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17/30

話の後半が怖いのだが

 メイド長が淹れる紅茶を見ながら、コレットは小さく深呼吸をする。

 鼻をくすぐる甘酸っぱい香りには覚えがあった。


「これって、林檎?」

「はい。林檎の香りづけをした紅茶に、干した林檎を混ぜたものを使っています」


 そう言って差し出されたティーカップからは、まるで林檎そのもののような香りが漂う。

 わくわくして口をつければ、ほのかな甘みと鼻に抜ける香りが楽しめ、思わず感嘆の息が漏れた。


「凄くいい香り。それに美味しい」

「喜んでいただけたなら、光栄です」

 メイド長は嬉しそうに微笑むと、エリクの紅茶とお菓子を用意して下がってしまう。

 ここまで一緒に来たはずの使用人達の姿もいつの間にか見えなくなっていて、要はエリクと二人きりだ。


 ティーカップに口をつけるエリクはその容姿の美しさもさることながら、ひとつひとつの所作が流れるように優雅で目を引く。


 人に見られることに慣れているのも、堂々とした振る舞いに出ているのかもしれない。

 コレットとは、文字通り土台が違うのだ。

 思わずじっと見ていると、それに気付いたらしいエリクがティーカップを置いて笑みを浮かべる。



「何? 惚れ直した?」

「そういうことじゃ……大体、何で既に惚れている設定なの」


 危うく流しそうになったが、聞き捨てならない言葉だ。

 エリクが勝手にそう思っているだけならまだしも、使用人達も同じだったらどうしよう。


「俺はコレットに惚れているよ」

「だから、それをやめて」


 陽光を弾く艶やかな黒髪、宝石のごとき輝きの紺色の瞳に、それらを引き立てる整った容姿。

 既に十分に刺激が強いのに、こうしてじっと見つめられたら溢れてくる何かに包み込まれて流されそうになるのが怖い。


 女神の魔法とやらは、一体いつまで効果が残るのだろう。

 いずれ消えるというのは、徐々に弱まるものなのか。

 あるいは、突然すっとなくなるものなのだろうか。


 後者だとしたら、この次の瞬間にも不敬だと罵られて追い出されるかもしれないのだ。

 そのあまりの落差が恐ろしい。


 今は確かにエリクから紛れもない好意を感じるし、変態気味とはいえ大切にしようとする気持ちも伝わる。

 だが、この眼差しは女神の魔法があるからこその幻であり、偽りの好意。

 現在のエリクを認めたり感謝はしても、絶対に勘違いをしてはいけないのだ。


 だからこそ距離を取りたかったし、エリクの前から去りたかったのに。

 どんどん関わりが多く深くなっているのは、気のせいだろうか。


 小さくため息をつきながらクッキーに手を伸ばすと、口に放り込む。

 シナモンが利いたクッキーは、サクサクで甘さも控えめでとても美味しかった。


 ……せめて、元を取ろう。

 ひたすらにもぐもぐと食べ始めたコレットを見るエリクの目は優しい。



「コレットはシナモン入りのクッキーが好きだと聞いたから用意させたんだ。気に入ってくれたのなら、良かった」

「……ありがとう」


 恐らくはアナベルあたりが情報源なのだろうが、実際に用意されたクッキーは美味しいし、心遣いは嬉しい。


「コレットが喜んでくれるのなら、俺も嬉しい。他に好きなものは?」

 うっかり言いそうになったコレットは、慌てて口を手で塞ぐ。


 油断してはいけない。

 ここで具体的な名前を挙げれば、確実にエリクはそれを用意するだろう。


「いいの。もう十分よ」

「俺がいれば十分?」

「そうじゃない」


 揚げ足を取るという言葉があるが、これもその範疇に入るのだろうか。

 普通ならば軽口として流せるのだろうが、エリクの場合は本気で言っているのがわかるから恐ろしい。

 そしてその本気自体が、そもそも女神の魔法による偽物なのだから始末に負えない。


「俺はコレットがいれば十分だし、満足」

「そういうことは言わないで、クッキーでも食べて」

「……うん」


 エリクは笑みを返すと、コレットの勧めるままにクッキーを口にする。

 ただそれだけの仕草を見つめてしまった自分に後悔したコレットは、どうにか気持ちを立て直そうと自身の頬をぺちぺちと手で叩いた。



「凄く美味しいわよね。何か特別な作り方なのか、それとも材料の質の違いかしら」

 シャルダン家で食べるシナモンクッキーももちろん美味しいが、王宮のそれは文字通り一味違う。

 香りや味は当然のこと、サクサクという食感まで文句なしで、何枚でも食べられそうだ。


「そんなに気に入ったの?」

「うん! ……あ、違う。いや、違わないけれど。ええと」


 ここで肯定したら山ほど用意されそうだし、否定すれば作ってくれた人に申し訳ない。

 一体何と言えば穏便に済むのかわからず、正解を求めて思案するコレットを見て、エリクが楽しそうに笑う。


「お土産に持って帰る?」

「本当⁉ あ、でもそんなに沢山はいらないからね。ここにある余りをちょっともらえたら、もう十分だから」


 テーブルの上のシナモンクッキーはまだ十枚以上あるし、数枚ならいただいても問題ないだろう。

 本当は何も貰わない方がいいのだろうが、こればかりは美味しいクッキーが悪いのだと責任転嫁するしかない。

 そう自分に言い聞かせてうなずいていると、エリクがこちらをじっと見ていることに気付く。


「何?」

「ううん。本当にコレットは可愛いし、見ていて飽きないなと思って。……王宮に住んでくれたら、嬉しいけれど」

「無理」


 優しい笑顔と甘い声で何を言うのかと思えば、まだ諦めていなかったのか。

 未婚の女性が男性の邸に住まうということは即ち、婚約。

 むしろそれ以上の間柄で、結婚を前提にした花嫁修業。

 何なら、新婚生活スタートと言っても過言ではない。


 コレットにとっては死刑宣告であり、死地への誘いでもあるのだ。

 絶対に首を縦に振るわけにはいかない。



「うん。約束だからね。コレットの選択は尊重する」

 少し寂しそうにそう言うと、エリクはクッキーを摘まんだ手をコレットの目の前に差し出してきた。


 ……絵面は、いい。

 麗しの王子が微笑みと共に手を伸ばす様は、絵にして飾りたいくらいだ。


「何をしているの?」

「あーん」

 当然と言わんばかりに微笑まれ、コレットの脳内ではやはりかと警鐘が鳴り響いた。


「王宮に住まないのは受け入れるから、これくらいはいいだろう」

「交換条件は果たしたわよ」


 王宮に住む代わりに、訪問するというという約束のはずだ。

 エリクに付き合う義理はない。


「条件を定めないと、コレットは俺に会ってくれないの?」

 誰もがひれ伏す美貌で、捨てられた子犬のような目を向けるのをやめてほしい。

 コレットは少しも悪くないのに罪悪感が凄いけれど、ここで負けたら終わりだ。


「そもそも王子と一介の伯爵令嬢なんて、顔を合わせることもないのが普通でしょう?」

 しかもコレットは平民出という特殊な事例だし、本来ならば会うどころかエリクの姿を見ることさえ難しいはずである。


 ごく当たり前のことを伝えたのだが、何故かエリクは困ったようにためいきをついた。



「身分だけが原因なら、どうにかすることは可能だよ」

「どうにか、って?」


「公爵家あたりにコレットを養子に迎えさせれば、すぐにでも公爵令嬢と呼ばれる立場になる。それでも足りないのなら他国の王家に入れるという手もあるね」


 理屈の上ではそうかもしれないが、あまりにも荒唐無稽だ。

 そう思うのに、エリクの眼差しが真剣で笑い飛ばすことができない。


「でも、俺が望んでいるのはそういうことではない。コレットを逃がさないように縛り付けるだけなら、すぐにでもできるけれど」

「怖いのよ。毎回、話の後半が怖いのよ」


 本気なのか冗談なのか判別がつかないから、そういう物言いはやめてもらえないだろうか。

 すると、怯えるコレットの心を一気に溶かしてあり余る優しい笑みが向けられた。


「だから、今日はこれでいい。はい、あーん」

 コレットの目の前に、エリクの摘まんだクッキーが再び差し出される。


 全然、話が繋がっていない。


 そうは思うのに、揺さぶられて疲弊した心が麗しい笑みと美味しいクッキーに癒しを求める。

 知らず知らずのうちに口が開いたところに、エリクがすかさずクッキーを入れた。



 唇に指が触れた感触で我に返ったが、時すでに遅し。

 文句を言いたくても口の中はクッキーで一杯だし、シナモンが利いて美味しいし、エリクは幸せとばかりに満面の笑みだし……頬が熱くて困ってしまう。


「愛しいコレット。これからも、俺に会いに来てね」


 嫌だとか、回数を減らしてほしいとか、そういう言葉の一切を消滅させるほどの眩い微笑みに、コレットは力なくうなずくことしかできなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] >「でも、俺が望んでいるのはそういうことではない。コレットを逃がさないように縛り付けるだけなら、すぐにでもできるけれど」 うん、コレットの意志に関係なく逃がさないようにすることに罪悪感がない…
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