嫌い嫌い
「は⁉」
女神をも凌駕しそうな麗しい笑顔に一瞬目を奪われるが、我に返ったコレットはまたしてもナタリーと同時に声を上げた。
呆気に取られているとエリクはコレットの腕を放し、ナタリーに向き直る。
「ナタリー・エルノー公爵令嬢。いつまでも望みのない相手につきまとうのはやめた方がいい」
「で、ですが、その女は平民で」
てっきりエリクはナタリーと婚約するし親密だと思っていたのだが、この様子では違うのだろうか。
「今は伯爵令嬢だ。それに、仮に平民でも構わない。幸いにも俺は王子で次期国王だからどうにでもなるし、ならないなら王位の方を捨てるだけだ」
「はああ⁉」
もはや貴族令嬢もへったくれもないコレットの絶叫に、ナタリーもまた同様に声を漏らした。
だがすべての元凶であるエリクは気にする様子もなく、楽しそうに微笑んでいる。
「それから、君に名を許した覚えはないと言っただろう? 次はないよ。……わかったら、さっさと戻るんだね。それとも騎士に連行されたい?」
表情こそ穏やかだが、その声には抗い難い何かがある。
ここで指示に従わなければ、恐らく本当に騎士を呼んで連れ出すのだろう。
そうなればナタリー一人の問題ではなくなるし、醜聞は社交界を駆け巡ること間違いなしだ。
ナタリーはさっと顔を青くし、次いで憎々しいとばかりにコレットを睨みつけると、そのまま舞踏会会場の方へと走り去った。
これは一体、どういうことなのだろう。
ぽかんと口を開けたままナタリーを見送っていたコレットの正面に、エリクが立つ。
月の光を浴びてきらめくガラスの靴と、それに負けない眩い美しさの王子。
こうして見ていると、何とも現実味のない光景だ。
「……やっと、コレットを見つめて話ができる。今までごめんね。好きだよ、コレット」
感慨深げに微笑みながら告げられるが、まったく理解できずコレットは首を傾げるだけだ。
「それで、良縁というのは何なのかな。俺がいるのに、他の男を探すつもり?」
「私の縁談は、殿下には関係ありません」
エリクはじっとコレットを見ていたかと思うと、少しだけ首を傾げる。
もちろん、その様も目が離せないほど麗しい。
「さっきから、その言葉遣いは何? 俺のことを殿下って呼ぶし、敬語なんて使っちゃって」
「一国の王子に対する当然の振る舞いだと思いますが。そんなことよりも会場に戻ってはいかがですか。婚約発表をするのですよね? おめでとうございます」
先程までのナタリーとのやり取りから察するに、お相手は別の人なのだろう。
今まで名前を聞いたことがないのだから、相当大事に隠していたということ。
そうやってエリクに守られるのが羨ましいと思ってしまうのだから、自分が嫌になる。
情けなくて悲しくて、何だか視界がぼやけてきた。
こんなところで泣いてたまるか。
泣くなら帰宅してから一人で思い切り泣いてやる。
これは失恋じゃない。
何ならコレットの方が振ったのだと思おう、そうしよう。
「帰ります。失礼します」
今度こそ去ろうとしたのに、またしてもパンを持つ手首を掴まれる。
「待って、婚約って何。何故コレットが帰るの。あと、何でパンを持っているの」
いっそ手を振り払うふりをして、このパンで叩いてやりたいくらいだ。
だがパンで殴って逃亡すれば、シャルダン家に迷惑がかかる。
そして何よりもじっと見つめられて問われれば、無視することが難しい。
これが王族の威光のせいならまだしも、恐らくは恋慕の情ゆえなのだから本当に始末に負えない。
「殿下とエルノー公爵令嬢の婚約の噂で舞踏会の会場は持ちきりです。今夜婚約発表するのだろう、と。……まあ、先程の様子ではお相手は別の方のようですが」
エリクは暫し何かを考え、そしてぱちぱちと瞬きをする。
「俺が誰かと婚約すると思ったから……泣いてくれたの?」
「泣いていません」
嘘ではない。
帰宅後の予定には組み込まれているが、まだ泣いてはいない。
予定は未定なので、泣くとも限らないはずだ。
というか、こうなったら泣くのが悔しいので意地でも我慢してやる。
「でも目が潤んでいる」
「ゴミが入っただけです」
「だから良縁とか言い出したの? コレットは……俺のことが好きなの?」
綺麗な顔と声でいちいち人の傷を抉ってくるのだが、この王子。
「うるさい、嫌い嫌い!」
いいから、さっさとどこかの誰かと婚約してしまえばいいのに。
モヤモヤとイライラが募ったコレットは、叫ぶと同時に思い切りエリクを睨みつける。
だが当のエリクは穏やかに微笑んでいた。
「はいはい、俺は好きだよ。……やっと、いつものコレットの言葉遣いに戻った」
嬉しそうな表情の意味がわからず、コレットのイライラはむしろ増すばかりだ。
「嘘ばっかり言わないで。私のことはどうでもいいくせに。それともわざとなの? わざと無関心を装ったの?」
コレットへの好意は女神の魔法によるものだから、無関心になるのは元に戻っただけ。
エリクは何も悪くないし、これではただの八つ当たりだ。
そんな自分が嫌で早くこの場から離れたいのに、すぐに手を掴まれて阻まれるのだから頭にくる。
「何があろうと、俺がコレットに無関心になんてなるわけがない。……原因は恐らく女神だ」
少し低くなった声にハッとして視線を向ければ、女神は両手を頬に当てながら楽しそうにこちらを見ていた。
そうだ、女神がいたのだ。
何だか恥ずかしいし、楽しそうなのが納得いかない。
「早く帰りたい」
「駄目。このまま帰ったら、コレットは二度と会わないとか言い出すだろう?」
「もう言った」
「だから駄目」
隙をついて何度か抜け出そうとするのに、毎回行く手を阻まれ、手を掴まれる。
妙に反射神経がいいなと呆れるが、よく考えたら剣を持った男性相手にあれだけ動けるのだからコレットの動きを止めることなど朝飯前なのだろう。
無駄な努力をする元気はないので、今すぐにここから離れるのは諦めるしかない。
するとじっと様子を見ていた女神が、にこにこと微笑みながらうなずいた。
「いいですねえ。私、人間の青い春が大好き。枯れ切った愛も好き。見るのが大好き」
「……もう嫌だ、この女神」
深いため息をつくコレットに、女神はにこりと微笑むとこれまでの経過を話し始めた。
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