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好きだから

「わあ、綺麗」

 エリクに連れられてやって来たのは、庭だった。

 途中に立っていた騎士や使用人から察するに王族専用のようで、女神の池のある庭とはまた趣が違う。

 色とりどりの花が咲き誇り、風に乗って甘い香りが運ばれてくると、コレットは思い切り深呼吸をした。


 シャルダン伯爵家にも庭はあるし花も咲いている。

 だがさすがは王宮だけあって、その規模が桁違いだ。

 コレットは夢中になって周囲の花に近付いては、その香りを楽しむ。


「そんなに喜んでもらえると、俺も嬉しい」


 麗しい声に現実に引き戻されて振り向くと、そこには花に囲まれた美貌の王子が立っている。

 色鮮やかな花と艶やかな漆黒の髪との対比がそれぞれを引き立て、陽光を浴びて更にきらめく。


 ……ああ、本当に綺麗な人だな。

 あらためて感動さえ覚えるが、これも女神の魔法のせいなのだろうから落ち着かなければ。


 エリクに手招きされた先には白いテーブルと椅子があり、腰かけると花に囲まれたそこはまるで天国のように美しい光景だった。

 どこからかやって来た使用人が紅茶の用意を終えて下がると、エリクは楽しそうに微笑んでいる。



「やっと、ゆっくり話せるね」

「別に話すことはないわよ」

 正直に答えると、エリクは少し眉を下げ、そして小さくため息をついた。


「はあ、つれないなあ。俺はこんなにコレットのことを想っているのに」

 その吐息も伏し目がちな眼差しも、どれもこれも色気が凄くて、コレットには刺激が強すぎる。


「その……いつも、こうなの?」

「うん?」

「だから、こうやって女の子を庭に招待しているの?」

「何それ、傷つくなあ。コレット以外を呼ぶわけがないだろう」


 コレットを呼ぶのもおかしいのだが、それは女神の魔法のせいだとして。

 傷つくと言われたことで何となくコレットも悲しくなったし、罪悪感が凄くて困る。


「エリク様。ガラスの靴が当たった物理的衝撃は、運命とは違うわ。ただの打撲による記憶の混乱よ。更に女神の魔法の影響もあるから、正常な判断を下せなかったと思うの」

 優雅に紅茶を飲んでいたエリクは、コレットの言葉が終わるとゆっくりとティーカップを置く。


「その話は、この間もしたよね。俺はコレットが好きだし、それを疑われるのは納得がいかない」

 そう言われてもエリクがこんなことになったのは間違いなく女神の魔法のせいだし、互いのためにもあまり関わらない方がいいと思うのだが。


「コレットは、もともと平民だよね」

「よく知っているわね」


 別に隠していないしナタリーも知っていたようだが、王子が一介の令嬢の身の上を把握しているというのは、なかなか珍しい気がする。


「調べた。コレットのことは何でも知りたいから」

 思わず見惚れるようないい笑顔だが、言っていることは何だか怖いのは気のせいだろうか。



「だから貴族を信用できない? さっきもそんなことを言っていたよね」

「正直、信用できないというか……ちょっと」


 平民として暮らしていて横柄な貴族の話はたくさん聞いたことがあるけれど、それはあくまでも遠い出来事だった。

 だが実際に伯爵令嬢になって接してみれば、ナタリーのように血統でうるさい人や圧をかけてくる人が多い。

 平民にも嫌な人はいたが、実際に権力を伴っている分だけ貴族の方が厄介だった。


 そしてコレットが貴族になったのは、母が妾だったから。

 孤独になった子を養子にするくらいだから悪人ではないと思いたいし、今のところ家族にも使用人にもとても良くしてもらっている。


 だが母が愛されて結婚することもなく妾として扱われ、ずっと一人でコレットを育てていたのも事実。

 貴族というものに対して釈然としない思いを抱えているのは、否定できなかった。


「まあ、色々な人がいるしね。急に伯爵令嬢になったわけだから、環境の変化で苦労することも多いだろう。素直にすべてを信じろというのは、難しいだろうな」


 意外と話が通じることに驚くが、この調子で説得すればわかってくれるかもしれない。

 少し希望が見えて表情が明るくなるコレットとは対照的に、エリクは寂しそうに目を伏せる。



「でも、俺の純粋な恋心を貴族が信用できないというだけで否定されるのは、つらいな。コレットだって、元平民だからという理由で信じてもらえなかったら嫌だろう?」

「それは、まあ」

 確かに理不尽だし嫌だろうな、とうなずく。


「だから、俺のことを知ってから判断しても遅くないと思うんだ」

 美しい声に流されそうになって、コレットは慌てて首を振った。

 いけない、相手は美貌の王子で女神の魔法の援護持ち。

 油断したら一瞬で落とされてしまうのだから、気をしっかりと持たなければ。


「でも、貴族として考えても伯爵令嬢と王子じゃあ、接点がないでしょう。エリク様だって忙しいだろうし」

 すると、エリクはきょとんと目を丸くし、次いでにこりと微笑んだ。


「嫌だな。好きな人との時間は降ってくるものじゃない、作るものだよ」


 自信満々で言われると騙されそうになるが、ここで負けたら終わりだ。

 偽りの恋に身を落として正気になったエリクに捨てられるなんて、絶対に御免こうむりたい。


「まあ、いきなり無理強いして嫌われても寂しいから、ほどほどにするよ」


 ほどほどには、何かするつもりなのか。

 優しく譲歩してくれているようで、どうも釈然としない部分が多い気がする。


「絶対にエリク様の気のせいと女神の魔法のせいだけれど……大体、私の何がいいの?」


 容姿はそれほど悪くはないと思うが、逆に言うとそれだけだ。

 麗しの王子様ならば、どんな美女でもよりどりみどりだろうに。

 深い意味もないただの疑問だったのだが、何故かエリクは神妙な顔つきになり、背筋を正した。



「そうだな。容姿で言うのなら、瞳は白金のように輝き、髪は陽光を紡いだかのような美しさで、食べてしまいたい。白い肌に桜色の爪も可愛らしくて、食べてしまいたい。俺を胡散臭そうに見つめてぞんざいに扱うところも魅力的で、食べてしまいたい」


「ちょっと。さっきから変な言葉が混じっているわよ。とりあえず『食べる』というのはやめて。色々な意味で怖いから」


 何よりもエリクの目つきが真剣なので、本当に怖い。

 このままだとコレットは食べられてしまうかもしれないと怯える程度には、その顔つきと言葉には力がこもっていた。


「それなら……口に含んでしまいたい」

「嫌だ! 変態度が上がった気がする!」

 すかさず注意すると、エリクは困惑の表情で首を傾げる。


「え……舐めたい?」

「駄目、駄目よ! 曲がりなりにも王子が言っていいことじゃない!」

 王子以前に人として他人に言うべきことではないのだが、コレットの方も混乱している。


「そうか。難しいな」

 何故かエリクは腕を組んで悩み出した。

 その絵面はとても美しくて惚れ惚れするが、理由がろくでもない。


「もっと、普通の表現はないの? というか、私のことを食べ物だと思っているわけ?」

「食べたいくらいに愛しいし可愛いとは思っている」

「だから、それは何でなの……」


 いや、女神の魔法のせいだとわかってはいるのだが、魔法の影響というのは人をこんなにも変態にするものなのか。

 時間経過で消えるというのだから、そろそろ多少効果が弱まってもいいと思うのだが。



「好きだから」


「……へ?」

 突然放たれた簡潔な言葉に脳がついていけず、変な声が漏れた。


「人を好きになるのに、理由がいる?」


 少し寂しそうに首を傾げながら見つめられれば、その溢れる色気に息が詰まる。

 どれもこれも女神の魔法のせいだと言いたいのに、エリクの無言の訴えがコレットの心を揺さぶる。



「俺は昔から妙に女性に好かれてね。皆、俺を夢のような王子様だと思い込んでいるんだ。美しく、優しい理想の男性だと。……そんなこと、全然ないのにね」

「確かに、エリク様は綺麗だけれど、変態気味よね」


 これはもしかして、エリクにも女神の魔法のようなものが影響しているのだろうか。

 今回の女神の魔法はコレットに関することで、これはガラスの靴と共にいずれは消える。

 だが王家で先祖代々呪われ……いや、祝福されているのだとしたら、問答無用の好意の向けられ方もあり得る気がする。


「色々試したんだよ。落とし穴を掘ったり、虫を投げつけたり。でも何をしても好意的にしかとらえられないから、少し疲れた」

 随分と子供じみたいたずらだなとは思うが、本人は真剣なのだろう。


「コレットが初めてなんだ。俺に物理攻撃を仕掛けてきたのも、好意を向けてこないのも。ガツンというあの衝撃が……恋なんだってわかった」

「いや、おかしい。途中から方向を間違えているわよ。変態一直線よ」

 思わず突っ込むと、エリクはそれを嬉しそうに聞いている。


「そうやって否定してくれるのがどれだけ嬉しいか、わからないだろう?」

「否定されると嬉しいの?」

「全部を盲目的に肯定するというのは、何も見ていないのと同じだから」


 そう呟くエリクの声は少し低く、普段とは違うそれにコレットは何も言えなくなる。

 すると、それに気付いたエリクが優しく微笑んだ。



「今すぐコレットも同じ気持ちになってほしい、なんて言わないよ。でも、俺の気持ちは否定しないで。そして王子だからという理由で離れたりしないでほしい。もう少し、俺を知ってほしいんだ。……いいだろう?」


 顔がいいので、否定しづらい。

 女神のあれこれに巻き込んだ形なので、罪悪感で更に否定しづらい。


「わ、わかった」

 錆びついたネジのようにぎこちなくうなずくコレットを見て、エリクの表情がぱっと明るくなる。


「ありがとう、コレット。好きだよ」

「そ、それをやめて」


 エリクはわかっていない。

 ただでさえ人目を惹きつけてやまない美貌なのだ。

 その上コレットには女神の魔法が効いている。

 正直、ときめくから本当にやめていただきたい。


「だって、言わなければ伝わらないだろう?」


 笑顔、笑顔が眩しい。

 女神の魔法が消えるまで……果たして心臓はもつのだろうか。

 美しい庭園で美しい王子に微笑まれながら、コレットは深いため息をついた。





次話 「恋心で熱は出ないと叫びたい」

 王宮の図書室で女神について調べていると……?


明日も1日2話更新予定です。



【発売予定】********


12/21「さあ来い、婚約破棄! 愛されポンコツ悪女と外堀を埋める王子の完璧な婚約破棄計画」

  (電子書籍。PODにて紙書籍購入可)

12/30「The Dragon’s Soulmate is a Mushroom Princess! Vol.2」

  (「竜の番のキノコ姫」英語版2巻電子書籍、1巻紙書籍)


是非、ご予約をお願いいたします。

詳しくは活動報告をご覧ください。


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― 新着の感想 ―
[一言] 信用されないのはどことなく胡散臭い雰囲気纏ってるからだと思うの 清く正しい王子様ならまた違ったかと
[一言] 物理的な衝撃は恋ではないと心の底から言いたいです。 まだ子供のすることで済ませてもらえるかもしれないときに、右ストレートでもお見舞いしてくれる幼馴染がいれば、こんな王子はできなかったのですね…
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