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主従揃って逃がさない

「王宮で暮らせ、ですって⁉」


 手紙を手にしたアナベルが震えながら叫ぶのを、コレットは紅茶を飲みながら眺める。

 異母姉は普段は淑やかなのに、コレットが絡むと妙なことになるのが不思議だ。


「どうしましょう。困りましたね」

 アナベルは手紙を持ったまま、ウロウロとソファーの周りを歩き続ける。


「天使のように愛らしいコレットに惚れるのは自然の摂理。手元に置きたい気持ちは重々理解できます。でも、さすがにまだ早いですし、何よりも私がコレットに会えなくなってしまうではありませんか」

 真剣に悩んでいるらしいことはわかるが、その内容も検討理由もおかしい。



 そもそもの原因は、シャルダン伯爵家に届いた一通の手紙。

 恭しく回りくどい表現を使われていたが、要は『コレット・シャルダン伯爵令嬢に王宮で暮らすことを提案する』というものだった。


 一見、命令ではないだけマシなように感じるが、王宮からの提案など命令と大差ない。

 正当な理由もなしに……つまり、正直に『嫌』と言うだけでは回避は不可能だろう。


 これで王宮暮らしを始めたとしても、女神の魔法が消えればエリクはコレットから興味を失う。

 招かれたのに出て行けと言われるなんて、何の罰ゲームだ。

 シャルダン伯爵家にも悪影響だし、絶対に阻止しなければならない。


 コレットは慌ててペンを取り、必死に手紙を書いた。

 世間体から何から使えるものは使って『無理だ』と綴った手紙を貰って、果たしてエリクは何を思ったのか。

 妥協案として、毎日エリクに会いに王宮に行くという約束をさせられてしまった。


 何だか嵌められた気がしないでもないが、抵抗しなければこれ幸いと同居させられていたのは間違いない。

 毎日訪問もきついけれど、背に腹は代えられない。

 深いため息をつくコレットの頭を、アナベルがそっと撫でた。



「ほら、コレットの好きなクッキーですよ。元気を出してください」

 シナモンの利いたクッキーで心とお腹が満たされて微笑むと、アナベルも一緒に笑う。


「こんなに可愛いコレットを突然一日中摂取したら、可愛いが脳に回って殿下もおかしくなってしまいます。まずは訪問からでちょうどいいと思いますよ」


 その理屈で言うと、ある日突然コレットと同居を開始したアナベルは脳に可愛いが回っておかしくなったことになる。

 大体、脳に可愛いが回るとはどういうことだ。

 コレットは菌か何かなのか。


「お姉様は謎の菌に侵されているとしても、王宮の人達はそうはいかないわ。王子が元平民を招待しただなんて……絶対に歓迎されないわよね」


 歓迎されたいわけではないが、自分を敵視する人の巣窟にわざわざ行かなければいけないなんて面倒くさすぎだ。


 ただでさえ毎日エリクに会うことでときめいて疲労が溜まること請け合いなのに、本当に嫌になる。

 唯一の利点が王宮に住まなくてもいいだけなんて、切ない。

 しかし、どんどんため息が深くなるコレットに対して、アナベルの表情は明るい。


「何を心配しているのかと思ったら。大丈夫です。コレットの可愛らしさは全人類共通で世界を革命する力があります。……どちらかというと、余計な虫が付かないように気をつけなければいけませんね」


 何やらアナベルはやる気だが、そちらの方が何を心配しているのやら、だ。

 それでも、約束した以上は行かなければならない。

 コレットはため息をたっぷり積み込んだ馬車で、静かに王宮に向かうのだった。




「ようこそお越しくださいました、シャルダン伯爵令嬢。ご案内いたします」


 王宮につくと出迎えてくれたのは複数の使用人達だ。

 女性三人に男性も二人。


 しかも挨拶してくれた女性は明らかに使用人の中でも格上という雰囲気なので尋ねてみると、使用人を束ねる立場のメイド長だという。

 とても一介の伯爵令嬢の訪問に出てくる人とは思えなくて、何だか落ち着かない。


「あの、どうしてこんなに沢山お迎えの人がいるの……ですか」

 危うくいつも通りの口調で喋りそうになって、慌てて取り繕う。

 挨拶を済ませて案内されながら歩いているのだが、全員がついてくるし、何だか視線も感じるので落ち着かない。


「我々は王宮の使用人であって、殿下に仕える者。殿下にとって大切な方をお迎えする栄誉を勝ち取るため、どれだけ壮絶な……ああいえ、その。言葉遣いは普段通りで結構ですよ」


 何だか変な言葉が聞こえたような気もするが、確かに王子であるエリクに普通に話しているのに使用人に対しては敬語というのもおかしいか。


「わかったわ、ありがとう」

 御礼を伝えたその瞬間、使用人達が一斉に胸や顔を押さえた。



「くっ、噂に違わぬ威力……!」

「危うく心臓が止まるところでした」

 またまた変な言葉が聞こえるのだが、一体何なのだろう。


「殿下は今まで女性に興味がないのかという態度で、皆心配しておりましたが……なるほど、これは確かに夢中になるのもわかります」


「……何の話?」

 よくわからなくて首を傾げると、再び謎の呻き声が耳に届く。


「あのね、私はたまたま呼ばれただけで、すぐにエリク様も飽きるから。だから気を使わないでいいし、放っておいてくれていいし、何なら締め出したり追い出したりしてくれると嬉しいな、って」


 詳細はともかく、どうやら嫌悪されてはいないようなので事情と要望を伝えてみる。

 すると、メイド長は少しばかり驚いた様子で瞬き、そしてすぐに微笑んだ。


「どうぞ、何でも遠慮なく命じてくださいませ。使用人一同、あなた様のためになら何でも致します」


「それなら、私を追い返してくれるとか」

「本日は庭園にお茶の用意をしてあります」

 すかさず笑みと共に、目の前に広がる庭園を指し示される。


「エリク様に『あの女は王宮に出入りするに値しない』と真実を伝えるとか」

「花がお好きと伺いましたので、テーブルにも選りすぐりの花を飾りました」

 促された先には白いテーブルとイスが用意されていて、色鮮やかな花がそれを彩っている。


「……帰してはくれないのね」

 エリクがコレットを招いている以上、使用人がそれを阻むのは難しいということか。

 がっくりと肩を落とすコレットを見て、メイド長は困ったように微笑む。


「申し訳ありません。あの殿下を虜にする稀有な存在を、逃すわけにはまいりませんので」

 丁寧に頭を下げられたけれど、申し訳ないと思っていないのは伝わってきた。

 だいたい、主従揃って「逃がさない」とかいう王宮が怖すぎるのだが。



「――コレット!」


 弾む声に視線を向ければ、エリクがこちらに手を振りながら駆け寄ってくる。

 揺れる黒髪に輝く紺色の瞳が眩しくて、コレットは思わず視線を逸らす。


 背後から「恥ずかしがる姿も素晴らしい」とか謎の賛辞が聞こえてくるが、気にしたら負けだ。

 そもそも恥ずかしいのではなくて、麗しすぎてときめくと危ないから見ないようにしているだけ。


 ただの危機回避であり、身の安全を守る当然の行動だ。

 そう自分に言い聞かせていると、いつの間にか目の前にエリクが立っている。


「おはよう、コレット。今日もとても可愛いよ。その髪一筋までもすべて撫でつくしたいくらいに」

「だから、エリク様の会話は後半が怖いのよ。変態じみているの」


 使用人達だって引いているに違いないと目を向けると、皆が小さくうなずいている。

 同意を得て少し安心したコレットに、メイド長が優しく微笑んだ。


「確かに、殿下のおっしゃる通りです。シャルダン伯爵令嬢の髪に触れ、櫛を通し、結うことができたなら……至福の時でしょう」

「そっち⁉」


 まさかの方向での同意に、思わず声を上げてしまう。

 しかもメイド長の言葉も若干変態じみているのは、気のせいだろうか。



「気持ちはわかるが、まだ俺もそこまでは触れていないから譲れないな」

「まだ、って何⁉ まだ、って!」


 まるでこれからコレットの髪を撫でつくす予定があるかのような言い方は、やめていただきたい。

 とんだ濡れ衣ならぬ濡れ髪である。

 するとエリクはにこりと微笑み、手を伸ばしてコレットの髪をすくい取るとそのままそっと唇を落とした。


「な、何するの⁉」

 衝撃とときめきで上手く言葉にできないコレットに対して、エリクは楽しそうに笑っている。


「髪にキスした」

「そうじゃなくて、何でそんなことをするの!」

「そりゃあ、コレットのことが好きだから」

 メイド長をはじめ複数の使用人がいるのに、何を言うのだこの王子は。


 ……いや、逆か。

 人目のあるところだからこそ、わざと言ったのだ。

 コレットが動揺するとわかっていて行動したのだろうから、変態気味のくせにそういうところはあざとい。



「そういうことをするなら、もう帰る。二度と来ない」


 王宮住まいの代替案は、あくまでも毎日の王宮訪問。

 決して過剰な愛情表現を受け入れることではないし、この調子で毎日髪にキスされてはたまらない。

 ぷい、と顔を背けるコレットに、エリクが少しだけ困ったように眉を下げる。


「わかった。コレットが可愛くて髪に頬ずりしたいくらいだけれど、仕方がないから少し我慢する。だから……行かないで」

 首を傾げながら懇願する様は、控えめに言っても麗しくて胸が苦しくなる。


 変態度が上がっている、とか。

 我慢するのは少しだけなのか、とか。

 気になるところしかないのに、放たれた色気と最後の言葉がコレットを無情にも繋ぎとめてしまう。


「……ちょっとだけ、だからね」

「ちょっと頬ずりしていいの⁉」

「そっちじゃない! ちょっとだけお茶するの!」


 どんな許可だと声を上げてしまうが、エリクの眼差しが優しくてそれ以上文句が続かない。

 相手は変態で、これは偽りの好意なのに、何でこんなに心を揺さぶられなくてはいけないのだ。

 コレットは唇を噛みしめると、精一杯の抵抗の意思を込めて顔を背けた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 女神様、王子の配下にまでは魔法をかけていないですよね。
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