はじまりはウザい女神と王子暗殺未遂事件
魔法のiらんど第1回恋愛創作コンテスト 編集スカウト部門受賞作!
「灰かぶらない姫 女神のありがた迷惑恩寵でイケメン王子が求婚してくるけど、私は絶対に落ちません!」に改題して、タテスクコミカライズされました!
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池にコインを投げると願いが叶うという話を聞いたことがあるけれど、池に靴を投げると女性が出てくるらしい。
コレットは舞踏会の夜に、どうでもいい知識をひとつ身に着けた。
池の水面に、波打つ金髪の美しい女性が立っている。
人間には不可能なその行動以上に、眩い美しさと真っ白な瞳がこの女性が人ではないのだと如実に教えてくれた。
呆気に取られて見つめるコレットに、女神のごとき美しさの女性が微笑む。
「私は、女神です」
……本当に女神だった。
王宮の池には女神が住んでいるのか。
そして女神というものは、自分で女神と名乗るものなのか。
よくわからないところに感心していると、女神は水の上を滑るようにしてコレットのそばに来た。
「あなたが落としたのは、この金の靴ですか?」
差し出された女神の手には、キラキラと輝く金色の靴が乗っている。
それを見たコレットは数回瞬くと、首を振った。
「……違うわ」
「では、銀の靴ですか?」
女神の言葉に合わせて、靴があっという間に銀色に変わる。
これはかなり利便性の高い力だ。
コレットにも同じことができれば、何足も靴を用意しようとする異母姉のアナベルを少しは止められたかもしれない。
「では、この泥の靴ですか?」
今度は一瞬で靴が泥まみれの汚い姿に変化した。
泥で判別しづらいが、特徴的な真珠の飾りには見覚えがある。
「そうね。それは私の靴よ」
舞踏会から抜け出す口実として靴の紛失を訴えるために、先程コレットが池に投げ入れたものだ。
ゴミを投げたことを怒るのだろうかと様子を見ていると、女神は何故か白い瞳を細めて微笑む。
「なんて正直な娘。やはり私が見込んだだけのことはあります。あなたには、この泥の靴と一緒にガラスの靴を授けましょう」
女神の手の上に透明な靴が姿を現したかと思うと、いつの間にかその二足がコレットの手に乗っている。
透き通ったガラス製の靴は、月の光を弾いて金や銀にも負けない輝きを放つ。
それをじっと見つめると、コレットは二足の靴を女神の手に押し返した。
「この靴は捨てたの。こっちのガラスの靴もいらないから、返すわ」
その言葉に、女神の花のような笑顔が凍り付いた。
「……え? 何でしょう。雑音でよく聞こえませんでした。――さあ、このガラスの靴を」
「だから、いらない」
暫し、流れる沈黙。
池の方で魚が跳ねる水音が、辺りに響く。
女神は笑顔を崩さぬまま、ゆっくりと息を吐いた。
「私はこの国を守護する女神ですよ? その私が正直者に褒美をあげようというのですから、ここは涙を流して喜んで受け取るものではありませんか?」
「だから、いらないって言っているのに押し付けないでよ。大体、ガラスの靴なんて使いづらいし目立つじゃないの。どうせならハンカチとかにしてよ」
ガラスの靴は透明感があってキラキラと輝いて美しい。
だがガラスだけあって靴の中が丸見えだし、皮や布と違って一切伸縮しないからすぐに足が痛くなるだろう。
観賞用にすればいいのかもしれないが、だったら鳥や花のデザインの方が好みだ。
「あー、そういうことを言うのですか。いいのでしょうか。私、女神なんですよ。偉いんですよ。凄いんですよ」
不機嫌を隠さなくなってきた女神は、腰に手を当てて文句を言い始めた。
「もう、面倒くさいな。他の人にあげればいいでしょう。そういうのが好きそうな御令嬢がわんさか舞踏会に来ているし」
この王宮では、今夜盛大な舞踏会が開催されている。
コレットはそこから合法的に抜け出したくて靴の紛失を偽装しようとしていたのだが、会場はよりどりみどりで御令嬢を選び放題なのでさっさとそちらに行ってほしい。
「嫌ですよ。私はあなたにパンの恩返しをしたくて……」
「パン?」
思いがけぬ言葉が出て首を傾げると、女神は気まずそうに口を尖らせ始めた。
「……ちょっと、気まぐれに小動物になってお散歩したんです。そうしたら私好みの可愛い子がパンをくれるから、楽しくて。鼠になったり、小鳥になったり、栗鼠になったり……」
確かにそれらの動物にパンの欠片をあげたことがあるし、平民だったコレットの楽しみではあったが……あれがすべて女神だったというのか。
「何で女神が小動物になってパンを貰うの? 女神って、そんなにひもじい暮らしなの?」
コレットがあげていたパンは、食事の残りだ。
貴族の食卓とは違ってそもそもパンが硬いし、動物達にあげていたのは更に硬くなったものだ。
お世辞にも美味しくはないだろう。
「し、失礼な。女神は人の食べ物を必要としませんし、ひもじくもありません! あれはパンをくれたあなたの心が嬉しかっただけです。――もういいです。あなたの意見は聞きません!」
女神はそう言うと、コレットの手に二足の靴を押し付ける。
「私は尊き女神です。意地でもあなたに恩返しをしますし、祝福を贈ります」
言っている内容はありがたい雰囲気なのに、声音が完全に恫喝だ。
「既に平民から貴族令嬢にしましたが、全然足りませんね。もっと私に心から感謝を捧げたくなるサプライズが必要です。――見ていてください。アッと驚く祝福を与えますからね! ラブラブときめき乙女ライフをプレゼントしちゃいますから!」
半ば脅しのようにそう叫ぶと次の瞬間、女神の姿は消えて辺りには光の粒だけが残された。
「……何だったの、一体」
人外としか思えぬ美貌や不思議な力からして、女神というのは本当なのだろうけれど……何というか、行動と言動がおかしい。
神聖というよりはウザいという言葉がぴったりだ。
ふと自分の手を見たコレットは、そこに泥の靴とガラスの靴が乗っていることにようやく気が付く。
「ああ! ガラスの靴を置いて行ったわね、卑怯者!」
こんな煌びやかな靴、履くのはもちろん持っているだけでも悪目立ちしてしまう。
しかも女神が出したと知られれば、あらぬ騒動に巻き込まれかねない。
「そうよ。この国にはガラスの靴の伝説があるんだから」
『女神にガラスの靴を賜ると、真実の愛を手に入れて幸せになれる』
どこにでもあるような設定だが、絵面がいいので子供達には人気のおとぎ話だ。
いや、おとぎ話だと……思っていたのだが。
「あれがその女神だとして。これがそのガラスの靴だとして」
ただでさえ目立つ靴なのに、更なる価値が加算された。
平民から貴族令嬢になったばかりのコレットにとっては、ただの危険物でしかない。
さっさと手放そうとガラスの靴を握って振りかぶり……手を止める。
「これ、池に投げたらまた女神が拾ってくる可能性があるわよね」
再び押し問答をする気はないし、追加の靴でも出されたら面倒だ。
コレットはくるりと向きを変えると、近くの茂みに向かってガラスの靴を放り投げる。
これで、コレットとガラスの靴を結びつけるものは何もなくなった。
そのまま土に埋もれるなり、適当な人に拾われればいい。
だいぶ時間を使ってしまったが、さっさと帰ろう。
「――いてっ!」
すると、今まさに靴を投げ入れた辺りから叫び声が聞こえる。
恐る恐る振り返ると、茂みの中から華やかな衣装を身に纏った少年が姿を現した。
黒髪に紺色の瞳のこの少年を、コレットは知っている。
舞踏会の会場ではるか遠くにいるところを、異母姉に説明してもらったばかりだ。
夜空よりもなお深い黒髪は月光を浴びて艶めき、海の底のような青い瞳に引き込まれてしまいそうだ。
遠目に見ても容姿が整っているのがわかったが、こうして目にすると圧巻の美貌。
女神とは違う、血の通った人としての美しさとでも言うのだろうか。
いきいきとした力強い瞳には、王者の貫禄さえ感じられる。
「……王子、殿下」
今夜の舞踏会はその妃を選ぶためと言われていて、国中の独身の御令嬢が目を輝かせているのに、何故こんなところにいるのだろう。
茂みの中から姿を現したのは、本日の主役――エリク・フォセット王子その人だ。
混乱しながらも礼をすると、エリクは何かを差し出してきた。
「これは、君の靴か」
エリクの手の中のガラスの靴を見たコレットは、顔が引きつるのを止められない。
間違いなくコレットが投げた靴だが、先程の叫び声と併せて考えると、靴はエリクに直撃したのだろう。
これは見方によっては王子暗殺未遂事件ではないか。
というか、既に王子傷害事件が発生している。
「いいえ」
とりあえず、嘘はついていない。
あれは女神が勝手に出して置いて行った靴であって、コレットのものではないのだから。
「だが、君は裸足だろう」
目敏い王子に心の中で舌打ちすると、コレットは握りしめていたもう片方の靴を掲げた。
「これが、私の靴です」
「……それを、履くのか」
エリクが引くのも無理はない。
コレットの靴は泥にまみれて、もとの色が判別できない有様だ。
正直に言えば、履きたくなどない。
そもそも「靴をなくしたので舞踏会会場にはいられない」という理由で帰ろうとしていたのだから、靴を履いては元も子もない。
しかし裸足で逃げ出すのは、あまりにも目立つ。
だがガラスの靴を履くのも駄目だ。
既にエリクの紺色の瞳は好奇心でキラキラと輝いている。
「変わった女だな」とか言って興味を持たれでもしたら、目も当てられない。
――女は、度胸。
ドロドロの靴を地面に置くと、その中に足を突っ込む。
中に溜まっていた泥がぐにゅりと嫌な感触を足に伝えてきたが、どうにか悲鳴を飲み込んだ。
「それでは、ごきげんよう!」
「待て。そのままでは歩きづらいだろう。この靴を履いたらどうだ?」
――未だかつてないありがた迷惑が、コレットに襲い掛かる。
舞踏会を抜け出すために靴を投げ捨てただけなのに、女神が出てガラスの靴を押し付けられ、果ては王子に物理攻撃を仕掛けた挙句に会話する羽目になるとは。
とにかく、平穏な日々を送りたければ王子に関わってはいけない。
そしてガラスの靴も履いてはいけない。
「いいえ。どうぞ、お気になさらず」
引きつった笑みを浮かべながら後退るコレットを見ていたかと思うと、エリクはガラスの靴を持ったままもう片方の手を伸ばす。
泥で汚れるのを気にする様子もなくコレットの手をすくい取り、そのまま手の甲にそっと唇を落とした。
「もっと、君と話がしたいんだ。……できればもう一度あの衝撃も味わいたい」
にこりと微笑み細められる紺色の瞳は、星を宿したかのようにキラキラと輝いて見える。
――これは駄目だ。
色々な意味で、駄目なやつだ。
物珍しい女として興味を持たれるのも困るし、甘い言葉で鈍器を投げた犯人を特定しようとしているのなら、なお困る。
もし本当に鈍器の衝撃を味わいたいだけならただの変態なので、もっと困る。
危機を察したコレットは慌てて手を引くと、すぐに靴を脱いで両手に持った。
逃げ足は速度が命。
見た目もマナーも最悪だが、背に腹は代えられない。
「し、失礼しましたっ!」
勢いよく頭を下げるや否や、全速力で走り出す。
どうにか馬車に飛び乗ると、コレットは一人シャルダン邸に戻った。
女神にも王子にも二度と会うことはないのだから、さっさと忘れよう。
そう結論付けると、早々にベッドに潜り込む。
……それで、終わるはずだった。
それなのに王子自ら邸を訪問してプロポーズされた上に、コレットも謎のときめきを抱え始めたのだからどうしようもない。
コレットがおかしいのも、王子がおかしいのも、全部女神のせいだ。
とにかくもう一度会って何とかしてもらわなければ、このままではコレットは変態気味の王子の妃になりかねない。
何が恐ろしいって、ちょっと幸せかもしれないとか思ってしまうところだ。
ありえない、絶対にありえない。
盛大なため息をつくと、コレットは事態を打開すべく父の書斎の扉を開けた。
「お父様、私を王宮に連れて行ってください!」
次話 「ラブラブときめき、お断り」
王宮の池にコレットは靴を投げ入れた!
「女神、出て来―い!」
女神が現れた!
アイツも現れた⁉
ガラスの靴を叩き割るヒロインと物理衝撃に運命を感じちゃう王子のラブコメ、連載開始。
明日も1日2話更新する予定です。(たぶん昼と夜)
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12/21「さあ来い、婚約破棄! 愛されポンコツ悪女と外堀を埋める王子の完璧な婚約破棄計画」
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12/30「The Dragon’s Soulmate is a Mushroom Princess! Vol.2」
(「竜の番のキノコ姫」英語版2巻電子書籍、1巻紙書籍)
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