第九話 どきどきシャワータイム
イラストは桜宮さんの部屋に飾るということで何とか納得してもらった。
ふぅ……実に危ないところだった。
「ところで桜宮さん、あんなにたくさんザリガニ捕ってどうするんだ?」
「ん? もちろん食べるんだが?」
「へっ!? ザリガニって食えるのか?」
知らなかった……というか食べ物として見たことはなかった。
「もちろん。私の得意料理でもある。良かったらみこちんも食べてみるか?」
おお……憧れの桜宮さんの手料理を食べられるビッグチャンス到来。
これがザリガニじゃなかったら素直に喜べるのだが。
うぞうぞ動いているザリガニを眺める。
むう……ま、まあ、エビカニだと思えなくもない……かな。
「あ……でも、晩御飯、昨日の残りがあるんだった……」
「ふふっ、みこちんはせっかちだな。泥抜きやなんやらで食べられるのは早くても明後日だぞ」
そうなのか。意外と下処理が面倒くさいんだな。
「準備が出来たらまた来るから、楽しみにしておいてくれ」
マジですか!? ありがとうザリガニさん。貴方たちの尊い犠牲を私は生涯忘れることは無いでしょう。
「そうだ、外で水道借りても良いか? 胴長を軽く洗っておきたい。後、軽く汗を流したいからな」
「ちょっと待て。胴長はともかく、庭で行水はまずいだろ?」
「大丈夫、ちゃんと水着を着ているから」
そう言って中に着ているスクール水着を見せてくる桜宮さん。
ちょっと待て。そういう不意打ち禁止。鼻血が出そうになるだろうが。
「と、とにかく風邪ひいてもいけないし、シャワー使って良いから!!」
「良いのか? 何から何まですまないな」
いいえ、俺の方が得るものが多いのでお気になさらず。
◇◇◇
「あの桜宮さんが、俺の家でシャワーを浴びている……」
言葉だけ見ればドキドキなシチュエーションだが、残念ながら色気はゼロだ。
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経……」
一生使うことは無いと思っていたが、まさかこんなところで役に立つとは。
ありがとう、般若心経。
「ふ~っ、良い湯だった。ありがとうみこちん」
こちらこそありがとうございます。
ほんのりと上気した肌と湯上りの良い香りにくらくらしてしまう。
昨日までの灰色だった世界が、いきなり色彩鮮やかに変わるなんて……人生何が起こるか分からないな。
そう……良いことも……悪いことも。
「そういえば、今日はみこちんの御家族はいないのか?」
「家族は……いないんだ。両親は半年前事故でさ」
桜宮さんは悪くない。両親の事故のことを知っているのは、先生と一部の幼馴染ぐらいだし。
「……そうか。悪いことを聞いてしまったな」
「いいや、桜宮さんが気にする必要なんてないし、もう慣れたから」
嘘じゃあない。
それだけは伝えたくて、しっかりと彼女の目を見つめ返す。
「なあ……みこちん、ずっと気になっていたんだが、その桜宮さんっていう呼び方、よそよそし過ぎるんじゃないか?」
ふっと悪戯っぽく笑みを浮かべた思えば、いきなり何の話だよ?
「へ? いや、だって……他になんて呼べば?」
「撫子」
まさかの名前呼び。
ちょっと待て。いくらなんでもそれはハードルが高すぎるんじゃあないのか?
「あの、桜宮っていうのじゃ駄目?」
「撫子」
くっ……この頑固者め。
ああわかっているさ。どの道俺に選択肢などないってことは。
俺は心の中で撫子撫子……とすでに練習を始めていた。




