好きだからこそ、怖くなる
「コレットが迷子で行方不明と聞いた時には、肝が冷えたよ。傷も酷くないなら良かったが、きちんと治療は受けなさい」
書斎に通されたコレットがソファーに腰かけると、すぐに紅茶が用意される。
使用人が退室するのを確認してから、トゥーサンはため息をついた。
「うん。わかったわ」
放っておこうにもアナベルがそれを許さないだろうから、大人しく従うだけだ。
「最近は体調不良で王宮を訪問していないのだろう。大丈夫かい?」
「きちんとお断りの手紙は出しているから、問題ないと思うわ」
実際王宮からは見舞いこそ届くものの、訪問の要請はなかった。
コレットとしてはこのままそっと消え去りたいところだが、王宮側も同じ考えなのかもしれない。
「そうではなくて、コレットの体調だよ。王宮に行くのがつらいのなら暫く休めるようお願いするし、必要ならば訪問の約束を一度撤回してもらおうと思うんだが」
「……え?」
予想外の言葉に紅茶を飲む手が止まり、そっとティーカップを戻す。
「いいの?」
「もちろん。コレットの体調が優先だよ。それを認めないというのなら、訪問するべき相手ではない」
場合によっては不敬と言われかねないのに、トゥーサンの表情に迷いはない。
「でも、それじゃあ私の役割が……お姉様の代わりに政略結婚に使うんじゃないの?」
気になって問いかけると、トゥーサンの表情が一気に険しくなった。
「誰だ、そんな馬鹿なことをコレットに吹き込んだのは!」
今にも犯人探しをしそうな迫力に、コレットは慌てて首を振る。
「ち、違うの。だって、お母さんもいないから放っておけばいいのに、わざわざ私を引き取ったし。役に立つとしたら、それくらいかなって」
トゥーサンはこぼれ落ちそうなほど目を見開くと、深いため息をつく。
そのまま立ち上がると、コレットの隣に腰を下ろした。
「コレットを迎えに行った時に話したつもりだったが、慌ただしかったし十分に伝わっていなかったみたいだね。悪かった」
母が死んですぐに引き取られたから慌ただしかったのは間違いないけれど、どういう意味なのだろう。
「まず、コレットは政略結婚の道具として引き取られたと思っているみたいだが、全然違うよ」
この話の流れだとそうなるが、それ以外にコレットを引き取る理由があるとしたら、もう女神の魔法くらいしか思い当たらない。
「コレットは、私とおまえの母親……オロールとの出会いを知っている?」
「父親は死んだとしか聞いていなかったの。だから思い出すのがつらいか、思い出したくないクズだと思っていたわ」
下町では父親のいない家庭も少なくない。
話を聞くと大抵はその二種類だったので、母もそうなのだと信じて疑っていなかった。
正直に伝えると、トゥーサンは困ったように笑う。
「アナベルの母親は体が弱くてね。アナベルが三歳の時に亡くなった。私は喪失感から何も手につかなくなり、街の中を歩いていて転んで……助けてくれたのが、オロールだ」
それはまた随分と切ない上に恥ずかしい出会いだが、トゥーサンの表情は穏やかだ。
「私のことは大切な人を亡くした裕福な商人の息子だと思ったらしい。ちょうど貴族相手に嫌な思いをしたから愚痴を聞け、と言ってね。新鮮だったし、呆気に取られて寂しさが紛れたよ」
昔の母は貴族のお邸で働いた経験もあると聞いたことがあるから、そのあたりの愚痴だろうか。
さすがに初対面で話す内容ではないので、落ち込んでいるトゥーサンを元気づけるつもりだったのかもしれない。
「話と笑顔に慰められて、何度か会っているうちに惹かれていき、恋をした。私はオロールを妻に迎えたいと思った。……あの時、すぐに自分は貴族だと打ち明けていれば、何かが違っていたのかもしれない」
トゥーサンはそこまで言うと、ティーカップに手を伸ばして紅茶を飲む。
「わかってはいたけれど、貴族だと知られて嫌われるのが怖かった。でもそうしているうちにオロールにばれてね。騙された、と思ったんだろう。とても怒って、そして悲しそうだった」
ティーカップをテーブルに置くトゥーサンは、悲し気に目を伏せる。
「謝って、結婚したいと伝えようとしたけれど、もう連絡を取ることができなかった。……後悔したよ。わが身可愛さに隠し事をして、それで彼女の信頼と彼女自身を失ったんだからね」
信頼を失う、というのはよくわかる。
たぶん、母にとっては貴族だったことよりも、それを隠されたこと……トゥーサンがそれを伝えてくれなかったことが嫌だったのだろう。
コレットだって親しい人にそういう扱いをされたら悲しいし、信用できなくなると思う。
貴族が思うよりもずっと、平民にとって貴族という存在は遠いのだ。
「それでも私は諦められなくて、せめてもう一度謝りたくて、ずっと探していた。ようやく見つけた時にはオロールはもういなくて、コレットだけが残されていたんだ」
「それじゃあ、私がお父様の子供かどうかわからないじゃない」
話の中での年数は合うけれど、それとこれとは別かもしれないではないか。
「年齢も、髪の色も、辻褄が合う。それにもしも私が父親ではなくても、オロールの子供であることは間違いない。跡継ぎにするのは難しいが、娘として邸に迎えるのは問題ないからね。せめてコレットに衣食住に困らず暮らしてほしかったんだ」
生活を保障するというのなら、お金を渡すだけでも良かったはず。
それを選択せず、多少の噂になろうとも正式な娘としてコレットを迎え入れたのは、トゥーサンなりの誠意なのかもしれない。
「妾じゃなかったの? お母さんが平民だから捨てたんじゃなくて?」
「まさか。当時、平民から妻にするための手続きを進めていたから、探せば書類の一枚くらいは見つかると思うが。見るかい?」
こう言うからには実際にあるのだろうし、別に証拠が見たいわけではないので、首を振る。
「それなら何故、お母さんは」
「私が臆病だったから、説明が遅れた。それをオロールは裏切りと感じたのだろう。もう、私の言葉は届かなかった。……私達は互いに、好きだからこそ怖くなったんだ」
そう言って目を閉じると、トゥーサンはゆっくりと息を吐く。
――好きだからこそ、怖くなる。
その一言が、妙にコレットの心に残った。
「私は臆病で、ずるくて、情けなかった。おまえを引き取ったのは罪滅ぼしという部分もある。だが、おまえを大切に想っているのも事実だよ。コレットが望むことを叶えてあげたいと思っている。たとえ、それが平民に戻ることであっても」
コレットの手をそっと握ると、トゥーサンはアナベルと同じハシバミ色の瞳で見つめる。
「でも、その選択の時には、どうか私のような愚かな間違いはしないでおくれ。まずはきちんと話をした方がいい。コレットが何を選んでも、私は味方だ」
「……うん」
トゥーサンの書斎を出て自室に戻ったコレットは、そのままベッドに倒れ込む。
ふかふかの毛布に仰向けになると、自然とため息がこぼれた。
「臆病でずるい、か……」
それは、コレットも同じなのかもしれない。
シャルダン邸に来た時にもっと詳しく話を聞けばよかったのに、それをしなかった。
自分は利用されているのだと被害者の立場に立って、心を落ち着けていたのだ。
いつか捨てられても、貴族はそんなものだと言えるように。
アナベルとトゥーサンが優しいのはわかっていたのに、それを信じて飛び込むことができない意気地なしは、コレットの方だ。
「今も、そうよね」
女神の魔法が消えるから、いずれ捨てられるから、エリクから離れようとしている。
互いに何を考えているかよりも、コレットが傷付かない方法を選んでいるのだ。
これでは、トゥーサンのようにいずれ後悔することになるかもしれない。
「お父様の言うように話をして、きちんと向き合わないといけないわ」
たとえ、それがどんな結果になろうとも。
逃げても変わらないし、後悔などしたくはないから。
「よし。明日、王宮に行こう。そしてエリク様と話をして、女神の魔法が消えたのかを確認して……それからのことは、その時考えるわ!」
コレットは思い切り伸びをすると、そのまま明日への英気を養うために眠りについた。
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