!小竹!これから産まれる赤ん坊もいる、家の事の含め世話は頼んだぞ。 日吉!この家で一番年長な男はお前だ、家族をしっかり守ってやれよ!」
親父はそう言うと翌日髪を落として寺へ行った。 名を竹阿弥と変えて。
ん?親父は病気で死んで、再婚相手が竹阿弥って名前じゃなかったのか?
どうやら俺の知っている歴史と違うこともあるらしい…
ストックがあるうちは週1~2回投稿しようと思います。