変態王子に嵌められました
「――コレット!」
背後からかけられた声に恐る恐る振り向くと、艶やかな黒髪を揺らして走って来る美少年の姿。
今一番会いたくない人間であるエリク・フォセット王子は、コレットの前に立つとにこりと微笑んだ。
ただそれだけでコレットの胸が高鳴り、少し息が苦しくなる。
これは女神の呪いのときめきだとわかっているのに、格好良いなと思ってしまう自分が憎い。
「ごきげんよう、殿下。そして、ごきげんよう」
出会いと別れの挨拶を一気に済ませて立ち去ろうとした結果だいぶごきげんなことになったが、細かい事は気にしていられない。
とにかくこの強制ときめき装置な美貌の王子から離れなければ。
だがコレットが動くよりも早く、エリクに手を掴まれる。
「いくら何でもそれは酷いな。可愛いコレットがいると聞いたから、会いたくて急いで来たのに」
余計な言葉が多いと文句を言いたいが、顔を見ると言葉に詰まってしまう。
「それから、言葉遣いは普段通りでいいよ。自然なコレットが好きだから」
今現在、不自然極まりないときめきに襲われているのだが、一体何をもって自然と言えばいいのだろう。
とはいえ、ただでさえ緊張状態なのに言葉にまで気を遣うのは疲れる。
エリクが正気に戻ったら不敬だと怒るのだろうし、いい目安になりそうだ。
「わかったわ」
「それから、俺のことは名前で呼んで」
とんでもない提案に思わず見つめてしまうが、エリクは楽しそうに紺色の瞳を細めるだけだ。
「……エリク、様」
期待に満ちた視線に抗えずにそう口にすると、エリクの瞳は星が宿ったかのようにキラキラと輝く。
「いいね。コレットに名前を呼ばれると、世界が明るくなる」
世界を照らす眩い光はエリクの笑顔の方だと言いそうになって、慌てて唇を噛む。
本当にこの魔法は消えるのだろうなと心配になるし、このままだとときめきで死ぬのではないかという危機感が迫る。
いや待て、落ち着くのだ。
コレットの意思に反してこれだけときめくのだから、エリクもまた本人の意思とは別の何かに押されてこんなに恥ずかしいことを言っている。
互いに被害者だし、現在の言葉や行動に意味を求めてはいけない。
これは、いわゆる黒歴史というやつなのだ。
どうにか自分を説得すると、コレットは深く息を吐く。
よし、この調子で正気を保とう。
じきに魔法は消えるのだから、何とかなるはずだ。
「じゃあ、私は帰るから。さようなら」
出来ればもう二度と会いたくないのに、「また今度」とか言いそうになる自分が本当に怖い。
「もう帰るの?」
寂しいと声音が訴えてくるのを振り払うように、大きくうなずく。
するとエリクのため息が耳に届き、そっと手を繋がれた。
「それじゃあ、馬車まで送るよ。……今度は、俺に会いに来てほしいな」
触れられたことで驚いて手を見ていたコレットは、更にその言葉に驚いてエリクを凝視する。
「そ、それはちょっと」
どうにか理性を総動員して断るが、エリクが目に見えてしょんぼりとうなだれた。
これはいけない、これは駄目だ。
麗しの王子が寂しそうにしていたら、助けたくなってしまう。
だがここで出す救いの手は、最終的には自分の首を絞める縄に変わる。
致命的な間違いを犯す前に、エリクと話をつけた方がいい。
「エリク様、話があるの」
「わかった。それじゃあ、馬車の中で」
何故と思わないでもないが、確かに屋外では話が丸聞こえだ。
女神に関することだし、あまり大っぴらに話さない方がいいかもしれない。
仕方がないので馬車に乗り込むと、正面にお人形のように麗しい王子が笑顔で座った。
「それで、話って何? 婚約の日取り?」
「全然違う。そもそも婚約しないから」
即答で否定するが、それでも何だか楽しそうなのだから意味がわからない。
「私と女神のやり取り、見ていたでしょう? あの女神が魔法をかけたせいで、エリク様は私のことが気になっているの。気のせいなの、幻なの、呪いも同然なの。幸い時間経過で消えるらしいから、お互いのために距離を取った方が……」
話すにつれてエリクの表情が曇っていき、同時にコレットの声が小さくなっていく。
「……それはつまり。俺がコレットに惚れているのは俺自身の気持ちではない、と言いたいの?」
「そうなの!」
わかってもらえた喜びからコレットの表情は明るくなるが、反対にエリクの眉間には皺が寄った。
「へえ、そう。コレットはそう思っているんだ」
その声の低さと美しい微笑みに、コレットは自分が何か間違ったのだと本能で察した。
「あの、もう邸に帰るからエリク様は降りて……きゃっ⁉」
下車を促そうと椅子から立ち上がって扉に伸ばした手を、エリクが掴んで引っ張る。
力自体はそれほど強くなかったがバランスを崩してしまい、傾いだ体をエリクが抱きとめた。
「ご、ごめんなさい。すぐに離れるから」
慌てて立ち上がろうとするのだが、しっかりとエリクの腕の中に収まった状態からどうにも抜け出せない。
「俺はコレットに出会って、運命を感じた。頭にガツンとこれ以上ないほどの衝撃が走ったんだ。この気持ちを疑われるのは納得がいかない」
「だから、それは物理的衝撃で、ただの頭部打撲で、事故だから!」
コレットだってウザい女神に絡まれた被害者であって、現状は納得できていない。
それにしても、細身の麗しい王子様のくせに、コレットがじたばたともがいてもまったく腕が緩まないのはどういうことだ。
「これは相互理解が不足しているのだろう。もっと会う回数を増やす必要があるな」
「ないない、必要ない」
「だが、話をしなければ俺がコレットにどれだけ夢中かも伝わらないだろう? その髪に包まれて眠りたいとか、手のひらに挟まれたいとか、転がる俺を足蹴にしてほしいとか」
「何でちょっと変態じみた要望なの。もっと普通に、一緒にお茶を飲むとかできないわけ⁉」
混乱しながらも必死に訴えて見上げると、紺色の瞳が細められる。
にやり、という言葉がぴったりのその笑みを見た瞬間、コレットは自分の過ちに気が付いた。
「コレットが望むのなら、お茶の用意をしよう。楽しみに待っているよ」
――嵌められた。
衝撃で何も言えないコレットに、エリクは満足そうに微笑んだ。
次話 「灰かぶらない姫は誤解される」
盛大な誤解と冤罪に、コレットの咳が止まらない!
ガラスの靴を叩き割るヒロインと物理衝撃に運命を感じちゃう王子のラブコメ。
明日も1日2話更新する予定です。(たぶん昼と夜)
【発売予定】********
12/21「さあ来い、婚約破棄! 愛されポンコツ悪女と外堀を埋める王子の完璧な婚約破棄計画」
(電子書籍。PODにて紙書籍購入可)
12/30「The Dragon’s Soulmate is a Mushroom Princess! Vol.2」
(「竜の番のキノコ姫」英語版2巻電子書籍、1巻紙書籍)
是非、ご予約をお願いいたします。
詳しくは活動報告をご覧ください。