恋心で熱は出ないと叫びたい
「我が国の王子は見る目がありますね。国の将来も安泰です」
楽しそうにそう言ってドレスのデザイン画を見比べているアナベルを、コレットは静かに見守っている。
正確に言うと、げっそりぐったりだらしなくソファーに横になっていた。
アナベルが見ているのはコレットのドレスのデザイン画であり、そのドレスはエリクに会うために着る予定で仕立てられる。
この残酷な現実に、疲労は更に積もっていく。
「絶対、すぐに正気に戻って私なんて見向きもしなくなるから。無駄になるしお金がもったいないわ。これ以上ドレスを作らなくても」
「何を言うのですか。殿下のコレットへの寵愛は社交界でも噂になっていますし、先日はエルノー公爵令嬢が殿下にゴミのようにあしらわれたとか。あの忌々しいジェレミーに一泡吹かせましたからね!」
してやったりと満足そうなアナベルは可愛いが、そもそも誰のことだかわからない。
「何それ。上位貴族の鼻を明かした、ってこと?」
「ジェレミー・エルノー公爵令息。ナタリー・エルノーの兄です。日頃から妹自慢で競っているのですが、今回はコレットの圧勝。私の勝ちです。だからコレットは世界最強に可愛いと言ったのですよ、見てごらんなさい!」
アナベルが興奮のあまりデザイン画を握りつぶしているが、そもそも日頃から一体何をしているのだ。
大体、コレットは圧勝どころかエリクの美貌と女神の魔法に完敗している。
どうにかエリクから離れておかないと、偽りのときめきに陥落したら目も当てられない。
身分の差は言わずもがな。
出会いのきっかけは、ガラスの靴による王子暗殺未遂と言っても過言ではない。
いずれ女神の魔法は消えて正気に戻るのだから、関係を深めるなどもってのほかだ。
冤罪を晴らすために王宮に行って以降、再び招待を断って邸にこもっており、更なる冤罪を防ぐためにコレットが断りの手紙を書くようにした。
書くと言っても『体調不良なので行けません。連絡しないで下さい』という身も蓋も情緒もないものだ。
本来ならそれで終わるはずなのに、何故かこの返事に返事が届いた。
『とても心配なのでお見舞いに行ってもいいかな?』という死刑宣告に、コレットは震えあがり、アナベルは歓喜した。
形式的な招待への返信にまさかエリクが直筆の手紙を寄越すとは思わなかったし、アナベルの暴走を食い止めるのにどれだけ苦労したことか。
とりあえず『会いに来たら諸々で死ぬので来ないで。絶対に来るな。来たら許さない』という脅しのような返事を送って、最悪の事態は避けられた。
だが代わりに花やら菓子やらが届くようになってしまったし、『王子への恋心をこじらせて発熱している』という不本意極まりない噂まで流れ始めたと知って、混乱で本当に熱が出たのだから笑えない。
コレットは深いため息をつくと、ごろりと寝返りを打つ。
はしたないとわかってはいるが、今のコレットには休息が必要なのだ。
「コレット。ちょっとお出かけに付き合ってくれますか? シナモン入りのお菓子のレシピを調べたいのですが」
「シナモン」
コレットはシナモン入りのお菓子が好物で、よくシナモンを利かせたクッキーを焼いてもらっている。
更に他のお菓子も食べられるとしたら、わくわくが止まらない。
「……行く」
コレットがくるりと振り向いて返事をすると、アナベルはにこりと微笑む。
その笑みの意味を、考えるべきだったのだ。
伯爵令嬢であるアナベルが、わざわざレシピを自分で調べる必要などないのだと少し考えればわかったのに。
コレットの脳内は新しいシナモンのお菓子で一杯で、そんなことはまったく浮かばなかったのである。
そうして一緒に馬車に乗って到着したのは……王宮だった。
「図ったわね!」
「ちょっと付き合うだけですから、大丈夫ですよ」
急いで馬車に戻ろうとしたが、アナベルに抱き着かれている間に出発されてしまった。
歩いて帰れないことはないのだが、さすがに熱が下がったばかりで長距離を歩くのはしんどい。
「図書室で調べものをするだけですよ、コレット」
「本当ね?」
じろりと睨むが、エリクが門に張り付いていない限りコレットの存在がばれることはない。
そもそも忙しいのだろうし、会いに来るとも限らない。
コレットはアナベルの持っていたスカーフを頭にかぶる。
変装というには心許ないが、髪と顔を丸出しよりはいいはずだ。
アナベルが「スカーフをかぶった姿も可愛いから、今度はスカーフも沢山買いましょう」と謎の宣言をしているので、邸に戻ったらどうにか阻止しなければいけないだろう。
こそこそとアナベルの陰に隠れて到着した図書室は、さすがの広さと蔵書の多さで、あまり本に縁のなかったコレットでさえも興奮してしまう。
お菓子のレシピを探すアナベルと離れて本棚をめぐっていると、女神と書かれた本があったので試しに手に取ってみる。
椅子に座って装丁を眺めるが、黒に金色の文字が映えて美しいし、ずっしりと重い。
平民の頃にはお目にかかることもないような、立派な本だ。
「どれどれ。何か参考になることでも載っていないかしら」
そうして開いたページには、所狭しと女神のことが書いてあった。
麗しく、気高く、尊い女神。
その慈悲の心に人々は感謝を捧げ、女神は繁栄をもたらす。
挿絵には圧倒的な美女として女神が描かれ、皆ありがたいとばかりにその姿を拝んでいた。
「何これ。納得いかない」
確かに見目麗しかったが、あの女神のせいでこの国の王子は変態気味の好意をこじらせることになり、コレットはそれに耐え忍ばなくてはいけないのだ。
ただの迷惑行為であって、何も尊くなどないと訴えたい。
「……何が納得いかないの?」
「ひゃっ⁉」
ふいに耳元で囁かれて慌てて振り返ると、そこには黒髪に紺色の瞳の美しい王子が微笑んでいる。
コレットは勢いよく椅子から立ち上がりながらスカーフを解き、エリクの顔に投げつけた。
次話 「捕らわれる」
女神の祝福は……趣味の活動⁉
夜も更新予定です。
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12/21「さあ来い、婚約破棄! 愛されポンコツ悪女と外堀を埋める王子の完璧な婚約破棄計画」
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