23 中中村の発展
天文二十三年(1554年) 尾張国愛知郡 中村郷中中村付近
大和国を出発し、伊賀国を経由してから約1週間が経った。もう少しで俺の故郷である中中村だ。
真っ直ぐ帰らず、伊賀を経由したのは弥太郎の元服の為だった。
まだ12歳で元服は少し早いのだが、国元から離れることも加味して今のうちにしておいた方が良いと思ったからだ。
元服後の名は服部半三正成だ。元々は服部姓を名乗っていたが、この地に土着した際に千賀地姓を名乗りだしたらしい。
半蔵殿曰く、「儂も松平家に仕官していた頃は、服部姓を名乗っていたし、この地を離れるなら本姓を名乗っても良いだろう」との考えのようだ。
なんにせよ少し聞きなれた名乗りになった。
これで俺の供回りで元服してないのは勘次郎だけになる。勘次郎の元服は中中村で兵庫と合流してからになるな。
「間もなく藤吉郎様の故郷ですな。中村とはどのような所なのですか?」
俺がそう考えていると、左近が俺に話しかけてきた。勘次郎と半三も興味津々といった様子で俺を見てくる。
左近はもちろんだが、勘次郎も半三も俺の故郷は知らないのだからそう聞くのも自然だ。
「特に何もないぞ。強いて言うならば、中村は平野が一面に広がっておることぐらいだな。開墾しやすい土地柄で米がよく取れるのは良いかもしれんな」
「伊賀は山ばかりだし土壌も稲作には向いておりませぬ。伊賀も藤吉郎様の故郷みたいに豊かな所だったら少しは争いも減るのかもしれないと考えてしまいますな」
俺の言葉を聞いて半三がそう呟いた。確かに伊賀は貧しい国だ、半三もその事は良く知っているが故の感想だな。
「某は家族が気になります。特に父上の様子ですな。元気だとよいのですが…」
勘次郎は家族の事が気になるらしい。確かに最初の状態を思うと心配になるのも無理はないかもしれん。
「兵庫か。先日小竹から届いた文には息災と書いてあった故心配しなくても良いだろう」
「そのような文が届いていたのですね!それを聞いて安心しました!」
「何か見えてまいりました。あれは堀と塀でしょうか?」
そう談笑していると、左近が何かに気づいたようで声を上げた。
「ん?塀はともかく中中村に堀を備えた館など無いぞ?」
少なくとも俺が武者修行の旅に出る前には存在していなかったはずだ。この1年で何があったのだろうか。
「某にも見えます。確かにあれは堀ですな、櫓も備えている所を見ると、それなりの規模だと思われます。」
忍び出身らしく目が良い半三もそう言っている。俺も半三が指差す方角をジッと見た。
「あの方角は…まさか!?」
半三が指差す先は、俺の生家があった所だった。
そこには見覚えのある掘っ立て小屋ではなく、立派な領主の屋敷が建っていた。
尾張国愛知郡 中村郷中中村 木下屋敷 広間
広間にはおかぁや小竹を始めとした一族連中と、兵庫がいた。
俺たち家族は上座で並び、兵庫や勘次郎たち家臣は下座で控えた。
「ほんにおどろいたど!?たった1年であの小屋がこんな立派な屋敷になっとるなんて思わなんだわ!!」
劇的ビフォーアフターを遂げた家へ入り、広間へ通された俺はそう叫んだ。
「いやぁ藤吉にぃを驚かせたろう思てな。わざと手紙に書かなんだわ」
そう怒鳴る俺をよそに、小竹が笑顔で話していた。
まったく、野盗が俺の実家を乗っ取ったのではないかと焦って損をした。
警戒しながら屋敷に近づくと、櫓から「藤吉にぃおかえりなさい!」と言われたので心底驚いた。
まさか旭が櫓にいるなどとは夢にも思わなかった。ちなみにこのおてんば娘がなぜそんなところにいたのかは不明だ。
この屋敷を誰が築いたのかと小竹に聞くと、縄張り等の普請は兵庫が務め、村の男たちの手も借りて作ったそうだ。建築の経験などほとんどないのによくやったものだ…
「兵庫よ、良くぞここまで立派な屋敷を築いたな大儀であった。 しかしここまでの物を作る必要はなかったのではないか?」
確かに故郷を任せたとは言ったが、ここまでやれとは言っていない。
しかし部下の頑張りを褒めないのは上に立つ人間として失格だろう。
「お褒めの言葉を頂き恐悦至極に存じます。屋敷の規模につきましては、野盗の襲撃が頻繁に起こった為、ある程度の規模の居館が必要かと思いまして。 それに非常に申し上げにくいのですが、我が主の生家があのような小屋では…と」
兵庫は俺に立派な屋敷と言われて嬉しかったのか、最初は自慢げな顔をしていた。
しかし、元の家の事を話し始めると悪いと思ったのかどんどんと尻すぼみになっていった。
「まあ掘っ立て小屋と言っても過言ではない家だったからな。のう、おかぁ?立派な屋敷になって嬉しかろう?」
「ほんに、兵庫どんがきゃぁてからようなったわ。近くにおった野盗共も、村の男共と一緒に追い出しゃーたしな。」
おかぁはそう言ってカラカラと笑っていた。
「ほんで藤吉、これからどうすんだ?どっかに仕官するだか?」
「そうだな。だが俺も発展した村の様子が気になる。村をある程度見回った後に仕官をしようと考えとるな。」
「失礼ながらどちらに仕官を?」
兵庫も俺の仕官先が気になるようだ。自分の仕官先にもなるのだから気になって当たり前だろう。
俺が仕えるべき主はあの武将しかいない。俺は広間で高らかに宣言した。
「俺が仕官するのは織田家、織田弾正忠家だ。」
尾張国愛知郡 中村郷中中村
「俺がいた時より村はかなり栄えているようだな。どれぐらい変わったのか教えてくれんか?」
俺は村を散策しながら小竹から情報を聞いていた。横に並ぶとよく分かるが、小竹もいい体格をしている。
恐らく5尺5寸といった所だろうか、弟の成長を感じ少しうれしく感じた。
「米の収穫量は大体1000貫ぐらいじゃな。内政はおらと智ねぇ、後は幼馴染の万作と、兵庫殿の奥様と息子の一学がやってるだな。おかげで算術には明るくなっただよ」
万作は後の小出甚左衛門秀政だ。秀吉の叔母婿であり親族衆に名を連ねている。
大きな武功もなく目立たない武将だが、秀吉からの信頼は厚かったようで、史実では豊臣秀頼の傅役にもなっている。
ちなみに秀政は秀吉より年下なのだが叔母婿であるが故、関係上は秀政が年下の叔父になる。
「そうか、家族や万作だけでなく、兵庫の家族までもが協力してくれてるのだな。農業だけで生活をしているのか?」
「うんにゃ、お爺に鍬とかを頼んだ時に、中村におらたちの親戚で、腕のいい鍛冶屋がいると聞いてな。その鍛冶屋を家で雇って武器や農具を作って売ってるだよ。農具は中中村にしか卸してないから安心してけろ。」
「屋敷で時折鉄を打つ音が聞こえてきたのは、俺の聞き違えではなかったのだな。何という名の鍛冶師なのだ?」
「加藤正左衛門って言うだ、おかぁの従妹婿だな。 お爺までとはいかねぇが良いもんは作るど。」
「そうか。農業以外でも稼げるに越したことは無いでええな」
話をしながら俺は驚いていた。加藤正左衛門清忠は加藤清正の父親になる男だ。
清正も中村生まれだが、産まれるのが先だと思いまだ捜索していなかったのだ。
もうすでに木下家にいるとなれば、これから探す手間が省けるという訳だ。
「にしても1000貫か…」
1000貫を現代の価値に直すと大体1億2000万円といった所だ。
石高に直せば2000石、一地方領主としては十分な稼ぎだろう。
「どうだ?藤吉にぃが居なくても上手くやっただろ?」
小竹はそう言って自慢げに胸を張った。
「うむ。ではこれまで通り頼むぞ。俺は織田家に仕え、中村より大きな領地を賜れるよう励まねばな!」
そう決意を新たにした俺は、織田家に接触するために、普段から信長が出入りしているという噂のある『生駒屋敷』へと向かうのだった。
小出秀正の幼名は不明だったので、曾孫である吉重の幼名を使っています。