こうなるのはわかっていた
「……エリク様、来ないわね」
いつものように王宮の庭でお茶を飲みながら、コレットはぽつりと呟く。
シナモン入りのクッキーをはじめとしたお菓子は、どれもコレットの好物ばかりでとても美味しい。
だが、今日は読み切れないほど長い手紙を渡されなかった。
エリクが同席できないことは何度かあったが、手紙がないのは初めてだ。
これはつまり、相当忙しいのだろう。
「そろそろ帰ろうかな」
王宮を訪問した時点で約束は守ったことになるのだし、問題ないはずだ。
メイド長がその言葉に反応するが、カードを差し出す気配もない。
となれば、コレットを引き留めるものはもう何もなかった。
椅子から立ち上がったその時、向こうの方から誰かが近付いてくるのが見える。
一人は見慣れた艶やかな黒髪の美少年だが、もう一人は亜麻色の髪の女性だ。
――ナタリー・エルノー公爵令嬢。
エリクと一緒にこちらに向かっているのは、確かにナタリーで間違いない。
エスコートするわけではないがそれなりの距離で歩いてくる二人は、何も知らなければ絵本に出てくる王子様とお姫様のような美しさだ。
以前にナタリーが一緒にお茶を飲みたいと言った時にはきっぱりと断っていたのに、どうしたのだろう。
「……まさか」
ナタリーはもともと王宮に出入りしていたようだし、エリクにも会っていたという。
親密だったかどうかは不明だが、少なくともそれなりの交流はあったはずだ。
それが一緒にお茶を飲むことを拒否するに至った理由があるとすれば、女神の魔法によるコレットへの強制的な好意しか考えられない。
女神の魔法は時間経過で消える。
偽りの感情から解放されたのなら、コレットを優先することも、ナタリーを追い返す必要もない。
早まる鼓動に対して冷えていく手をぎゅっと握りしめながら、二人の到着を待つ。
普段はとろけるような笑みを向けてくるエリクは無表情で、代わりにナタリーがコレットを見てにこりと微笑んだ。
「わたくしも、ご一緒させていただきますわね」
勝ち誇ったようにそう言うと、ナタリーは早速椅子に腰かける。
ちらりとエリクを見ると視線が合ったが、すぐに逸らされた。
「エリク様が誘ったの?」
「いいや。どうしてもお茶を飲みたいと言われてね。どうせ君とお茶をする約束だから、ついでにいいかと思って」
エリクの表情も態度もすべてが、面倒くさいと言っている。
ナタリーとのお茶を断る理由も、コレットとの時間を作る理由もないのだ。
――ああ、ついに来た。
ぞくりと何か冷たいものが背を撫でる感覚に、思わず身震いする。
早まる鼓動を落ち着けようと拳を握り締めると、コレットはにこりと微笑んだ。
「……私は、用があるからもう帰るわ。さようなら」
「そうか、わかった。わざわざありがとう」
エリクは一瞬コレットを見るが、それだけだ。
「では俺も戻ろう」
「せっかくの機会ですもの。せめて紅茶を一杯だけでも……」
ナタリーの言葉が終わるよりも早く、コレットはその場を離れる。
エリクが何と返事をするにしても、それを聞きたくなかった。
庭を出て回廊を進むと、メイド長が慌てた様子でコレットの後ろにつく。
「本日は殿下もお疲れで、エルノー公爵令嬢をあしらう元気もなかったのだと思います。どうぞ、お気になさらないでください」
必死な様子の声にちらりと視線を向ければ、メイド長は心配そうにこちらを見つめている。
恐らくはナタリーを連れて来たことにショックを受けている、とでも思っているのだろう。
それはある意味で正解であり、不正解でもあった。
「そこは気にしていないから、大丈夫」
なけなしの力で笑みを作ると、メイド長の表情が少しだけ緩む。
そのまま馬車に乗り込んだコレットは、少しずつ遠ざかる王宮を眺めながら深いため息をついた。
「そう、大丈夫。こうなるのはわかっていたわ」
エリクがコレットに興味を持って好意を向けたのは、女神の魔法の影響であり偽りの感情。
時間の経過と共に失われるのが正しいし、ただ元の状態に戻るだけだ。
そう思うのに、わかっていたことなのに、胸が苦しくてたまらない。
何故、もっと早くに魔法が消えないのだ。
ずっと優しくて、好きだとか逃がさないとか言ったくせに。
そして何故、エリクがちょっとそっけないだけでこんなにショックを受けているのだ。
これではまるでエリクのことが好きみたいではないか。
「――違う、絶対に違う。これは待ち望んでいた展開だもの」
コレットはそう呟くと、自身の体を抱きしめるように腕を掴む。
「私は、間違わない。……エリク様のことはもういいから、これからのことを考えなくちゃ」
自分に言い聞かせるようにそう呟くと、窓の外の青空を見ながらそっとため息をついた。
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