表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/30

灰かぶらない姫は誤解される

「コレット、今日も王宮から招待状が届いていますよ」

「私は持病の何かがこじれて邸から出られないから、無理」

 ソファーに座ってケーキを頬張りながら答えると、アナベルは呆れた様子でため息をついた。


「仮病を使いたいのなら、せめて病名くらい検討しましょう。それから、ベッドに横になるものではありませんか?」

「だって、どうせお姉様にはバレているし」


 アナベルは手にしていた封筒をテーブルに置くと、コレットの隣に腰を下ろす。

 二人分の紅茶を淹れながら、にこにこと微笑んでいるのが謎だ。


「……怒らないの?」

「怒ってほしいのですか?」

 不思議そうに首を傾げるアナベルに、こちらの方が首を傾げたい。


「だって、王子の招待を断るって、それなりに大変なんじゃないの? 私はよくわからないから、お姉様やお父様にお願いしているわけだし」


 内容としては「お茶でもいかが?」という軽いものだが、相手は王子で場所は王宮。

 その威力や影響力は、コレットが思うよりずっと強いはずだ。


「それはそれ、これはこれです。優先すべきはコレットですから」

 笑顔のアナベルを見ながら、コレットは小さくため息をつく。



 由緒ある伯爵家当主が、母を亡くして身寄りのなくなった妾の子を引き取る。

 ……言葉で聞けば素晴らしい美談だ。

 だが、どう考えても軋轢が生じるに決まっている。


 アナベルから見れば、コレットは異物であり、障害であり、ただの厄介者。

 軽く見積もっても使用人扱いならマシで、灰かぶり姫よろしく虐げられてもおかしくない。


 だがコレットはさっぱり灰をかぶることはなく、それどころか手厚くもてなされている。

 むしろ……若干、愛が重かった。



「ずっと不思議だったけれど。妾の子が引き取られたら、普通、それなりにいじめない?」

 紅茶を淹れ終えてティーカップを手に取る異母姉を、じっと見つめる。


「普通の基準なんて、人によりますよ」

 アナベルはまったく気にする様子もなく、紅茶に口をつけた。

 ただそれだけの所作でも、受けてきた教育の差を感じる。


 アナベルは由緒正しい伯爵家の御令嬢。

 そしてコレットはシャルダン伯爵と妾の間に生まれた、庶子。


 母が亡くなって初めてその事実を知ったコレットは、認知を求めることも援助を求めることもしていない。

 だが母の死を知った伯爵の使いにシャルダン邸に連れてこられて以来、アナベルにそれはそれは大切にされていた。

 コレットには、その気持ちがよくわからない。


「私は妾の子よ? 気分が悪いとか、平民育ちは品がないから、とか。……理由は色々あるでしょう?」

「妾の子だから何です。王子殿下だって妾の子ですよ? 気にする意味がありません。それに平民育ちで元気なコレットも可愛いです。淡い金色の髪だって、お父様譲りの美しさですし」


 王子は存在が隠されていた妾の子ではなくて、正当な側妃の子である。

 コレットと同列に考えるのはおかしいと思うのだが、アナベルは譲らない。


 確かにコレットの髪は淡い金色で、シャルダン伯爵と同じ色だ。

 アナベルは栗色の髪の毛なので、それを理由に嫌悪してもおかしくないと思うのだが……やはりコレットに甘い。


 もちろん、いじめられたいわけではないし、仮にいじめられようものなら無駄に耐えることなくさっさと逃げ出すだろう。


 何だかんだでこの家に残っているのは、ひとえに家族の愛に感謝しているからだ。

 だがしかし、それにも限度がある。



 コレットよりも年上のアナベルは、いわゆる結婚適齢期の後半に当たる。

 本来ならば美しい伯爵令嬢に縁談はひっきりなしで、早々に良い家柄の男性を婿に取っただろう。

 だがコレットが引き取られてから侍女以上にお世話をするアナベルは、縁談という縁談を断ってしまった。


『私がいないと、コレットが寂しいでしょう?』

 さも当然と言わんばかりに微笑むアナベルを見て、背筋が寒くなったのを憶えている。


 いじめられないのは、いい。

 愛情も、ありがたい。

 だが、このままではアナベルは婚期を逃す。


 貴族令嬢にとって結婚というのはかなりの問題だ。

 アナベルはシャルダン伯爵家の跡継ぎなのだから、更に問題だ。


 やはり、コレットはこの家を離れた方がいい。

 妾の子らしく、平民らしく、地味に暮らすのが幸せだろう。


 今までのようにネズミにパンの欠片を与えて、小鳥にパンの欠片を与えて、リスにパンの欠片を与える暮らしがいい。

 どうやらあの動物達は女神だったらしいが……とにかくパンの欠片を小動物に与えるのが一番の楽しみという、普通の暮らしで満足だ。


 だからあの日の舞踏会にもいくつもりなど毛頭なかったのに、アナベルはとても楽しそうにコレットを飾り立てたのである。



『これで王子殿下もイチコロです。コレットの魅力にひれ伏せばいいのです』


 どうして王子を一撃で殺そうとしてるのか不思議だったが、あれは王子の妃を選ぶという舞踏会に行くための装いだったのだ。

 どうせなら自分が妃の座を狙えばいいのにその気はないらしく、それどころか何故かアナベルはコレットを推そうとしていた。


 それがシャルダン伯爵家の栄誉のためとか言うのなら、まだ理解できる。

 だがアナベルはただひたすらに『コレットが可愛いから、選んでもらうと嬉しい』という、幼児を愛でる母親目線の理由で動いているのだ。


 コレットも邸中を逃げ回ったのだが、相手はこの家のお嬢様。

 全使用人が敵となればなす術はなく、あっさりと捕まる。

 それでもどうにか抵抗しようとドレスをベッドの下に押し込んで隠したが、それを見たアナベルは目を瞬かせ、そして笑った。


『あらまあ。では、他のドレスにしましょう。色を決めかねていくつか仕立てておきましたが、正解でしたね』

 そう言ってずらり並んだドレスを見せられ、コレットは敗北を悟ったのだ。


 そのまま舞踏会に参加し、どうにか合法的に抜け出そうと靴を池に投げ捨て……その結果が現在の状況。

 アナベルから離れずに大人しくしていれば良かった、と後悔しかない。

 コレットはため息をつくと、ティーカップを手に取る。



「実際、王宮相手に断り続けてシャルダン伯爵家は大丈夫なの? 立場が悪くなったりはしない? もし、お父様や家に迷惑をかけているのなら……」


 王家と伯爵家では、圧倒的な立場の差がある。

 一度や二度ならば体調なども考慮されるだろうが、あまりにも続けば不審に思われてしまうはず。

 そのせいで迷惑がかかるようなら、頑張って行くしかないか。


 あの王子の美貌と女神の魔法の同時攻撃に耐えるとなると、万全の体調と心構えで挑まなくてはならない。

 気分はもう、戦に赴く兵士だ。


「大丈夫です、きちんと事実を伝えてありますから殿下も待ってくださいますよ」

「事実って……まさか正直に『行きたくないので仮病を使っています』とか言っちゃったの?」


 確かに事実で真実なのだが、それを言うくらいならば見え透いた嘘でも仮病の方がまだましではないのか。

 だが心配しながら紅茶を飲むコレットに対して、アナベルの表情は穏やかだ。


「まさか。きちんと正直に『王子に会うのが恥ずかしくて照れている乙女心をお察しください』と伝えてありますよ」

 まさかの言葉に紅茶がおかしなところに入ったコレットは、激しく咳込む。


「コレット大丈夫ですか?」

 アナベルが優しく背をさすってくれるが、今はそれどころではない。


「そ、そんなこと言った、の?」

 むせて涙を浮かべるコレットに、アナベルは慈愛に満ちた笑みを返す。


「王宮側からも『王子への恋心ゆえとあらば仕方がありません』と理解をいただいていますよ」


 それは理解ではない、誤解だ。

 盛大な誤解だし、事実無根だ、冤罪だ。

 せっかく落ち着きそうになった咳がぶり返し、アナベルが再び背をさする。



「心配しなくても、『覚悟が決まったらいつでもお越しください』と優しいお言葉をいただきました。じっくりと恋心を育てていきましょうね」

 もはや嫌がらせの域に達したやり取りだが、アナベルは真剣なのだとわかるから質が悪い。


「お姉様。そもそも私は、王子のことを好きなわけじゃないわ。王子の方も気の迷いだから、信じちゃ駄目よ」


 必死に訴えるコレットの手を、アナベルがそっと握りしめる。

 そうだ、アナベルはコレットに甘い。

 こうして訴えれば、理解してくれるはず。

 期待を込めてじっと見つめると、アナベルは一瞬目を瞠り、そして深くうなずく。


「大丈夫、わかっています。……好きだけど素直になれない乙女心、ですよね」


 ――駄目だ、全然わかっていない。

 がっくりと肩を落とすコレットに、アナベルは優しい笑みを浮かべた。




「宣戦布告ですわ!」


 後日、仕方がないので王宮に向かい回廊を進むコレットを出迎えたのは、亜麻色の髪の美少女。

 これぞ絵に描いた貴族のお嬢様という優雅なドレスに身を包んだその人は、三人の使用人と共に回廊のど真ん中を陣取っていた。



次話 「宣戦布告に御武運を」

 当たり屋な御令嬢に宣戦布告されたコレットは……⁉



ガラスの靴を叩き割るヒロインと物理衝撃に運命を感じちゃう王子のラブコメ。

夜も更新予定です。



【発売予定】********


12/21「さあ来い、婚約破棄! 愛されポンコツ悪女と外堀を埋める王子の完璧な婚約破棄計画」

  (電子書籍。PODにて紙書籍購入可)

12/30「The Dragon’s Soulmate is a Mushroom Princess! Vol.2」

  (「竜の番のキノコ姫」英語版2巻電子書籍、1巻紙書籍)


是非、ご予約をお願いいたします。

詳しくは活動報告をご覧ください。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 姉がやっているのは、ある意味では虐待だな。 コレットの話をまともに聞く人が、1人として居ないのがちょっと気持ち悪い。 これも自称女神な邪神の仕業か。
[一言] お姉さまが外堀お埋めていました。
[一言] ガラスの靴でチャンバラ勃発か
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ