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出入り禁止の交渉をしました

「エリク殿下。その方は帰るそうですから、わたくしと……」

「俺はコレットに聞いているんだよ」


 柔らかい笑みなのに抗い難い何かに圧され、ナタリーが口を閉ざす。

 こうなると無言で撤退するわけにもいかないので、一言挨拶すればいいか。


「急用を思い出したから、帰るわね」

「俺との約束よりも大事なこと?」


 手を振ってお別れ気分を盛り上げようとしたのに、早速妨害が入った。

 正直に言えばエリクを優先する理由がないのだが、王宮内で王子に対してそれを言うのはさすがにどうだろう。

 第三者も聞いていることだし、シャルダン伯爵家に迷惑がかかるのは困る。


「ええと……体調が」

「それなら、少し横になって休んでいくといい」


「迷惑はかけられないから」

「何も迷惑じゃないよ」


 じりじりと後退るコレットを逃さないと言わんばかりに、エリクが徐々に近付いてくる。

 今日も紺色の瞳は宝石のように輝いて、その笑みだけで心が浮き立つが、これは幻覚のようなものだ。

 決して惑わされてはいけない。



「あなた、エリク殿下がお優しいからと、何て不敬な態度なのですか!」

 ナタリーの怒りの声に、コレットは何度もうなずく。


「そう、不敬! 不敬な人間は二度と顔を見せないから、安心してね!」

 これ幸いと逃げ出そうとするコレットの腕を、エリクがそっと掴む。

 ふわりと鼻をくすぐるいい香りが届き、ちょっと幸せとか思ってしまう自分が憎い。


「駄目。逃がさないよ」

 その声のあまりの色気に、コレットは思わず身震いをした。


「王子を殴ったら、王宮出入り禁止になる⁉」

 動揺のあまり変なことを口走ってしまったが、これは気になるところだ。

 エリクはコレットをじっと見つめたかと思うと、困ったように微笑む。


「その前に、不敬罪で捕まるかな」


 それもそうか。

 普通に暴力だし、相手は王族。

 力具合によっては暴行どころか、殺人の可能性すらある。

 一歩間違えば、シャルダン伯爵家による反逆行為ととらえられてもおかしくない。


「ほ、ほどほどの平手なら……出入り禁止で済まないかな?」

「何の交渉なの」

 楽しそうに笑うと、エリクはコレットの手を放す。



「じゃあ、触れるだけの力加減で、そのまま手を止めてみて?」


 なるほど、それくらいなら不敬だけれど暴力ではないのか。

 感心しながら言われた通りにエリクの頬にそっと触れ、そのまま手を止めた。


 これで、そこそこ不敬な罪で王宮出禁の権利を獲得できる。

 コレットは満足して笑みを浮かべるが、何故かエリクも笑みを返してきた。

 妙な違和感に、コレットは自身の手をもう一度よく見てみる。


 ……いや、これって単にエリクの頬に触れているだけなのでは?

 しかもエリクは微笑んでいるので、傍目にはただのいちゃいちゃなのでは⁉


 恐怖の答え合わせのためにナタリーの方を見れば、射殺さんばかりの鋭い視線をコレットに向けている。


 これは、完全に間違った。

 慌てて手を引こうとすると、エリクがすぐにその手を握り締める。

 おかげで離れることもできないのだが、睨みつけてもエリクは微笑むだけだ。


「これで、出入り禁止になった?」

「まさか。幸せだから、もっとしてほしい」

「話が違う!」

 コレットは必死にエリクの手を振りほどこうとするが、逆に腰に手を回されて動けない。


「そもそも出入り禁止なんて、約束していないよ」

 そう言われれば確かにそうなのだが、この流れで無関係のことを提案するなんて酷すぎる。


「図ったわね、貴族め! だから信用ならないのよ!」

「俺は王族だよ」


 どうにかエリクの腕を引き剥がそうと頑張っているのだが、なかなか上手くいかない。

 それを楽しそうに見ていたエリクは、ちらりと視線をナタリーに向ける。



「まだいたの? 取り込み中だから、帰ってくれるかな」

「で、ですが」

「帰る、帰る!」

「コレットは駄目」

 ナタリーの表情はどんどん曇っていくし、エリクの笑みは格好良いし、このままでは埒が明かない。


「呼ばれたから来たわ。だから、もう帰るの!」

 とりあえず王宮訪問とエリクとの対面は果たしたのだから、役目は終えたはず。


「せっかく来たんだから、一緒にお茶でも飲もうよ」

「わ、わたくしも……」

 すかさず参戦してくるナタリーが、今は頼もしい。


「ほら、王子と一緒にお茶したい人がいるんだから、二人で楽しんで」

 コレットとしては二人の幸せを願って言った言葉なのだが、何故かエリクの眉が顰められた。


「俺のことは名前で呼んで、って言ったよね?」


 その一言でナタリーと使用人達の視線が一気に鋭くなって、コレットに突き刺さる。

 ここで名前を呼んだら殺されそうな圧だが、呼ばないとエリクが美貌の圧で攻めてきそうで怖い。


「……エリク殿下」

 折衷案としてナタリーを参考にした呼び方にしたのだが、結局全員の顔が一段階険しくなった。


「あなたのような人が、エリク殿下をそのように呼ぶなど、失礼極まりありませんわ!」

「失礼ではないが、不本意ではあるな。それから、エルノー公爵令嬢。君には名を許した覚えはないよ」

「えっ⁉ でも」


 困惑した様子のナタリーだったが、エリクに視線を向けられてすぐに口を閉ざしてしまう。

 これは相手が王子だからなのか、それともエリクの麗しさが口答えを許さないのか。

 どちらにしても公爵令嬢でさえ抗えないものを、平民出のコレットがどうにかするのは厳しすぎる。


 ちらりとコレットを抱えている美貌の王子を見上げると、視線が合ったばかりかにこりと微笑まれた。

 もはや「名前を呼んで」というエリクの声が聞こえる気がするし、ここで呼ばないと厄介なことになると本能が告げている。



「……エリク様」


 渋々その名を口にすると、エリクの紺色の瞳が星のようにきらめき、優しく微笑むその麗しさにナタリー御一行が一斉に感嘆の息を漏らした。


「うん。やっぱりコレットに名前を呼ばれると世界が明るくなる」


 いや、明るいのはエリクの笑顔の方だ。

 麗しすぎて眩すぎて、ナタリーがふらつく体を使用人に支えられているのだが。

 本当にこの王子は人間なのだろうか。


「さあ、行こうか」


 手を差し出され、極上の笑みを向けられ。

 これで逃げ出せる人がいるだろうか……いや、いない。

 鼻血を出していないだけ、コレットは優秀だと思う。


 コレットは諦めのため息をつくと、渋々エリクの手を取った。



次話 「好きだから」

 「好きな人との時間は降ってくるものじゃない、作るものだよ」


夜も更新予定です。



【発売予定】********


12/21「さあ来い、婚約破棄! 愛されポンコツ悪女と外堀を埋める王子の完璧な婚約破棄計画」

  (電子書籍。PODにて紙書籍購入可)

12/30「The Dragon’s Soulmate is a Mushroom Princess! Vol.2」

  (「竜の番のキノコ姫」英語版2巻電子書籍、1巻紙書籍)


是非、ご予約をお願いいたします。

詳しくは活動報告をご覧ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] エリク王子をナタリーの胸にジャイアントスイングして、逃げ出したくなるのですが。
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