朝食
お風呂での騒ぎからコテージ横に設置されていた巨大テントで横になると、疲れもあってかすぐに眠ることが出来た。
疲れもしっかり取ることができ、体は活力に満ちている。
翌朝、コテージの外で困り顔の悠君とにやけ顔のレオと一緒にトーストを食べている。
かなり距離が離れているのに、よそのクラスから視線をはっきりと感じる。
隣のコテージに視線を移すと、こちらを見ていた人たちが慌てて視線を逸らす。
どうしてこうなったんだ。
「満点の星空の中で眠るのは神秘的ですごいリラックスできたねー。朝食のトーストも都会にある有名店のパンを使っているらしいよ」
「・・・そうなんだねー」
悠君が気を使って、話題を振ってくれるが、よそのクラスの視線がこちらまで届いてきてゆっくりと味わえない。
「いやー、お風呂も最高だったしなー。特に地獄の湯とか」
「ぐっ!レオ、わざと言ってるだろ・・・」
「なんの話だー?」
また僕は噂の渦中にいる。
過去にあった同級生と女教師を魔法でぬるぬるにしたという噂とは別のものだ。
ふいに、少し離れた同じクラスの3人組の女子グループから声が聞こえた。
「ねえ聞いたー?五十嵐君、お風呂場で猿堂君たちを溺れさせたらしいよー?」
「しかも熱湯風呂に突き落としたらしいよー」
「私が聞いたのは上せた3人をお風呂場の床に放置して帰ったって聞いたよー」
「えー、こわーい」
今度は、僕がクラスメイトを熱湯風呂に突き落として溺れる様を見て喜ぶ鬼畜という噂になっていた。
突き落とすフリをしたところが、突き落としたという風に数名の生徒が見えてしまい、噂に尾ひれはひれがつき今に至る。
今回はレオが噂をねつ造してばら撒いた訳ではないので、前回の噂も相まって話がややこしくなってしまったみたいだ。
先ほど話していた女子たちに訂正するために勢いよく椅子から立ち上がるが、勢い余って椅子が倒れて大きい音を立ててしまった。
先ほどまで噂をしていた女子グループがびくっと肩を震わせ、少し引きつった表情でこちらを見ている。
訂正するつもりではあったが驚かせようとしたわけではない。
怒ってはないという事をアピールするために、なるべく優しく声をかける。
「押すフリをしただけだから、僕は押してないからね?押すフリをしただけで、3人が勝手に湯船に落ちただけだから。なんか変に噂になってるけど、僕は触れてすらないからね」
「う、うん。そうなんだ・・・ごめんね・・・」
「分かってくれればいいんだけど、そんなに警戒しなくても・・・」
先ほどまで意気揚々と話していた女子3人が、まるでヤンキーに絡まれた一般人みたいになってしまった。
そういう態度になっちゃうと、また変に解釈される可能性が。
そう思った瞬間、今度は隣のクラスのコテージからひそひそ話が聞こえてきた。
「おい、あれいま噂になってる五十嵐だろ?椅子を蹴飛ばして同じクラスの女子に睨みを効かせてるぞ」
「昨日は同じクラスの男子を溺れさせてたらしいぞ」
「見た目は普通なのに、なんて凶暴なやつだ」
蹴飛ばしてないやい。
なんでこうなるんだ。
せっかく女子をぬるぬるにした変態という噂が薄くなってきたのに、今度は暴力的なやつという噂が立ってしまった。
倒してしまった椅子を戻し座り直すと、力が抜けてしまい机に突っ伏す。
そんな姿を見て、レオが笑いをこらえきれずに吹き出した。
「お前、本当に凄えな。どうやったらそんなに悪い噂を立て続けられるんだよ」
「うるさい。僕はもうだめだ・・・。まともな学校生活はもう遅れないんだ・・・」
「怜雄ももうやめなよ。秀介、僕はちゃんと押すフリだけだったって見てたから。元気出して」
「分かってくれるのは悠君だけだよ・・・」
悠君が肩をぽんぽんと叩いて慰めてくれる。
心の拠り所は悠君だけかもしれない。
女子からの評価は過去の噂も込みでかなり下がってしまっているだろうし、もはや悠君ルートでいいか。
・・・いや良くないか。そもそも性別が同じだし。
脳内で自問自答をしていると、コテージ内の方から何かが倒れる音がした。
音の方に目をやると、先ほどの僕のように勢いよく立ち上がったのだろう倒れた椅子と、何故か血走った目の佐野さんがこちらを見ていた。
黙っていれば黒髪ロングで清楚な感じなのに、瞳の狂気のせいで台無しである。
その時点で僕の直感が告げる。
これ絶対に面倒臭いやつだ。
慌てて目を逸らすが、ずんずんとこちらに近づいてくる足音が聞こえる。
さっきまで僕をからかっていたレオも同じ気配を感じ取ったのか、さっと目を逸らしている。
いま流れている噂が関係あるのかないのかは分からないが、ただ一つ言えることは彼女は腐女子でBLの妄想癖があるので、ロクなことではないだろう。
気配が僕の横に止まると、不意に肩を掴まれた。
「五十嵐君。ちょっと話があるのだけど」
「僕は無いです」
「昨日男湯で猿堂君たち3人とイチャイチャしていたっていう話は本当?」
無いって言ったのに普通に話し続けるやん。
しかもどういうこと?
噂は僕が3バカを突き落としたという話のはずなのに、なぜこの人にはイチャイチャしたとかいう話に変換されているのだろうか。
意味が分からないが間違っていることは事実なので否定しておこう。
「いや、してないです」
「嘘おっしゃい。目撃者が何人もいるのよ」
肩に置かれていた手に、万力に挟まれたかのような力が入る。
一体その細い指のどこにそんな力が?!
「いだだだだ!目撃者が何人もいるのに何故間違った情報を?!」
「誤魔化さないで!全裸の猿堂君たちを床に転がしていたって聞いたわ!そんなのもう・・・キャー!」
「そんなのもうキャー?!」
ダメだ話が通じない。
しかも肩に入る力がさらに増している。
「そ、そうだ。悠君がちゃんと目撃してるから、聞けば誤解だってわかるはず!」
佐野さんの奇行に驚いていた悠君だったが、はっとして立ち上がった。
「そ、そうだよ!秀介は押すフリをしただけで、直接触れてはいないよ!」
「そうなの?」
その場にいた第三者の情報を直接聞いた佐野さんが少し正気に戻り、指の力が弱まった。
「だって猿堂君たちが湯船に落ちるまで、僕と秀介はずっと一緒にいたん・・・」
「待って!そんなこと言ったらまた肩が痛いいいいい!!」
弱まったはずの指の力が、先ほどよりも強い力で握られる。
肩が潰れるんじゃないかという痛みの中、何故か佐野さんは放心状態になっている。
頼むから方から手を放してほしい。
佐野さんの手を引きはがそうとするが、びくともしない。
やがて思考が終了したのか、佐野さんが口を開いた。
「つまり、五十嵐君は白雲君を選んだってことね!?」
「つまり?!なにをどうしたらそういう考えになるの?!」
というか、選んだって何?
もしかしてレオと悠君で僕は迷ってたってことになってるの?
肩の痛みが限界に達しようとしたその瞬間、佐野さんの手が肩から離れた。
「大変なことが起きたわ!早く仲間に知らせないと!」
「仲間?!仲間がいるのか?!」
そう言うと佐野さんはどこかに走り去っていった。
終始面をくらっていた悠君が恐る恐るといった感じで口を開いた。
「佐野さん、なんか普段と雰囲気が違ったね・・・」
普段穏やかな悠君もドン引きしている。
「仲間って、他にも佐野さんみたいな化け物がいるってことか?」
あんなのがまだいるという衝撃の事実。
だんまりを決め込んでいたレオが、僕の肩を見てぎょっとしていた。
「おいシュウ、お前肩に手形ついてるぞ」
「うわ、ほんとだ!」
僕がずっと握られていた肩には、ホラー映画ばりの手形が付いていた。
どれだけの力が加わっていたのか、考えるのも恐ろしい。
「なんか起きたばかりなのに疲れたよ・・・」
「まあ、今回ばかりは同情するぜ」
珍しくレオが同情してくれた。
それだけ佐野さんがやばいやつに見えたのだろう。
すっかり冷めてしまったトーストを食べ、重い足取りでコテージに戻った。




