ずるい
結局、笑顔と圧に逆らえないコレットは、ほぼ毎日王宮に顔を出すことになった。
シナモン入りのクッキーが定番になるのは、わかる。
だが少しずつ他の味やお菓子も増えていくので、結果的にテーブルの上が混雑してきた。
それだけならまだしも、ほぼすべてコレットの好みど真ん中なのは一体どういうことなのだ。
この調子では際限なくコレット中心のお菓子が用意されてしまう。
危機感からアナベルに好みの食べ物情報を横流ししないように注意したのだが、そこでまさかの事実が発覚した。
何と、アナベルはシナモンクッキー以外の情報を漏らしていないと言うのだ。
もしかすると、シャルダン邸にはエリクのスパイがいるのかもしれない。
馬鹿げた妄想だとは思うが、そうでもなければ辻褄が合わないし、エリクならばやりかねない。
気になりだしたら止まらなくなったコレットは、ある日思い切ってエリクに問いただすことにした。
「私好みのお菓子ばかり並ぶのは、どうしてなの?」
口にしておいてなんだが、これは疑問や文句というよりも感謝に類する言葉のような気がする。
だがその背景にはスパイ疑惑があるのだから、ここで退いてはいけない。
些細なことだと放置すれば、いずれはあらぬ情報までも洩れかねないのだ。
コレットとしてはそこそこ深刻な質問だったのだが、エリクは不思議そうに美しい紺色の瞳を瞬かせる。
「どうして、って。コレットに喜んでもらいたいからだよ」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
まさかの返答に笑顔まで付属して勢いが削がれるが、負けてはいけない。
個人情報を保護する時は、今なのだ。
「そうじゃなくて、どうして私の好みを知っているの?」
「それは、見ていればわかるよ」
当然とばかりに告げられるが、それだけではさすがに無理ではないだろうか。
注意して好き嫌いに関しては口にしないようにしていたのに、ここまでコレット好みのお菓子で揃えられるとは思えない。
「例えば苺ジャムの乗ったクッキーと、生の苺が乗ったケーキ、苺にチョコをかけたもの。これだけを比較しても、コレットの笑顔から酸っぱい苺は少し苦手で、甘いものが好きだとわかる。その積み重ねだね」
まさかの――ただの観察。
確かに甘いものは好きだが、露骨に顔に出した覚えなどないのだが。
「いちいち、そんなことを憶えているの?」
「そんなことなんかじゃないよ。コレットが美味しく食べる表情は最高に可愛いから、見逃すわけにはいかない。どうせなら好きなものを食べてほしいし、それで笑ってくれたら俺も幸せ。何を考えているか筒抜けで、本当に可愛い」
「つ、筒抜け……」
スパイじゃなかった。
原因はコレットだった。
いや、笑顔の違いを食べ物別に記憶している方がおかしいのだから、コレットは悪くない。
それにしても、スパイ疑惑が晴れたのは喜ばしいが、結果的にはより恐ろしいことになった気がする。
これからはもっと気を付けてエリクと接した方がいいだろう。
「ほら。今は表情に出さないように、って頑張っているだろう? 本当に可愛い」
「ひいぃ⁉」
完全に図星を指されて、混乱と恐怖で思わず悲鳴が漏れる。
怯えるコレットをなだめるように背を撫でる手が優しいが、元凶はおまえだと訴えたい。
かくして毎回コレット好みの厳選されたお菓子がテーブルに並ぶようになり、正直ちょっと楽しみになっているのだが、これは悟られないように気を付けているのでバレていないはずだ。
エリクとの約束ではできるだけ毎日王宮を訪問することになっていたが、次期国王の王子がそう都合よく暇なはずもない。
コレットが訪問しても顔を出せない日もあるけれど、その際にもしっかりとお茶とお菓子は用意され、更に直筆の手紙まで添えられているのだから恐ろしい。
手紙の内容は同席できないことに対する謝罪、コレットとお茶を飲みたかったという愚痴に似た言葉に始まり、最終的にはコレットがいかに可愛いかを語彙の限りを尽くして称える内容になる。
正直、恥ずかしい上に難しくて理解不能になるので、大抵はそのあたりで読むのを諦める。
すると待ってましたとばかりにメイド長がカードを差し出すのだが、エリクの直筆で「少し顔を出せるかもしれないから、ゆっくりしていてくれると嬉しい」と書いてあるのだ。
さっさと退散するべきだとは思うが、どうしてもお菓子とお茶とカードの言葉のせいで少し長居をしてしまう。
息を切らせて走ってきたエリクはそんなコレットの姿を見つけると、それはそれは嬉しそうに微笑むのだ。
「良かった、コレットに会えた。今日は幸せだな」
「別に待っていたわけじゃないわ。葡萄のタルトが美味しかったから」
「うん、そうだね」
エリクは椅子に腰かける間も、ずっとこちらに視線を向けたままだ。
「もう帰るところだったのよ」
「うん、わかっている」
決してエリクを待っていたわけではないと訴えるのだが、何を言っても嬉しそうなので言葉が続かない。
「……そろそろ、私のこと嫌いになった?」
「は?」
うっかり本音が漏れてしまい、慌ててコレットは咳払いをする。
エリクの好意は女神の魔法のせいであり、時間経過でそれは消滅する。
出会ってからそれなりに時間が経ったし、そろそろ本来の心が現れてもいい頃合いのはずだ。
エリクは一瞬表情を曇らせると、深いため息をついた。
「俺は日々、コレットに愛情を伝えているつもりだったけれど。足りなかった?」
「そういう意味じゃ」
何となく気まずくて視線を逸らすと、エリクが小さく首を傾げる。
「じゃあ、どういう意味かな」
どうも何も。
動きに合わせてさらさらと揺れる髪も、泣いているわけでもないのに潤んで輝く紺色の瞳も、それを彩る長い睫毛も、とても男性……いや、人間とは思えぬ美しさだ。
今は女神の魔法のせいでときめいてしまうので仕方ない部分もあるが、この容姿では魔法などなくても大抵の人間はエリクに惹かれるのだろう。
しかも次期国王の王子で、変態気味で怖いところはあるけれど、とりあえず優しい部分もある。
いや、変態は女神のせいかもしれないので、そうなればただの麗しの王子様だ。
コレットは魔法の底上げがなくなれば、平民出の伯爵令嬢というだけの存在なのに。
「……ずるい」
「うん?」
どうやら想定外の返答だったらしく、少し曇っていたエリクの表情が困惑に変わる。
「エリク様はずるい」
「何が?」
「ずるいの!」
身分も容姿も何もかも持っているくせに、更に女神の魔法でときめかせるなんてずるいし酷い。
エリクは何も悪くないどころか被害者だとわかっているし、完全な八つ当たりである。
「……そうか」
怒ってもいいはずなのに、エリクはただ穏やかに微笑むだけだ。
「ずるくてもいいよ。コレットが俺を見てくれるなら、それでいい」
その笑みに耐えきれないとばかりに、コレットの鼓動が跳ねる。
「そ、そういうところがずるいの!」
「うん。好きだよ、コレット」
女神の魔法が消えたらコレットの存在なんて路傍の石以下になるのだから、微笑みかけないでほしい。
好きなんて言わないでほしい。
大体、コレットのときめきだって偽物のはずだ。
ずっと一緒にいたら情が湧くのも当然だし、あくまでもお茶友達なのだと思えばいい。
それなのに、ドキドキは一向に収まらないどころか加速していく。
もしも今、またプロポーズされたら……きちんと跳ねのけられる自信がない。
――いや駄目だ、正気にならないと。
このままでは母の二の舞になってしまう。
今のコレットは貴族だけれど、相手は王子だ。
女神の魔法のせいで次期国王の精神に干渉し、時間を無駄にし、あらぬ噂が流れた。
その原因がコレットとなれば、ただ嫌われて捨てられるだけではなく、シャルダン伯爵家にまで迷惑をかけかねない。
ここは慎重に、冷静に判断しなければ。
一人でうなずいたり首を振ったり呻いたりしているコレットを、エリクは何故か笑顔で見守っている。
……それにしてもエリクにかけられた魔法は一向に弱くなる気配がないのだが、どういうことだろう。
もしかして、既に魔法の効果は消えていて、今の態度はエリクの本心なんてことは――ない!
ない、ない、絶対にない!
勢いよく首を振ったせいで目が回って倒れそうになる体を、慌てて立ち上がったエリクが抱きとめるようにして支える。
離れようにも眩暈がするし、コレットの背を支える手も埋もれている胸も何だか心地良くて、今は動きたくない。
大丈夫、いつでもエリクから離れられる。
離れられる……よね?
ぐるぐると回る視界と思考から逃げるように、コレットはそっと目を閉じた。
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