何とか、と言ってみた
「本当に男性もいるのね」
感心するコレットに、アナベルが何故か得意気にうなずく。
とある貴族のお邸で開かれたお茶会に参加したのだが、その会場である庭には少ないとはいえ男性の姿もあった。
昼間のお茶会は女性だけのものだと思っていたコレットには、ちょっとした驚きだ。
開催される数は少ないらしいが、昼の夜会という感じで、何だか面白い。
「それよりもコレット。あなたは太陽が霞む可愛らしさなのですから、気を付けてくださいね。知らない人について行っては駄目ですよ」
子供にするような注意を真剣な顔で口にしながら、アナベルはコレットの髪のリボンを直していた。
甲斐甲斐しいと形容すべきその動きに、異母姉の婚期のためにもコレットは早急に嫁ぐなり修道院入りするなり平民に戻るべきだな、と決意を新たにする。
「私の見立ては完璧ですし、コレットの可愛らしさはその上をいきます。本当に、何て可愛いのでしょう」
もはや口を開けば可愛いとしか言わない状態だが、確かに今日のワンピースは可愛い。
淡い緑色に細い縞模様が入った生地と白のレースが爽やかで、揃いのレースで仕立てられた手袋も可愛らしく、昼のお茶会にぴったりだ。
胸元と腰に大きなリボンがある以外は白いレースが使われているくらいで、装飾はそこまで多くない。
だが一見ただのボタンに見える部分が真珠だったり、ところどころに銀糸が織り込まれたりしていて、陽光を弾いてきらめく様は美しい。
それに、たぶんお高い。
そもそものドレスの相場を知らない上にアナベルが教えてくれないのでよくわからないが、相応の値がするはずだ。
コレットにお金なんてかけなくてもいいと言っているのに、アナベルは譲らない。
……女神は、コレットのことを伯爵令嬢にしたと言っていた。
それがエリクにかけられた魔法のようなものだとしたら、アナベルがこうして構ってくるのもその効果かもしれない。
つまり、明日にでもコレットのことを嫌って追い出す可能性があるのだ。
それならさっさと平民に戻って暮らしたいが、領地に行こうとした時のことを考えると二人の目が冷めないうちは結局連れ戻される気がする。
なかなか難しい問題だ。
「せっかくコレットの可愛らしさで幸せなのに、余計な人が来ましたね」
アナベルの低い声とほぼ同時に、コレットの前にジェレミーが姿を現す。
さすがは公爵令息だけあって品のある装いだが、何やら表情は曇っている。
いや、怒っているというべきだろうか。
「妹の方は立場をわきまえた良い子かと思っていましたが……毎日王宮を訪れているようですね」
ジェレミーの視線を遮るようにコレットの前に立ったアナベルは、これみよがしにため息をついた。
「殿下のたっての希望で、招待されているのです」
得意気とはこういうことという自信満々の表情をしたアナベルに、今度はジェレミーがため息をつく。
「形式的なやり取りを本気にして訪問するあたり、姉に似た図々しさが垣間見えますね」
「コレットがあまりにも可愛いからこそ、普通ではあり得ないご招待に繋がるのです。殿下のお気持ちは、痛いほどよくわかりますね」
間に火花でも見えそうな睨み合いをしたかと思うと、アナベルはそっとコレットの肩に手を置いた。
形式的な招待は断っていいのかと聞きたいのだが、とてもそんな隙が無い。
「コレット。少しだけこの身の程知らずの勘違い男と話をつけてきますね」
そう言うアナベルの微笑みはこの上なく美しく、だからこそ怖い。
勢いに押されてうなずくコレットを見ると、二人はあっという間にどこかに行ってしまう。
すると、それと入れ替わるようにして、今度はナタリーと数名の令嬢がやって来た。
「まあ、こんなところに場違いな人がいますわ」
「嫌だ、平民の匂いがしません?」
こちらをちらちらと見ながら何か言っているが、これに付き合う義理はあるのだろうか。
……いや、ない。
即座に結論を出したコレットは、令嬢達に構わず近くのテーブルに用意された苺を口に放り込んだ。
噛みしめるたびに甘酸っぱい香りと果汁がコレットの心を満たしていく。
この苺は大当たりだ。
嬉しくなったコレットがどんどん苺を口に運んでいると、いつの間にか令嬢達がすぐそばに近付いていた。
「王宮に招かれたからといって、いい気にならないことですね」
「ナタリー様も王宮を訪れていますし、殿下とお会いすることもございます」
「あなた一人が特別なわけではありませんの!」
そう言われれば、確かに王宮でナタリーに会ったことがある。
だったらもっとエリクと親密になって、さっさとコレットという悪夢から解き放ってあげればいいものを。
こうなるとナタリーの方にも八つ当たりしたくなるが、まずは苺が優先だ。
もぐもぐと苺を食べる手を止めないコレットに、ナタリーを含む令嬢達は苛立った様子でこちらを睨みつける。
「何とか言ったらどうですの⁉」
「……何とか」
面倒くさいので言われた通りにしたのだが、令嬢達の表情が一気に険しくなる。
「ふざけるのも大概になさい!」
ナタリーはそう言うなりテーブルのティーカップを手に取り、中身をコレットにかけた。
胸元からスカートまで一直線に紅茶が染みていくのを見て、ナタリーは満足そうに微笑む。
「あら、ごめんなさい。悪気はありませんの。でもこれで平民臭さが取れるかもしれなくてよ?」
ひとかけらの謝意も感じられない嘲笑と共に、コレットに侮蔑の眼差しを向けてくる。
ああ、やはり貴族はこういうものだ。
身分を重要視し、自分よりも立場の弱い者に一切の礼儀など持ち合わせていない。
彼らにとって平民は、どうなっても構わない存在なのだ。
わかってはいたけれど、こうしてあらためて突きつけられればその理不尽さが不愉快でしかない。
コレットが苺を握り潰すと、白いレースの手袋が赤く染まっていく。
果汁が滴る苺を紅茶に入れると、そのままナタリーのドレスに勢いよくぶちまけた。
「きゃああ⁉」
「あなた、何という失礼なことを!」
ナタリー達がぎゃあぎゃあと騒ぐ中、コレットは真っ赤な果汁に染まった手でティーカップをテーブルに戻す。
「自分がしたことを棚に上げて、よく言えるわね」
何ならこの真っ赤な手をお綺麗なドレスで拭ってやろうかと思っていると、ナタリーが睨みつけながら近付いてきた。
「たかが平民のくせに、生意気ですわよ!」
ナタリーがコレットに向けて思い切り手を振り上げた次の瞬間、ぴたりと動きが止まる。
「……何をしているのかな、ナタリー・エルノー公爵令嬢」
その場の全員が麗しい声に視線を向けると、そこにはナタリーの腕を掴んだ黒髪の美少年が立っていた。
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