2話 淡い期待と夢
「…はっ!先輩!?大丈夫ですか!?」
……。
「…え…?なんだ?病院じゃなさそうだな…?」
カッコつけて死ぬ前提のようなセリフとともに意識を失った俺はしばらく羞恥で悶えてたがどうやらまだ意識は覚醒していないようだ。なぜなら森とも林とも言い難い木々が乱立した場所にいるという夢を見ているに違いない状況だからである。
「なんだ、夢か。はじめて夢の中で夢であると自覚できたけど、意外と臨場感あるな。」
夢ならばとさっそく起きてからの身の振り方について考えようとするが、そんな考えは一瞬にして霧散した。服についた赤黒いぱりぱりしたシミが視界に入ったからである。
「…血、か…?」
魁はそのシミに見覚えがあった。まだバイトで新人だった魁がキッチンの研修をしていた時、誤って指を切って決まったことがある。その際、咄嗟にエプロンで止血したのだが、その時できたシミに酷似していた。
「…じゃあ俺、今夢を見ているわけじゃないのか…?」
夢を見ていないという事実は、魁に絶望に近い感情をもたらせた。
「じ、じゃあ俺は本当に死んだってのか!?」
「~~~くっそ!!」
もう、会えない。あの柔らかい微笑みも、気を使わないやり取りも、友人とバカ騒ぎすることも、両親に孝行することも叶わない。その事実は重いような、鋭いような感覚を伴って魁にのしかかった。
失意の中立ち直れずにいると、急に視界がぼやけた。
あぁ、やっと質の悪い悪夢から覚めると安心した魁は眼を閉じた。
…起きられるかい?
「はっ!せんぱ、い…」
夢から覚めたと思っていた魁は、そこが病院でないことに落ち込む。
すまない。柳くん。…もう薄々君も感づいておるじゃろうが、ここは天界。一般的に死後の世界とされる場所じゃ。
「…じゃあ、俺は本当に死んだんですか…?」
そういうことになる。すまない。
「…なぜ、あなたが謝るのです?」
君はあの場面で死ぬ運命になかった。突発的に君の心が上位神であるわ儂の神力に勝ってしまったのじゃ。すべては儂の力不足が原因じゃ。改めて、本当にすまなかった。
「では、俺…私の代わりに先輩が死ぬ運命にあったということですか?」
そうじゃ。本来なら彼女、高崎麗凪が代わりに御霊としてここにおるはずじゃった。
「そういうことならば、私は後悔していません。…もう会えないのは悲しいですし、寂しいですが。」
…嘘ではないようじゃの。その高潔な心に対する賞賛と今回の事故の謝罪を込めて、おぬしには二つの選択肢を用意したい。
「選択肢というのは?」
別の次元の世界に転移して人生を続けるか、その世界の上流階級の子として転生するか、じゃ。
「地球、元の世界にはもう、戻れないのですか?」
…すまないが、一度死んだ魂は絶対に別次元にいかねばならんのじゃ。
「…このまま転移した場合、記憶は残りますか?」
おぬし、柳君には取り返しのつかんことをしたんじゃ。記憶に関しては、そのまま残そう。
「では、記憶を忘れないようにしてもらえませんか?家族や友人、なにより先輩を忘れたくないんです…」
…その願い承った。時に柳くん。君は音楽が好きではないか?
「…?はい、好きでした。」
そこで君に、完全音感と世界楽師のスキルを与える。すまないが、もう時間のようじゃ。…力不足の儂のせいで筆舌にできない思いをしていると思う。許せ、とは言わん。少しでも君の一生が晴れやかになることを祈っている。本当にすまなかった。
そうして、問いかけることもできないまま、魁は意識を手放した。