優しい嘘と決意の嘘
シリウスがカノンと再会した日から13日前。
初めて怪物は観測された、前兆もなくラインロット王国の南西の草原に現れた怪物を最初に見つけたのは名もない商人だった、馬車に乗りラインロット王国へ向けて走ってる最中に、怪物を発見した。
周りには殆ど何も無い草原の中、異質な存在がポツンと立っていた、商人はその存在に気付いた時は何も思わなかったらしい、明らかに異質なのに、その存在からは存在感が無かったらしい、敵意も殺意も全く無く、ただただぼーっとしているようだったらしい。
しかし、突如前触れもなく、その化け物は馬車に向けて走り出し、襲い掛かった、商人は運んでいたアトランティス製の武器、拳銃の様な物でエネルギー砲を撃ち出し、化け物を怯ませる、その隙に全速力でラインロット王国へと走り、この異常な場面を王国へと報告した。
その後王国は騎士団、冒険者ギルドを通じて、異質な化け物の観測、撃破を命じた、しかし二週間が経っても撃破には至らなかった。
王国は特異個体のエレメントと認識していたが、王国騎士のカマセ=イヌの報告により言葉を発する事が発覚した、その事から全く別の存在と定義し、その怪物にエレメンタルと名前を付けた。
――エレメンタル観測から14日後――
王国の門の前に完全武装の騎士団が集められた、数は5人、少数精鋭の部隊だ、その中の一人カノン=フェネーゼは友人の事を考えていた、嘘の任務の日を教えた……。
多分シリウスは私の事を助けに来てくれると思った、正直、シリウスに頼った方が絶対良い、シリウスなら怪物を倒せると思うから、でもここでシリウスに頼ってしまったら私は私で無くなる気がした、それにシリウスは完璧超人じゃない、もしシリウスに縋ってシリウスが傷付いたら……それこそ私は私を許せなくなる、
だから彼女に嘘の任務日を教えた、これで正真正銘、私自身の戦いだ。
「これまでの情報からエレメンタルは脅威的なスピードとパワーを有している事が分かっている、しかし、それだけだ、小賢しい知恵は持っていない」
隊長が暑苦しく語っている。
「故に我らは馬に乗り敵を撹乱する、そして隙があれば叩く」
なるほど、それで馬かと心の中で思っていたカノンの元へヒョロヒョロした男がやってきた。
「やあ、君は確か騎士になりたてだったよね、皆が即戦力だって騒いでたのを見てたよ」
「はい、カノン=フェネーゼです」
「よろしく、僕はカマセ=イヌです」
確かカマセ=イヌはエレメンタルの重要な情報を持ち帰った、騎士だった。
「貴方があの、カマセ=イヌさんでしたか」
「僕があのカマセ=イヌです」
……しばらく考えたようにカマセは黙っていたが、ふと口を開いた。
「僕は隊長を除けば唯一エレメンタルと直接退治しました、あの怪物はとにかく迫力が凄いです、睨まれたら最後、まるで蛇に睨まれた蛙の様になってしまいます」
余計な事を言うなと思った、なぜ任務の直前にそんな事を話すのかと、怖くなってしまうじゃないかと、私は内心怒っていたが、男は更に独り言を続けた。
「だからもし、動けなくなったら僕が助けに行きます、君はまだ騎士の卵、それに何よりもまだ若い、だからもし君が危険になったら、僕が無理矢理にでも助けに行きます、そうなったら君は必ず離脱してください」
不思議とカノンは心が楽になったのを感じた、もしかしたら死ぬかも知れないと言う根源的な恐怖、しかし死なないで済むかもと思った瞬間、身体と心がスッと楽になるのを実感した、そのおかげで全力で戦える様に感じた。
これはカマセの作戦なのか、はたまた、ただのカッコつけなのか、それはカマセのみぞ知る事。
「時間だ、これよりエレメンタル討伐任務を始める!!」
暑苦しい隊長が剣を空に掲げ、吠える。
「我に続けぇぇぇぇぇえええ!!!!」
全速力で馬を走らせる隊長に隊員の四人は続いた。
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騎士団が任務へ向かってしばらく経った頃、シリウスは冒険者ギルドの酒場で食事を取っていた。
ギルドに登録をした冒険者は冒険者カードが与えられる、ギルドの酒場は冒険者カードを持つ物しか利用が出来ない為、一般人は利用できないのだが、シリウスはたまにしか活動しない幽霊冒険者とは言え、ちゃんと冒険者カードを持っている。
大好物の、カロリー増し増し冒険者ハンバーガーを頬張りながら、シリウスはボッーっとした様子で考えていた。
私は自分の事を世界一適当な人間だと思っている、実力はあるのに騎士にならない怠け者、ただ、楽しむ為に世界を放浪している自由人、私はそれの何が悪いんだと思う、たった100年程しかない自分の人生、自分の好きな様に生きて何が悪いと、正解は一つとは限らない、私の生き方も正解の一つと言えるだろう。
昨日カノンと再開して、私は揺れた、カノンは自分の現状から何かを変えようと必死に動いていた、正解か不正解かもわからないままがむしゃらに進む、私と正反対の生き方だ。
流されるまま自由に生きてる私、流されまいとがむしゃらに突き進むカノン、多分どっちも正解でどっちも不正解なんだろう、良し悪しの絶対的な基準なんて誰が決められる事だと、私は私だ。そう頭の中の考えに終止符を打とうとした瞬間、ボーッとした意識が一瞬で覚醒した。
「おい、噂の化け物に騎士団が少数精鋭で挑んでるらしい、しかもその中に新入りの嬢ちゃんもいるってよ!!」
私は無意識に言葉を発した男の元へ近寄った。