特異点エレメンタル
全速力で馬を飛ばし、南西の森を抜け、草原をしばらく進むと、目的の怪物の姿が見えてきた、事前情報にある様に、こちらに気づいた様子は無く、敵意も殺意も無く、存在感を全く発していなかった。
しかし、30メートル程、怪物に近づくと、怪物は全身に禍々しいオーラを纏わせ、明確な殺意を5人に向けた。
2メートル以上ある身長に、隆起した筋肉、頭から足まで全身真っ黒で、所々に血管の様な赤い線が走っている、極限まで釣り上がった赤い瞳に、眉間には皺が寄っている、手には鋭く長い漆黒の鉤爪を生やし、爪から滴る血が見る物全てに死という現実を突き付ける。
騎士隊の一人が、一瞬で殺されたのだ。
殺意を向けられた、その騎士は動く事が出来ずに、ただ怪物に狩られてしまった。
私はその光景を俯瞰で見ていた、固まっている私の上空からもう一人の私が見下ろしている、そんな感覚に陥っていた。
「散開!!!!」
隊長の暑苦しい、掛け声にようやく私は意識を取り戻した、しかし体が思う様に動かなかった、どうにか腕を動かして剣を太腿に突き立てる、痛みで覚醒した私は、他の3人にの様に、散開した。
そこからは安定して戦えていた、4人の騎士が馬に乗り、縦横無尽に駆け回る、一人が狙われたら他の3人が怪物に圧を掛けてカバーを行う、これらを繰り返し隙を見て攻撃を与える、隊長の作戦は信じられないほど、上手く行っていた。
怪物は基本的に所定位置からは動かず、攻撃をする時だけ動き出す、攻撃が失敗すればまた所定位置に戻る、このエレメンタル特有の習性のおかげで騎士団は善戦していた。
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「新人の騎士は青髪の女の子か?」
私は頭の中の悪い考えを必死で消しながら尋ねる。
「そうだ、即戦力って随分と話題になってたから青髪の子で間違い無い」
「何時、騎士団は王国を出た!!」
「11時に門から5人の騎士が出てくのを見たよ」
悪い考えが的中してしまった、カノンは今現在、噂の怪物と戦っている……
「全く凄いよな、あんなに若いのに怪物退治に任命されるなんて、出世間違い無しだな」
酒場全体で笑い声が起きる、群衆に悪意は無い、ただ若い騎士の凄さを褒め称えいるのだ。
普段ならキレる所だが、シリウスはそんな声すら無視して、ニ階の酒場から一階のギルド受付まで駆け降りた。
勢いの良さにギルドの受付嬢が若干引いている事すら、どうでも良い。
「怪物の討伐の依頼、私が受ける」
早口で私は要件を伝える。
「し、しかし、怪物討伐は大変危険でして、それに今現在、王国騎士の精鋭が討伐に当たっていますから……」
「私なら大丈夫、怪物の居場所を早く教えて!!」
凄い剣幕で話すシリウスに、押されたのか、受付嬢は依頼書をシリウスに渡した。
(南西の草原……、馬で全速力で駆けたら、30分程、私が全速力で走ったら10分……)
カノンは11時に王国へ出て、11時30分に怪物と遭遇する、今がその11時30分……、本気で走っても10分かかって着くのは40分だ。
すぐ様、向かわなければ、カノンの所に。
「シリウス様、お急ぎでしたら馬をすぐにご用意しますが……」
「いや、必要ない、走った方が早い」
ギルドの好意は嬉しいが、今はすぐにでもカノンのもとへ向かいたい。
外に出ると、シリウスは自分の足元に魔力を集めた、魔力は冷気へと変わり、シリウスの靴の表面が氷で覆われる、そのままスケートの容量で地面を滑り、凄まじい速度で走り出した。
シリウスが出て行った後、ギルドの中は。
「嵐の様な人だったな……」
「あれ、流浪の白騎士だろ?世界中を旅してるっていう」
階段駆け降りた際に、フードが脱げて、正体がバレていた。
「あー、やっぱりそうか」
「でも、元々は白銀の少女っていうとんでもない天才魔剣士だったはずだろ?」
「白銀ならひょっとしたら怪物を倒しちまうかもな」
「もし対峙して戻ってきたら盛大に祝わねーとな」
ガハハハハと、ギルド内はより一層盛り上がった。
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ここまで攻撃はだいぶ当ててるはずだけど、一向に効いてる感じがしない、怪物の動きが全く鈍っていないのだ。
カノンは賭けに出る事にした、危険だが溜めの大きい大技を食らわせる、隙のある内に隊長にその事を伝える、隊長は良い手だと良い、全力で守る事を約束した。
何度目かもわからない攻撃を怪物が行い、所定位置に戻り怪物はしばらく様子を見る、この隙にカノンは剣を両手に持ち、胸の前に掲げた、瞳を閉じ、精神を落ち着かせる、生命エネルギーを燃やし、魔力を生成、魔力は剣を通じて魔法へと変換される。
剣から三つの球状のエネルギーが飛び出した、蛍光グリーンのボールは剣の周りをグルグルと回っている。
カノンの固有魔法〈エネルギーボール〉
エネルギーボールを生み出して操り攻撃をする、普通に攻撃をするなら大した威力では無いが、剣の回りを何度も回転させる事によって威力が増大する。
エネルギーボールは352回転した、普通の戦いならこんな回数は行えないが、エレメンタルの特殊な習性と、仲間の懸命な守りがあり、脅威の回転数を叩き出した。
「完成しました、今エレメンタルは完全に動きを止めています、巻き込まれない様に気をつけて下さい!!」
352回転、普通ならありえない回数、しかしありえないからこそ強力だ、352回転したエネルギーボールの威力は……
山を砕く。
剣の切先をエレメンタルに向けると、三つのエネルギーボールはエレメンタルのもとへと高速で飛んでいき、ぶつかり、そして爆ぜた。