漢力勝負
「う゛ー、きもちーねー・・・」
「そうだねー・・・」
身体を洗い終わり、いよいよ念願の温泉に悠君と一緒に入っている。
いま入っている温泉は『安息の湯』というらしい。
温泉の効能が記されたプレートには、リラックス効果や疲労回復効果と書かれていて、『安息の湯』という名前に相応しい効能になっている。
今日一日の疲れを癒すのには打って付けの温泉だ。
大浴場内はいくつかのエリアに分かれており、美容効果に特化している『佳麗の湯』や、炭酸水が全身を包み心地よい刺激が味わえる『気散じの湯』などが有名だ。
後は子供に人気の流れる温水プール『水筋の湯』や、一般人には耐えられない驚異の水温50度の温泉『地獄の湯』などニッチなニーズにも答えている。
ちなみに宿泊をしなくても温泉だけ入れるらしいので、地元の人は良く利用しているらしい。
今日のレクリエーションで動き出したのは午後過ぎからだったが、自分が思っているよりもずっと疲れが溜まっていたみたいだ。
温泉に入っていると、心地よ過ぎて意識が飛びそうになる。
しかし、そんなゆったりとした意識を引き戻すかのように、対面にある『地獄の湯』から呻き声が聞こえてきた。
人がせっかくリラックスしていたのに、一体何なんだ。
湯気の向こうに目を凝らし、様子を伺ってみた。
そこには、片足だけ温泉に突っ込んで動きを止めていた猿堂、雉瀬、犬塚の3バカがいた。
「はー、はー、ふっ、ぐぐぐ、ふー・・・」
「これしきで・・・ぐっ!!」
「・・・っ!」
三者三様の呻き声を上げながら、少しづつ体を湯の中に沈めようとしていた。
「なにやってんだ、あいつら・・・」
隣で温泉につかっていた悠君も気付いたのか、『地獄の湯』の方を見ている。
「ねえ、秀介。あれって猿堂君たちだよね?」
「悠君、見ちゃだめだよ。うつっちゃうからね」
「うつるって何が?」
「軽忽さとか、魯鈍さとかだよ」
「・・・どっちも酷い暴言だけど、間違った覚え方してない?」
ちょっと心配そうな目で悠君が見てきている。
大丈夫、きちんと意味を理解した上で使ってるよ。
しかし、あいつら一体何をやっているんだ。
正直、ゆっくり温泉に浸かりたいから視覚的にも聴覚的にも邪魔でしょうがない。
気は進まないが、何をやっているのか確認して、とっとと大人しくしてもらおう。
クレームを入れるために一旦湯から上り、『地獄の湯』の方に向かった。
「お前ら、何してるんだ?」
相変わらず片足だけ湯船に突っ込んでいる3バカたちに声を掛けた。
猿堂が苦しそうな表情のまま、こちらに顔を向けた。
「ぐっ、五十嵐か。・・・なに漢力勝負をちょっとな・・・」
なんだその頭の悪そうな勝負は。
雉瀬が温泉に入れた足をプルプルと震わせながらこちらに顔を向けた。
「先に全身を入れれることが出来たやつがトレジャーハントの景品を総取りしようって話になってな・・・お前も漢力勝負に参加するか?」
「(頭が)悪くなりそうだから、僕はいいよ」
「そうか・・・確かにここまで熱いと体に悪そうだからな・・・」
そう言うとまた『地獄の湯』に向かい、ゆっくりと体を沈めようと試みている。
ちなみに犬塚は限界が近いのか、声にならない呻き声を上げながら目を見開き、体を硬直させている。
しかし、こいつら全然進まないな。
ようやく3人とも片足を太ももくらいまで入れることが出来たところだ。
漢力勝負とやらをとっとと終わらせてくれないと、お前らの呻き声でゆっくり温泉に浸かることが出来ないんだが。
「・・・いっそ突き落としてしまおうか」
「!?五十嵐、お前いま不穏なことを言わなかったか?」
雉瀬が愕然としている。
小声で言ったつもりだったけど、聞こえてしまったみたいだ。
もう面倒臭いし、とっとと終わらせてくれと頼むか。
「お前らの呻き声がうるさいから、終わらせてやろうかなと思ってな」
「!? バ、バカ野郎!!ここの温泉50度だぞ!いきなり突き落とされたらどうなるか・・・!押すなよ!絶対に押すなよ!」
猿堂も慌てて制止してきた。
・・・そこまで必死になられると、逆に押したくなるな。
お笑い番組でもこういう流れってよくあるし、実は勝負に勝つために背中を押してほしいのではないだろうか。
うずうず。
「お前本当に押さないよな!なんかうずうずしてないか!?」
「え?いや押さないよ?」
「なら何故近づいてくる?!」
「まあこっちもゆっくり温泉を楽しみたいんだ。恨まないでくれ」
素早く3人との距離を詰める。
足場の悪さと熱さで思うように動けないのか、お湯から上がれないみたいだ。
まあいくら3バカとはいえ50度の温泉に突き落とすのは流石に可哀想なので、両手を前に出し、押すフリをした。
「ドーン!・・・なんちゃって」
お茶目なジョークのつもりだったが、雉瀬かなり驚いてしまい、体が揺れた。
やばい、と思った瞬間には体勢を崩し切り、体が斜めになり倒れそうになっていた。
「ぐああああ!いやだあああ!」
「馬鹿!なぜ俺の腕を掴む!?」
「・・・・!!!」
『地獄の湯』に真っ逆さまと思われたが、途中で猿堂と犬塚の手を掴んだ。
当然濡れた床では踏ん張りがきかず、道連れのような形で3人とも落ちていった。
そこからは阿鼻叫喚だった。
「あ、熱いいいいいいいいいい!!」
「五十嵐いいい!!!許さんぞおおお!!」
「・・・!!!???」
3人とも上手く立ち上がることが出来ず、顔を真っ赤にしながら『地獄の湯』の中で猛り狂っている。
さながら地獄の釜に茹でられている罪人の様で、『地獄の湯』という名前に相応しい様相を呈していた。
突然の叫び声に温泉を楽しんでいた生徒たちがドン引きしながらこちらを見ている。
「すまん・・・冗談のつもりだったんだ・・・」
流石に罪悪感が出てきたので暴れている3人を引っ張り上げた。
引き上げた三人は全身が赤くなっており、『地獄の湯』の凄惨さが伺えた。
「はあ、はあ・・・お前、許さんぞ・・・」
浴場のタイルの上、あの一瞬で上せて息も絶え絶えな猿堂たちは余裕が無いのだろう。
股間も隠さずに大の字で寝転んでいる。
あまりの熱さに羞恥心も吹き飛んでしまったみたいだ。
「ごめんて・・・まさか本当に落ちるとは思わなかったんだって・・・。ほ、ほら、なんか熱い風呂に入ったから垢が落ちて肌がすべすべになってるし、ちょっといい感じになってるよ?」
苦し紛れのフォローに3人とも眉間にしわを寄せて怒りの表情をしている。
「ぐっ・・・やはりお前は敵・・・!」
散々暴れて力が尽きたのか、ガクリとうなだれてしまった。
「いや、マジでごめん・・・」
大の字で股間を晒しながら力尽きた3バカ。
その横で申し訳なさそうにしている僕。
苦笑いでこちらを見ている悠君。
何事かと怪訝な表情でこちらを見ている一般生徒たち。
大浴場は意味の分からない空気に満ち溢れていた。
「よし、もう寝よう・・・」
もっと温泉に入っていたかったが、居た堪れなくなり後にした。




