表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/30

領地への逃避行

 コレットの母はシャルダン伯爵の妾となり、コレットを産んで一人で育て、そして死んだ。

 母を見ていれば、身分の差がどんなことをもたらすのか、よくわかる。


 仮に今エリクと恋仲になったとしても、結局は女神の魔法が消えればそれでおしまい。

 王子には相応しくないと捨てられ、一人になる。


 コレットが望むのは平穏な幸せだ。

 愚かな間違った道を選んでなるものか。

 だが現実は残酷だし、心身ともに危険しか感じない。


 目下、最善の策はガラスの靴の破壊のような気もするが、肝心の靴はエリクの部屋にある。

 うっかり入室しようものならその日に結婚させられかねないのだから、安易には動けない。

 危険な橋を渡らずとも、時間の経過で女神の魔法もガラスの靴も消える。



「今はとにかく、距離が大切ね」


 物理と心理の距離を、できる限りとる。

 これが一番安全で確実な方法だろう。


 だが王宮からの招待を体調不良で断り続けるのにも限界があるし、このままでは更なる冤罪やエリク訪問の危機すらある。

 どうにかしなければ未来はない。


「お姉様にバレたら、エリク様に筒抜けの可能性が高いわ。ここは慎重にいかないと」

 アナベルはコレットのことをとても大切にしてくれるが、この件に関してはほぼ敵のようなものだ。

 絶対に悟られてはいけない。


 距離を取るとなれば、遠方への移動が確実。

 シャルダン伯爵領に行ったことはないけれど、王都から数日かかるという距離が素晴らしい。

 ただ、ここでシャルダン家の馬車を使えばすぐにばれてしまうので、街の乗合馬車を使うのが無難だろう。


 それから数日、コレットはいつもどおりにゴロゴロとソファーに転がってシナモン入りのクッキーを食べながら、頭の中で計画を練っていた。




 その日、コレットは平民時代の質素な服に身を包むと、朝早くにそっと邸を抜け出した。

 昔は何とも思わなかったのに袖を通した時に生地のごわつきを感じ、それだけ貴族の生活に慣れたのかと少し怖くなる。


 このままずるずると貴族として暮らしていったら、いずれコレットはコレットでなくなってしまうかもしれない。

 自分でも馬鹿な考えだとは思うが否定はできず、ただ母が縫ってくれた服の裾を握り締めた。


 少しずつにぎわい始める朝の街で買い物を済ませると、そのまま乗合馬車に乗り込む。

 馬車の中には子連れの夫婦、行商人の男性、足腰の弱った老人、旅の女性。

 街で聞いた通りの値段だったし、他の客と少し話をしてみても特に違和感はない。

 行き先も確認して安心すると、ほどなくして馬車は走り出した。


 ガタガタと揺れる馬車から、外の景色を眺める。

 街を通り抜けると緑が多くなり、鳥の声も聞こえ始めた。

 そうだ、こういう音に囲まれてコレットは生活していた。

 決して裕福ではなかったけれど、それでも母と二人で幸せだったのだ。


 何日か馬車を乗り継ぐつもりではあるけれど、領地の邸で受け入れてもらえないようならそのまま旅に出てもいいかもしれない。

 最低限の家事はできるし、給仕でも職人に弟子入りでもして働けば何とかなる。


 アナベル達には申し訳ないが、ほとぼりが冷めた頃に無事を知らせる手紙を出せばいいだろう。

 エリクとも、もう二度と会うことはない。


 ちょっと寂しいと感じるのは、女神の魔法のせいだ。

 間違ってはいけない。



 そうして少しうとうとし始めた頃、急に馬車が停止した。

 今宵の宿を取る予定の街まではまだあるはずだが、どうしたのだろう。

 ざわめく乗客達のところに、御者の男性がやって来るとため息をついた。


「馬車が故障したから、修理のために少し停車する。悪いがお客さんはこの邸で待っていてくれ」


 御者の言葉に乗客達は文句を言いつつも荷物を持って動き出す。

 ちらりと窓から覗くと、そこにはかなり立派な建物が見えた。

 馬車の故障はよくある話だが、休憩のためにこんな邸を使うだろうか。


 すると、身構えるコレットの肩を旅の女性が軽く叩いた。

「今回は運がいいわよ。この間は森の中で立ち往生して、虫がいっぱいで本当に酷い目に遭ったから」


「そう、なの? 大変ね」

 確かに森の中で放り出されたら、待っているのも一苦労だ。

 そう考えると確かに運がいい。


「ついでに美味しいお菓子でも出るといいわね」

「そうね」

「私、シナモンの利いたクッキーが好きなの」

「私も!」


 女性の笑顔につられて微笑むと、何だか少し気持ちが楽になった。

 そうだ、さすがに気にし過ぎだ。

 コレットがいないと気付かれたとしても、その行先まではわからない。


 仮に領地に向かっていると知っても、早朝から行動しているコレットに追いつくのはまだ不可能だ。

 どちらかというと人攫いなどを警戒するべきだろう。


 色々と考えながら、促されるままに邸に入ったコレットは、いつの間にか女性が別の部屋に行ったことにも気付かない。


 そうして御者の男性に案内された部屋の扉を開けると、そこには黒髪に紺色の瞳の美しい少年――エリクの姿があった。



次話 「無事で良かった」

 「逃がさないと言ったよね」

 「逃げてない。出かけただけ」


明日も1日2話更新予定です。



【発売予定】********


12/21「さあ来い、婚約破棄! 愛されポンコツ悪女と外堀を埋める王子の完璧な婚約破棄計画」

  (電子書籍。PODにて紙書籍購入可)

12/30「The Dragon’s Soulmate is a Mushroom Princess! Vol.2」

  (「竜の番のキノコ姫」英語版2巻電子書籍、1巻紙書籍)


是非、ご予約をお願いいたします。

詳しくは活動報告をご覧ください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 当たり前のように現れるエリク
[一言] 当然のようにストーカー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ