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夜に至近距離で浴びる色気は猛毒

「……何をしているの」

 燭台を置き、バルコニーに出て声をかけると、手すりの外側を伝って移動していたエリクが嬉しそうに微笑んだ。


「ごめん、起こすつもりはなかったんだ。ただコレットの部屋に近付く不審者がいないか心配で」

「今、目の前にいるわ」

「正面の扉の前だと夜に俺が訪問したとバレるから、世間体が良くないだろう?」

「それなら窓からだって来ちゃ駄目でしょう!」

 どちらかというと、窓からの訪問の方が密会度が上がる気さえする。


「ここで話しているとコレットが冷えてしまうし、声を聞きつけて誰か来るといけない」

 エリクは手すりを乗り越えてバルコニーに立つと、上着を脱いでコレットをくるむ。

 ふわりと良い香りに包まれ、それがエリクの匂いなのだと気付いてしまい、一気に恥ずかしくなってきた。


「コレット、裸足じゃないか」

 そう言うなりコレットを抱え上げたエリクは、あっという間に窓辺に運んで下ろす。

 文句も悲鳴も許さぬ早業に衝撃を超えて感心してしまったが、何故かエリク自身は窓枠の外に立ったままだ。


「……入らないの?」

「入っていいの⁉」

 子犬のように瞳を輝かせるエリクの背後に、はちきれんばかりに振られる尻尾が見えそうだ。


「いや、駄目だけれど。ここまで来ているし。このまま喋っていたら、それこそ声が筒抜けだろうし。……それとも帰ってくれる?」


 コレットが入室を請うような形になったのは納得がいかないが、大人しく帰らないのならせめて被害を減らしたいのだが。


「せっかくコレットが許してくれたから、まだ帰らない」

 そう言うとエリクは一歩足を出して室内に入り、後ろ手に窓を閉めた。



「大体、何であんな無茶をするの? 危ないじゃない」

「うん、心配してくれて嬉しい。ありがとう。好きだよ、コレット」


 月明かりを浴びて微笑むエリクは自身が発光しているのかという眩さで、危うく眩暈がしそうだ。

 夜に至近距離で浴びる色気は猛毒。

 一つ学んだコレットは、とにかく早く切り上げようと心に誓う。


「もういいでしょう。出て行って」

 さすがに危ないので扉の方を指すが、エリクは寂しそうに眉を下げる。


「俺はね、コレットが大好き。日の光を紡いだような金の髪も、銀色の月のように輝く瞳も綺麗。小さくて元気で、じたばた動くのを見ているだけでも幸せ。ただそこに存在しているだけで嬉しいし、同じ空気を吸っていることに感謝する。コレットのためなら他のすべてを滅ぼしても構わない」


「後半、後半が怖いわよ」

 一体どこまで本気なのかわからないが、やろうと思えばできそうな気がするのが更に怖い。



「前にも言ったけれど。コレットは俺を特別扱いしない。理想の王子様だと崇めて勝手な夢を見ない。それが凄く癒されるんだよ。……あと、怯える姿も可愛い」


 何だかとんでもない所を気に入られているのだが、もしかして時々怖いことを言うのはわざとなのだろうか。

 警戒する心に体が応え、コレットは一歩後退る。


「でも、コレットが俺のことを嫌いなら。そばにいるのも目にするのも嫌だと言うのなら、その時には……少し、考える」


「……今の、諦めるとか身を引く流れじゃなかった?」

「それじゃあ俺が死んでしまう」


 本当にどこまで本気なのかわからなくて、何を言うのが正解なのかも判断できない。

 唯一わかるのは、エリクはコレットに好意があるということ。

 ……もちろん、それは女神の魔法による偽りの感情ではあるが。

 困ったコレットは、小さくため息をついた。



「コレットは俺から離れたくて王都から出ようとしたの? そんなに俺のことが嫌い?」


 その言葉にちらりと見上げると、エリクの紺色の瞳が不安だと訴えていた。

 少なくとも現在のエリクにとっては、コレットは好意を向ける相手。

 その相手に「あなたと離れたくて王都を出た」と言われたら……それは、どれだけつらいことだろう。

 真剣な表情で訴えられてしまえば、コレットだって胸が苦しくなる。


「さっきも言ったけれど、別に嫌いなわけじゃないわ」

「そばにいても嫌じゃない?」

「嫌では、ないけれど」


 親しくなっても不毛なので、離れたいと思っているだけだ。

 だがコレットの返答を聞いたエリクの表情が、ぱっと明るくなる。


「そうか。良かった」

 笑顔が弾けるという言葉があるが、そのお手本のような弾け具合に思わず鼓動が高鳴る。


「それなら、毎日会いに来てくれるかな」

「え?」

 存在自体は嫌ではないという底辺の承認から、何故そこまで話が飛ぶのだ。


「でも、それも手間かな。いっそ王宮で暮らすのはどう?」

「は⁉」

 突っ込みたいし訂正したいのだが、それよりも先にエリクが不穏な言葉を放つから変な声しか出せない。



「まあ、とにかく嫌われていないなら良かった。逃がすつもりはないけれど、嫌われているよりは好かれている方が嬉しいし」

「また何だか怖いこと言っているし、好きとか言っていないわよ⁉」


 エリクは困惑するコレットの肩からそっと上着を外したかと思うと、そのままあっという間に抱き上げる。


「――きゃ」

「声を上げたら使用人が来るかもしれない。夜に二人で寝室にいたら、言い訳できなくなると思うよ。いいの? 俺はいいけれど」

 衝撃しかないその言葉に、そこまで来ていた悲鳴があっという間に引っ込んでいく。


「だ、駄目! というか、そもそも夜に寝室に来たら駄目!」

「昼ならいいの?」

「昼も駄目!」


 言うまでもないし何を聞くのだと怒りたいのに、楽しそうに微笑む顔にときめいてしまい、それ以上何も言えない。


「うん。今日は嬉しいから素直に帰るよ」

「帰る前に、来たら駄目なの!」


 どうにか不満を訴えるのだが、やはりエリクは楽しそうに微笑むだけだ。

 そのままそっとベッドに寝かされたかと思うと、毛布を掛けられる。

 まるで子守だなとちょっと複雑な気持ちになったコレットの頭を、大きな手が優しく撫でた。


「おやすみ、コレット。良い夢を」

 その声音のもつ色香に驚いて視線を向ければすぐ目の前に美しい紺色の瞳が迫っていて、コレットは思わずぎゅっと目をつぶる。


 すると額に触れるか触れないかという感触が降ってきて、すぐに消えてしまう。

 ゆっくりと目を開けると、エリクは既にベッドから少し離れて上着に袖を通している。


 何を言ったらいいのかわからずただ見ているだけのコレットに小さく手を振ると、エリクはそのまま窓の外に出て行ってしまった。



 何で窓から出入りするのだ。

 危ないから扉から出ればいいのに。

 そもそも夜に訪問するなんてどうなのだ。


 言いたいことは沢山あるのに、どんどん熱を持つ顔と早まる一方の鼓動のせいでどうしたらいいのかわからない。


「ねえ、もう、ちょっと、何とかして」

 両手で頬を押さえるけれど全然熱は引かないし、ドキドキして胸が苦しい。


「今まで男の人に好意を伝えられたことさえないのに、最初があんなキラキラ王子だなんて過酷すぎる」


 女神の魔法のせいだとわかっていても、ときめかないなんて無理な話だ。

 だって、好きだと言われて、抱きしめられて、微笑まれて。

 お姫様抱っこされた上に、おやすみのキスまでされた気がする。


「も、もう無理!」

 コレットはゴロゴロとベッドの上を転がるが、どうやっても鼓動は落ち着いてくれない。


「無理……消えるのなら、早くしてよ。女神の魔法の馬鹿……」

 ぎゅっと毛布を握り締めると、体を丸くして心を揺さぶる衝撃に耐えるしかなかった。


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詳しくは下記参照。



次話 「主従揃って逃がさない」

 使用人達の歓迎ぶりが何だかおかしい。


夜も更新予定です。



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12/21「さあ来い、婚約破棄! 愛されポンコツ悪女と外堀を埋める王子の完璧な婚約破棄計画」

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是非、ご予約をお願いいたします。

詳しくは活動報告をご覧ください。


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― 新着の感想 ―
[一言] これで魔法が消えたとたん「君、誰?」とか言われたら女神を呪いたくなりそうです。
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