33 馬廻役
難産でした。 更新が遅れて申し訳ありません。
18日に30万PV突破しました。 皆様のご愛読、誠に感謝いたします。
天文二十四年(1555年) 五月
尾張国春日井郡 清州城 稽古場
大和守家を討ち果たした信長は、約束通り那古野城を信光に譲り、本拠地を清州城に移した。
そして信光が那古野城に移るにあたって、守山城には信光の弟である、孫十郎信次が入ることになった。
そして俺たち近習も、信長に付き従って清州城へ引っ越すこととなった。
下四郡を統一し、支配領域が増えたことで上層部は多忙を極めているそうだ。
その為、まだ清州城乗っ取りの論功行賞は行われていない。
俺は家老であった坂井大膳を討ち取ったのだから、そこそこの褒美を期待しているのだが…
今の所は俺に出来ることをやるしかないだろう。
そうして何日か経ったある日、近習に呼び出しが掛かった。
「木下藤吉郎、前田又左衛門、毛利新助、服部小平太。 以上の四名は身なりを整えた後、明日清州城の広間へ来るようにというお達しじゃ」
「「「「承知致した!」」」」
俺たちの名を呼んだには近習頭である勝三郎だ。手には信長からと思われる書状が握られていた。
「にしても何の用じゃろうな? 清州攻めの論功行賞か?」
又左が頭をかきながら俺に聞いてきた。
「知らん。 じゃがそうとしか思えんな」
そう俺はぶっきらぼうに返したが、すかさず小平太が異を唱えた。
「それはおかしいぞ? 安食で起こった戦いでの論功行賞は終わっておる、やるなら清州城攻めじゃが、俺と又左衛門は参陣しておらんぞ? 呼ばれるなら藤吉郎と新助の二人じゃろ?」
「確かに…」
小平太の話を聞いて新助も腕を組んで考え出した。
「まあ考えとっても埒が明かんな。 まあ明日になれば分かるじゃろ、今日の所は帰って準備をするまい」
そう言って俺たちは稽古を切り上げて、各々帰宅するのであった。
翌日
尾張国春日井郡 清州城 広間
俺たちは四人で集まると、共に広間へと向かった。
広間に入ると、俺たちの他にも呼ばれた者が居たのだろう、五名の男が先に座って待っていた。
暫くすると勝三郎が入ってきて、襖を閉めた。 どうやら呼ばれた者が全員揃ったようだ。
「殿の御成ぁりぃぃ~!!」
勝三郎がそう声を上げ、俺たちが平伏すると、信長が広間へ入ってきた。
「面を上げぃ」
そう言われ顔を上げると、脇息にもたれて座る信長がいた。
平服姿なのを見るとそこまで重要な集まりではないのかもしれない。 ちなみに俺たちは正装だ。
「当家は尾張下四郡を統一した、それにより家臣団を少々変更することになった。 その中で問題になったのが各隊の伝令役や与力が足りなくなったのじゃ。 そこで家臣の中でも歳若い者や近習で優秀な者で馬廻役を制定し、その者らにその役割を担ってもらう事となった。 その役をお主らに任ずる。 異論はないな?」
「「「「「謹んでお受けいたします!」」」」」
信長の言葉に、ここに居た全員が応え、平伏した。
まさか馬廻役に抜擢されるとは思わなかった。
人数が少ないことや、制定された時期が早いことを見ると、恐らく母衣衆ではないと思われるが、それに準ずる役であることは確かだろう。
「では読み上げる。 池田勝三郎恒興、河尻与四郎秀隆、金森五郎八長近、塙九郎左衛門直政、蜂屋兵庫頭頼隆、服部小平太一忠、毛利新助良勝、佐々内蔵助成政、木下藤吉郎秀吉、前田又左衛門利家 以上十名を馬廻役に任ずる」
「「「「「はっ 承知仕りました!!」」」」」
今名を読み上げられた者は皆、黒、赤母衣衆に任じられた武将だ。
初対面の者もいて、誰が誰だか分からないが、年長に見える二人が河尻秀隆と金森長近だろうか?
「初めて会った者も多かろう。 共に稽古でもして誼を深めるといい」
そう言って信長は広間から出て行ってしまった。
後に残された俺たちは、一先ず稽古場に向かうことにした。
清州城 稽古場
「殿はああ言われたが、如何致す?」
勝三郎がそう言って皆を見回した。
「お互い名も知らぬ者もおる。 一先ず名乗るしかあるまい。 儂は河尻与四郎秀隆じゃ」
そう言って年長の一人が名乗った。
河尻秀隆は後の黒母衣衆筆頭であり、甲斐国主にまで上り詰めた武将だな。
本能寺の変後に甲斐国で起きた反乱で命を落としたが、信長の信任厚い武将で、息子である信忠の副将に抜擢されるなど織田家の有力部将であった男だ。
全員が車座になり、自己紹介を行った。
各々が自慢できる武功などを挙げるので、自己紹介は半ば自慢合戦のようになっていた。
そして折角稽古場に来たのだからと、全員で槍合わせをする流れとなった。
俺の相手は佐々内蔵助成政だな。
成政は史実では秀吉と馬が合わなかったらしいが、この世界線では仲良くしたいものだ。
「では木下藤吉郎秀吉 参る!」
そう言って俺は内蔵助に向かって槍を突き出した。
~数刻後
「いやぁ藤吉郎! お主強いなぁ、兄者たちも強えぇがそれ以上だったな!! どこでそんな槍を学んだんだ?」
目を輝かせて俺に話しかけてくる男、こいつが内蔵助成政だ。
俺の槍捌きを見てからこうなってしまった。
本人曰く、俺ほど槍の使い方が上手い奴は知らない!とのことだった。
「分かったから落ち着いてくれ…」
もしかしたらこいつも槍バカなのかもしれない… なぜ俺の周りにはこういうのが集まってくるのだろうか?
俺は興奮している内蔵助を、只管宥めるのだった。
天文二十四年(1555年) 五月半ば
尾張国春日井郡 清州城 広間
慌ただしかった家中も落ち着きを取り戻し、日常が戻ってきた。
そこで清州城乗っ取りの論功行賞と下四郡統一の祝いとして、宴会を実施することとなった。
俺たちも一近習から馬廻役という役職持ちになった為、参加が許された。
織田家の重臣に会えるチャンスなので、かなり楽しみだ。
「各々これまでの働き、誠に大儀であった。 未だ岩倉の伊勢守家や犬山の十郎左衛門など、当家に敵対する者はまだおる。 しかし今宵は存分に飲み食いし、今までの労をねぎらうと共に、今後の為の英気を養ってほしい! では乾杯!!!」
信長の合図と共に宴会が始まった。
弾正忠家の主だった家臣はもちろん、分家である末森織田家から柴田勝家と佐久間盛重の両家老や那古野城に移ったばかりの信光も参加するなど、かなり大規模な宴会だった。
織田家の重臣では、家老の林佐渡守秀貞や佐久間右衛門尉信盛ら。
信長の異母兄の三郎五郎信広や大叔父の飯尾近江守、そして俺と何かと関わりの深い森三左衛門などもいた。
こう見るとやはり織田家には有名な武将が多い。
「おい又左 すこし飲みすぎではないのか?」
「これが飲まずにいられるかよ!? 殿がうつけと言われていたあの頃から付き従い、家督を継いでたった二年で下四郡統一だ! 殿は昔からやる男だとは思っていたが… それが嬉しゅうて嬉しゅうて…」
そう言って又左はおいおいと泣き出した。 こいつ泣き上戸なのか?
周りを見ると、馬廻役の皆は、利家に同意するように頷くものや、同じように涙を流す者もいた。
馬廻役の連中は言ってしまえば、信長の悪ガキ時代の仲間だ。
又左のように、信長が元服する前から付き従っている家臣も多くいるだろう。
新参の俺でも嬉しいのだから、長く共にいた分嬉しさはけた違いなのだろう。
傅役として幼いころから見ていた平手の爺様はどうなっているのだろう?
俺は気になって辺りを見回した。
「あの吉法師様が、こんなにも立派になられて… じいは嬉しゅうございます… いやぁ長生きはするもんですなぁ…」
想像通り平手の爺様は、信長のすぐ傍の席で大泣きしていた。
史実ではすでに故人で、信長の躍進を見ることが出来なかった爺様だが、この世界ではそうならなかった。
史実通りなら信長の大躍進はここからである、どうか爺様には長生きして見届けてもらいたいものだ。
爺様を眺めていると、ふと俺の肩を叩くような感覚がした。 酒に酔った又左だろうか?
「ん? なんだ又左? なんか用…か…?」
俺が振り向くと、そこに居たのは又左ではなく見たこともない童女だった。
髪型は童女によく見られる振り分け髪だ。よく手入れがされている濡れ羽色の黒髪は癖一つ見られなかった。
目はつり目がちであり、真一文字に結ばれた唇はほのかに赤みを帯びていた。顔立ちが非常に整っており、まるで人形を思わせるような姿だった。
しかしこの場になぜ童女が? 何故か童女は一言も話さず、俺の方をじぃっと見ている。
あまりに整った容姿なので若干、いやかなり怖い。
もしかしたら座敷童などの類なのではないかと思った所、童女が口を開いた。
「お主、見目が良いのぅ。 どうじゃ?市の婿にならぬか?」
童女はそう言って、童女らしからぬ妖艶な笑みを浮かべた。
今この幼女はなんと言った? 市? 婿?
俺の思考回路は完全に停止するのであった。