18 鳴神
今回少し短いです。
天文二十二年(1553年) 美濃国武儀郡 関郷小瀬村
「お爺、今戻ったぞ。」
俺はひと月振りに小瀬村に戻った。
頼んでいた槍は出来ただろうか?お爺の話ではそろそろのはずだが…。
「藤吉郎殿ですな、お待ちしておりました。親方をお呼びしますので暫くお待ちを。」
応対にあたったのは、以前ここに来た時に会った若者だ。
以前は素っ気なかったが、俺が縁者であることが分かっているので今回は丁寧な対応だった。
「おう、久方ぶりじゃな藤吉。槍じゃが今は拵えを作っておる所じゃ、もう2,3日で出来ると思うぞ。そうじゃ、なんなら槍だけでなく刀も見ていくか?身内じゃから安うしとくぞ。」
お爺はそう言うと笑い声をあげた。
「俺の刀は暫く良いかもな、共の者に持たせる物があれば見てもいいか? 刀と言えば先日良い業物が手に入ってな、お爺にも見てもらいたい。」
そう言って刀を鞘ごと抜いてお爺の前に置いた。
「茎の銘を見んでも分かる。これは我が師である孫六兼元の一振りじゃな、どこでこれを?」
刀を抜くとお爺は目を見開いた。
「大野郡で人助けをした際に拝領した物じゃ。孫六兼元がお爺の師なのか?」
「そうじゃ、儂の師は2人おってな。1人が2代目兼定である和泉守殿、もう1人が孫六兼元殿になる。先に師事したのは和泉守殿じゃったが、儂がまだ若い頃病で亡くなってしまってな。儂の腕を見込んでくださった孫六殿がその後儂に刀鍛冶を伝授して下さったんじゃ。」
お爺は昔を思い出しながら刀身を眺めていた。
「お爺に1つ頼みがあるのだが、俺に手入れの仕方を教えてくれないか?俺は元々農民だから刀の手入れは素人でな。このような業物を素人手入れでは刀が可哀そうでな。」
「ええぞ、奥に来い。共の者も連れてこい、一緒に教えたるわ。その後は槍が出来るまで俺の屋敷に泊まっていくがいい。修練で中庭も使ってええぞ。」
~3日後
「藤吉郎殿!ご注文の品が届いたそうです。鍛冶場で兼貞殿がお待ちです!」
勘次郎と修練をしている所にお爺の弟子が訪ねてきた。どんなものが出来たのが楽しみだ。
俺は修練を中断し、勘次郎と鍛冶場へ向かった。
「来たな藤吉、これが完成した槍だ。手に取って見てみろ。」
お爺の手には黒漆塗りの槍が握られていた。
手渡されるとズシリとした重厚な重さを感じた。普段使っている槍よりも短いのにも関わらず、重さはこの槍の方が上のようだ。
「1間半の十文字槍、銘は『鳴神』この槍を鍛え上げた際、近くで雷が落ちてな雷神様の加護だと思い儂が名付けた。穂は1尺5寸と左右に7寸ずつ。地鉄は板目肌、刃文は直刃に尖り互の目交じり。柄は樫を使い黒漆仕上げ、胴金などは金で飾っておる。広い所で振ってみるがいい、少し重いが藤吉なら造作もないだろう。」
「ああ、少し重いがこれぐらいなら構わん。それより形に慣れんとな、十文字槍は使い方が複雑故実戦で迷わぬよう、型から全て見直さなならん。しかしお爺、これはいい槍じゃな、この刀と同様素人目でも分かる。お爺感謝するぞ。」
「おう!でっかい武功を立ててくれやぁ鳴神も儂も本望じゃ。やはり武器は戦場で輝いてなんぼじゃからな。」
俺はお爺に代金を支払うと勘次郎を伴って出立した。
まずは南近江へ行き、山城国を抜ける道で行こうと思う。
最終目的地は大和国の興福寺だ。十文字槍を作ったからには宝蔵院流槍術を学びたい。
道中の人材登用だが、今回は無しで行こうと思う。
早く興福寺で修練をしたいのもあるが他にも理由がある。
確かに近江国は秀吉の家臣として登用されたものが数多くいる。
有名どころでは石田三成、大谷吉継。脇坂安治、片桐且元などが挙げられる。しかし今挙げた武将は軒並み産まれていない。俺が下手に関わって生まれなくなったりしては本末転倒な為、近江出身者は史実の通り長浜城を築いてからにすることにした。
南近江には覇者である六角氏が君臨している。
六角氏は前年管領代であった弾正少弼定頼が亡くなり、左京大夫義賢に代替わりしたばかりだが勢力は衰えていない。
六角氏は南近江だけでなく伊賀や伊勢にも所領を持っている有力大名だ、俺のような武芸者に靡くものは居ないだろう。
山城国は三好政権が京の都を牛耳っている。
本来京にいるはずの足利義輝は先日の戦で大敗し、京の都を追われたという噂が聞こえている。
京で起きたことはすぐ噂になって広まる。戦とは恐らく『東山霊山城の戦い』だろう。
今頃義輝は朽木氏の所に逃げ込んでいる頃と思われる。確か5年ほど朽木で過ごすはずだ。
『日本の副王』『戦国最初の天下人』と称される三好修理大夫長慶に一目会ってみたい気持ちはあるが、目をつけられたら大事なので関わらないことにしよう。
だから俺は足早に大和国へ向かうはずだった。
??国 山中
「勘次郎…ここはどこだと思う?」
「申し訳ございません、某も存じ上げません…」
小瀬村を出て約2週間、近江国を抜けた後に俺たちは山中で迷子になっていた。
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秀吉の祖父である関兼貞は美濃または尾張の鍛冶師と伝わっています。
和泉守兼定、孫六兼元との師弟関係は本作独自の設定になります。