19 忍びの里
天文二十二年(1553年) ??国 山中
道に迷ってからどれぐらい経ったのだろうか。先程まで頭上にあった太陽が傾きかけている。
山深い地形もあり、太陽が山に隠れてしまうのもそう遠くないだろう。
「どうやら完全に迷ってしまったようだな。どこで道を間違えたのか…」
「日が傾きかけております、人里を見つけるか、野宿が出来る所を見つけねば危のうございます。」
「何もない所では危険すぎる。せめて廃屋でもあればよいのだが…。 勘次郎何か聞こえぬか?」
俺の耳に何か人の声のような音が聞こえた気がする。聞き違いかと思い勘次郎にも注意を促した。
「…人の声でしょうか?それにこの甲高い音は刃の合わさる音? 藤吉郎様!近くで争いが起こっているやもしれませぬ!」
「こんな山奥だ人里が野盗に襲われとるやもしれん。勘次郎急ぐぞ!」
「は!!」
やはり聞き違えではなかった、俺は鳴神を鞘から抜くと声が聞こえる方へ走り出した。
勘次郎も槍を取り出すと俺の後に続いた。
勘次郎の槍は先日まで俺の使っていた槍だ。
お爺の所で新しい槍を買い与えようとしたが、俺の槍が欲しいと言ったので下賜することにした。
ただ俺は身の丈5尺8寸の大男だが勘次郎は5尺2寸しかない為、取り回しがしやすいよう柄を切り詰めたが勘次郎は喜んでいるので良しとしよう。
その槍は松下左兵衛殿から賜った物で、思い入れもあるので勘次郎に使ってもらえるのは俺としてもありがたい。
そう考えながら山道を走っていると人の声が段々と大きくなってきた。視界が徐々に広がってきたのを見ると街道が近いかもしれない。音の感じだとかなりの人数が争っているようだ。
俺も勘次郎も具足を纏っていない為無理は出来ない。覚悟を決め俺たちは山道から街道へ飛び出した。
「おい!山からなんか出てきたぞ!!」
「伏兵か!?増援か!? ちっ、やっと終わったと思ったんだがなぁ!」
「2人しかいねぇぞ!囲んでやっちまえ!!」
「「「おう!!」」」
街道に出ると男が7人いた。周りには何人かが血を流して倒れ伏しているなど戦闘の後が見て取れる。
終わったと思ったと言うからには俺たちは間に合わなかったのだろう。
そう歯嚙みするが、今度は俺たちが窮地に立たされている。
こちらは2人だが向こうは7人。先程の戦闘で何人か手傷は負っているようだが人数差の不利は如何ともし難い。
「勘次郎手負いの2人を頼めるか?俺はそっちの5人を相手する。」
「藤吉郎様危のうございます!」
「なに、野盗如きに後れを取る俺じゃないのはお主も知る所だろう。行くぞ!!!」
俺は鳴神を振り回し敵に突貫した。
「俺は木下藤吉郎秀吉!!お主らを屠る者じゃ!!」
俺はそう叫びながら目の前の男に槍を突き出した。
槍は男の首に吸い込まれるように刺さり、そのまま首を飛ばした。
「伝助がやられた!こいつ強えぇぞ!!」
男たちに動揺が走った。俺はその隙を逃さず、男たちの中に入ると槍を振り回した。
身体に槍が触れるとその部分を吹き飛ばし、具足や小手が当たればその部分が凹み、弱い所は砕け散った。
しばらくすると俺の周りに動くものは居らず、地獄絵図さながらになっていた。
とてつもない切れ味に破壊力。血濡れになった鳴神に目をやると刃こぼれ1つなくそのままの姿だった。
全くお爺はとんでもない物を作ったものだ。
ふと勘次郎に目をやると勘次郎も最後の1人を突いた所だった。怪我もないようで安心した。
「藤吉郎様!お怪我は!?」
「無傷だ。勘次郎もよくやったな、実戦は初めてだっただろう?」
俺はそう言って勘次郎の頭を撫でた。
「はい。初めてでしたが藤吉郎様に槍を習っております故不安はありませんでした。」
「嬉しいことを言ってくれるな。」
俺に頭を撫でられ勘次郎は少し照れくさそうにしていたが、そう力強く答えた。
弱冠11歳とは思えない戦いぶりだったが、撫でられて満更でもないのを見るとまだ子どもだな。
「そこの者!」
地獄絵図のど真ん中で俺たちが談笑(?)していると野太い声が聞こえた。
新手かと思い槍を構えたがどうやら様子が違うようだ。
声をかけた男は騎馬武者だった。数名の郎党を引き連れているのを見るとそこそこの身分かもしれない。
「お主らの戦いぶり遠くじゃったが見ておったぞ。家臣の仇を取ってもらったようじゃな、礼を言おう。」
「いえ、山中を彷徨い歩いていた所争うような音が聞こえましてな。人里が襲われていたと思い駆け付けた次第に。一歩間に合わずお味方はすでに討たれておりましたが…」
「それは仕方ない、儂も増援が遅れてしもうたしお主らに非はない。ここらで見ん顔な上に彷徨い歩いておったと言ったな、お主ら旅の者か?」
「大和国を目指して山城国に入ろうと思った所道に迷ってしまいまして。失礼ながらここはどこかお教え願えませぬか?」
「ここは伊賀じゃ。少し道を外れてしまったようじゃのう。家臣の仇を討ったお主に礼がしたい、名は何と申す?」
「某は木下藤吉郎秀吉と申す、こちらは共の勘次郎。失礼ながら貴公はどなたであられますか?」
「申し遅れてあいすまぬ。儂はここ阿拝郡を領す千賀地半蔵保長と申す。」
伊賀国、半蔵 もしや服部半蔵保長か!?
予想だにしていない邂逅に驚きつつ、半蔵殿に連れられ屋敷へと向かうのだった。
伊賀国阿拝郡 千賀地屋敷
「そうかお主らは武芸者か。それならばあの豪傑具合も理解できるものよ。遠くからでも惚れ惚れするような槍捌きだったぞ。」
「過分な評価身に余る思いです。」
俺たちは屋敷に招かれると歓待を受けていた。
どうやら先程のは野盗ではなく、近くの領主が侵攻するために派遣した斥候だったようだ。
斥候を俺たちが1人残らずあの場で倒したことで、千賀地の情報が洩れずに済んだと言うことらしい。
ここで少し伊賀国の内情に触れたいと思う。
伊賀国を治める大名はこの時代にはおらず、多くの地侍が数多くの居館を構えてそれぞれ自治を行っている。
狭い伊賀国で諸勢力が乱立した為些細な事で争いが絶えなかったとされる
さらに風土にも問題があった。
伊賀国は古琵琶湖層に由来する粘土質の土壌の為、農耕をするにも一苦労する土地柄であった。
特に水不足になると地面に深い罅が入り、水田は壊滅的な被害を受けることになる。
その事も相まってさらに争いが起こることになる。
ちなみに農耕で稼ぐことが出来ない伊賀国の民がどう稼ぐかといったら傭兵稼業だ。それが伊賀忍者の原点になる。
他にも娘を売るなどの非人道的な行為もあるが、戦国の世ではそう珍しいことではないので省略する。
「お主の腕を見込んで1つ頼みがあるのだが良いか?」
「某に出来ることでしたら何なりと。」
やはりこの歓待には裏があったか、ただ斥候を討っただけでこの待遇は行き過ぎだと感じた。
嫌な予感はしなかったので付いてきたが、一体何を頼まれるのだろうか…。
「儂には6人の息子が居ってな。そやつらに1つ稽古をつけてもらいたいのよ、なに禄は出そう。武芸者なら人に教えた経験もあるじゃろう?」
「それでしたら構いませぬ。謹んでお請けします。しかし某も旅する身、短い期間でもよろしいか?」
「そうか、では明日から頼む。期限は5日程でどうだ?稽古の間は部屋をあてがおう、後で家人に案内させる。」
そういって今日はお開きになった。
服部半蔵保長の息子で有名なのは2代目半蔵の正成だな。
まだ子どもだろうし明日会えると思うと少し楽しみに感じる。そう思い就寝するのだった。
~翌朝 稽古場
「半蔵殿、ご子息は6人とお聞きしましたが…」
稽古場に集まったのは5人の男子だった。
嫡男の市平保俊、次男の源兵衛保正、三男の勘十郎保秀、四男の久太夫正保、六男の市郎だ。
市平は俺と同年の16歳で四男の久太夫までは1歳差、六男の市郎は少し離れて8歳だ。
「やはりあやつは来なかったか。」
半蔵殿はそう言って肩を落とした。
「やはりとは?」
「五男の弥太郎じゃ。あやつは少々儂の手に余っての、五男じゃから僧籍にしようと三河の大樹寺に預けたのじゃが一昨年帰ってきよった。遠く三河から齢10に満たない子どもがたった1人でじゃ。理由を聞いたら出家するのが嫌だったとぬかしよる。本来じゃったら儂が根性を叩きなおしてやりたいのじゃが、もはやあやつは儂の手に負える者ではなくてな。」
そう呟く半蔵殿は海千山千の忍者ではなく、子育てに悩む父親の姿だった。
「修練を始めれば来るやもしれませぬ。始めてしまいましょう。」
俺はそう明るく言って稽古を始めた。
流石三大上忍の息子なだけあり、元服後の4人は良く鍛えられていた。一角の武将として十分やっていけるだけの実力はあるだろう。
日も傾き本日の稽古も終わろうとした時、急に稽古場の扉が開け放たれた。
「凄腕の武芸者が来てるって?いっちょ俺にもやらせろや!」
そこにはとても元服前には思えない体格の少年が模擬槍を持って佇んでいた。
あれが後の鬼半蔵 服部半蔵正成か。
どうしたものかと思いながら俺も模擬槍を固く握り締めるのであった。
前回後書きで行った所、何人かの方に感想を頂きました!楽しんで見て頂ける人がいらっしゃり筆者も嬉しく感じます。ランキングも久しぶりに日間3位に浮上していました、皆様本当にありがとうございます。
今回出てきた千賀地半蔵保長の子どもたちですが生年や諱、幼名等が伝わっていない人物については筆者が創作で付け足しております。
読者の方でもしお分かりになる方がいらっしゃいましたら、お手数ですが感想で教えていただけると幸いです。
源兵衛保正(生年が創作)勘十郎保秀、久太夫正保(生年、諱が創作)市郎(半助正刻)(生年、幼名が創作)