10 帰郷そして旅立ち
天文二十二年(1553年) 遠江国 遠津淡海 今切
松下家を離れたのち、俺は2年ぶりに故郷に帰ることにした。
今の持ち物は路銀としてもらった俸禄が5貫文、そして具足や槍などの武具など合わせて10貫の大荷物だ。
いくら俺が怪力だと言っても、こんなに重たいものを担いで未舗装の道を歩くのはキツすぎるのだ。
俺は遠江から尾張までのおよそ30里をえっちらおっちら歩くのだった。
~5日後 尾張国愛知郡 中村郷
普段なら2日程で着くのだが、その倍以上の時間をかけて俺は故郷へ帰りついた。もう二度と大荷物を持った状態での旅はしないと心に誓った。
たった2年だがなぜか懐かしい感じがする。そろそろ家に着くが家族は元気にしているだろうか?
同時刻 尾張国愛知郡 中村郷中中村 木下小竹
兄が村を出て約2年が経つ。兄の残した農具と使用料の仕組みのおかげで、木下家は今も安定した暮らしが出来ている。
すでにあるものを維持するだけでは兄に申し訳が立たないと思い、今は手に入れた金を元手にし、付近の百姓を傘下に入れて新しい畑や田を開墾している所だ。
その甲斐あって2年前よりも木下家は裕福になってきている。だがうちに金があることが分かったのか、野盗が近くに根城を構えたらしいのが目下の悩みだ。今の所は村の男たちで対処できているが、この先どうなるかは少し心配だ。
こんな時に兄が居てくれたらなと思う。兄は元服前にも拘わらず、農具片手に野盗を叩きのめしていた。やはり武士を目指すだけあるのだろう。兄は元気だろうか?無事に出世出来ているといいが。
そう思っていると旭が向こうから走ってきた、かなり急いでいるようだが何があったのだろうか。
「小竹にぃ!! 藤吉にぃがけぇってきた!!! はよう家に戻ってけろ!」
その言葉に驚き、思わず持っていた鍬を落としてしまった。まさかおいらが帰ってきて欲しいと思った矢先に帰ってくるなんてとんだ偶然だ。
おいらは落とした鍬もそのままに、家へと駆けだすのだった。
尾張国愛知郡 中村郷中中村 木下家
「なんでいきなりけぇって来ただ? しかも便りもなしに、おら夢でも見とるか思うたで。」
母が目を白黒させながらそう言っていた。
「2年もの間便りを出さんかったのはすまんかった。俺も忙しくてな。みんなは元気しとったか?」
俺は母に謝りながら家族を見渡した。親父以外の家族は家に集まっている。母は余り変わっていないが、兄弟は成長していた。
智ねぇは俺より3つ上なのもありすっかり大人の女性になっており、小竹も元服前だが体格はなかなかのものだ。
末の妹である旭は幼かったのもあり、一番成長を感じる。兄なのに親戚のおじさんのような気持ちになってしまう。
「おらたちは元気だ。だども藤吉どうしただ?こんに早くけぇってくるなんてなんかあっただか?怪我をしたちゅうわけじゃねぇみてぇだども。」
智ねぇが俺の姿を見ながら聞いてきた。
まあ気になるのはそこだよな。俺はこの2年にあったことをすべて話すことにした。
「ほうかよう頑張っただな。」
母は俺の話を聞き終わると、そう言って俺を撫でた。久しぶりの親の温かみを感じ、不覚にも涙が出そうになったが慌てて堪えた。
「藤吉にぃが可哀そうだべ!な~んもわるぅことしてねぇのに!」
まだ幼いのもあり、俺が疎まれた理由が分からない旭がポロポロと涙を流しながらそう言った。
「んでこれからどうするだ?武家奉公は止めて農民に戻るだか?おいらは歓迎するだよ?」
小竹も優しい言葉をかけてくれた。でも俺は農民に戻る気はなかった。
「いやまだ俺は立身出世を諦めたわけでねぇ。武者修行してまたどこかに仕えるだよ。ただこの大荷物で移動は出来ねぇから具足なんかはここに置かせてほしいだよ。」
「藤吉ならそう言うと思っただよ。荷物ぐらいどうってことはねぇ、次はもっといいとこに仕官できるとええな。」
そう言って智ねぇは俺の背中をバシンと叩いた。
「みんなありがとな、また行ってくるだよ」
俺はすぐに出立しようとしたが、「少しくらいは休んでけ」と皆に言われたので2,3日ゆっくりして出立することにした。
~3日後 出立の日
「藤吉にぃ元気でな!いつでもけぇってきていいかんな!」
別れが寂しいのか旭は俺の腰にくっ付いている。困ったこれでは動けない。
「それじゃあ藤吉が行けんじゃろ。はよ離せ。」
そう言って智ねぇに無残にも引きはがされて泣きじゃくる旭。2年前よりブラコンがひどくなっている気がするが気にしないことにしよう。
「藤吉にぃ、最近家の近くに野盗が出るようになってな。今は村の男共で何とかなっとるんだども、この先どうなるかは分かんねぇ。俸禄は弾むから護衛をしてくれるもんが欲しいだよ。修行の中で腕の立つもんが居たら紹介してほしいんだな。」
「分かった、やってくれそうなもん何人か探しとくな。」
武者修行はとりあえず美濃に行く予定でいる。没落した旧土岐氏家臣などがいるかもしれないから声をかけてみよう。
「身体に気ぃ付けるだよ。今度はこまめに便り出すだよ!」
母に釘を刺された。心配させないようこまめに連絡をするようにしよう。
「そんじゃみんな行ってくるだよ!元気でな!」
そう言って俺は武者修行の旅へ出るのであった。
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