5話 王太子の悩みと出会い
「殿下、そろそろ元気をお出しください。もとより決まっていたことではありませんか。」
「…そうはいってもな」
「陛下が正式に殿下を王太子にすると言われたのです。これはもはや覆りません。」
「…では最後にイグナーツの森に行かせてくれないか?それでもう冒険者は引退する。」
「まさかとは思いますが、お一人で行くおつもりではありませんよね?」
「…」
「はぁ。殿下の身に何かあったらどうするつもりなんですか。」
「私とて曲りなりに5年も冒険者をしていたんだ。それにイグナーツには下級魔獣しかおらん。ただ始まりの地に別れを告げるだけだ。」
「…わかりました。ではリガールのメンデス子爵には話を通しておきます。なのでせめて子爵邸でお休みください。」
「おう。」
「殿下、お言葉遣いが、」
「わかっている。気を付けるさ」
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「はぁ。まさか俺の親父が王様だとはなぁ。」
ここミクセル王国の王宮は今、混乱のさなかにあった。代々長子が王座を継いできたミクセル王室の現王は子供に恵まれずにいたため、上位貴族から養子を設けると予想されていたが、なんと現王に隠し子がいたのだ。
母親は元王宮メイドのメンデス子爵前当主の3女である。直系の血が失われるくらいならばと王室と子爵家で密談が行われ、今回大々的に報じたのである。メンデス子爵はある日突然身籠ってきた娘を勘当し、平民となって暮らしていた母子だったが、ある日突然王宮に招かれ、あれよあれよと気づいたら王太子になっていたのである。
「…冒険者、続けたかったなぁ。もうお偉いさんが今は臣下だもんなぁ。権力だなんだってのも性に合わねえ。
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「ん?なんだこの音?」
今までの生活とは打って変わって慎ましさが求められ、昔馴染みとはもう気軽に遊ぶことができない。そんな生活や、貴族教育に辟易していた彼は、その音楽に吸い寄せられるように音をたどる。
そこには一人の少年がきれいな声で歌を歌っていた。しばらく少年を観察していた男は、盗賊である可能性がないと確信が持てたその刹那、ついに一歩踏み出して少年に問う。
「おい、お前、なんたってこんな森の中にいやがるんだ?」
これが後にミクセル王国で史上最も尊敬をあつめ、芸術王と呼ばれた、ヤニック・ド・ミクセルと、今も尚、ミクセル王家の忠臣にして宮廷楽団団長の役割を代々拝命するヤナギ音楽伯家初代、カイ・ヤナギの出会いである。




