第八十三話 看板娘
「いらっしゃい。うおっ!? めっちゃ美人さんじゃねえか。親父のやつちゃんと言っといてもらわないと心臓が持たんだろうが……」
お菓子と飲み物を乗せたトレイを持って部屋に入ってきた若い男の人。
誰だろう美人さんって……もしかして独り言?
「こ、こんにちは、黒津菫です」
「ああ、俺は斉藤直樹、親父は用事で手が離せないから、代わりに俺がもてなせってさ。なんで俺がせっかくの日曜にそんなことやらなきゃならないんだよって思ってたんだけど、菫さんみたいな美女とお話できるならラッキーかもな」
「ふえっ!? び、美女!? 私が?」
この人、目が腐っているんじゃないだろうか? もしくは女性の趣味が悪いとか? あ、そうか……もてなせっていわれたから無理やり褒めてくれているのかも。きっとそうだ。
「どこからどう見ても非の打ちどころがないでしょ。よく言われない?」
「一度も言われたことないですけど……」
あまり言いすぎるとかえって嘘っぽくなりますよ、直樹さん。もちろん褒められて悪い気はしないのですが。
「マジで!? どんだけ見る目が無いんだよ。それよりコレ、すあまっていう和菓子なんだけど、食べたことある? あとコーヒーだけど、ミルクと砂糖入れたかったら、これ使って」
初めて見るすあまという和菓子は、白と薄紅色のピンクが可愛い。
「お、美味しいです……」
「へえ、そうなんだ。俺も一つもらって良い?」
「ど、どうぞ」
「おおう、控えめな甘さが良いなコレ!! 俺、甘いの駄目なんだけどさ、これなら食べられる。コーヒーとも合う……って、あっちいっ!?」
よほどコーヒーが熱かったのか、口に含んだ瞬間噴き出しそうになる。
「ふふっ、直樹さんて面白い方なんですね」
同世代の男の人とこんなふうに話したのは初めて。笑ったのも初めてかもしれない。
「えっ!? 直樹さんって小説を書いているんですか?」
「まあ今のところは趣味で書いているけど、いつかはプロの小説家になってみたいとは思ってる」
「素敵だと思いますよ。今度ぜひ読ませてください」
「言ったな? 嫌だと言っても読んでもらうぞ、ふふふ」
ああ……楽しいです。この時間がずっと続けばいいのに。
「それにしても羨ましいなあ、命のやつ。菫さんも嫁ぐことになるんだろ?」
「羨ましい……ですか? でも私なんかが嫁いでも迷惑にしかなりませんし」
「えっ!? 何で?」
直樹さんに手袋をしたままの手を見せる。
「この手のせいで、私は料理もできないし、お風呂も別々、洗濯や水回りはもちろん、結婚したとしても、触れ合うことすら出来ない欠陥品なのです」
「ふーん、親父から聞いてるけど、でも俺はカッコイイとしか思わないけどな。だって毒手とかロマンだろ? 菫さんは欠陥品なんかじゃねえよ」
「か、カッコイイ? 私が?」
そんなこと考えたこともなかった。
「そ、それに……私、醜いですし」
「まだ言ってんの? なんでそんな風に思い込んでいるのかわからないけど、少なくとも俺はとても綺麗だと思うし、可愛いって思ってるよ」
「……趣味悪いんですね」
嬉しいのにそう言い返すのが精一杯。
「多分ね、それも菫ちゃんの持って生まれたスキルの一種だと思うよ」
「お、親父!? いつの間に……」
気付いたら正樹おじさまが私たちの後ろでニヤニヤしながら立っている。
「あ、あの、正樹おじさま、スキルって?」
「うーん、あくまで推測なんだけどね、例えば心に邪念が無い人にはありのままの姿に見えるけれど、そうでないものには自らの醜さがそのまま投影されて見える……みたいな?」
そんな馬鹿なこと……でも、そう言われれば納得できるような気がする。
何度か褒められたことがあったし、自分で鏡を見ていても、正直どこが醜いのかよくわからなかったのだから。わずかに引っかかっていた違和感はスキルのせいだったのか?
「まあ、それはおいおい調べていけばわかることだからね。それより直樹、他人の許嫁を堂々と口説くなんてどういうつもりだ?」
「あ、いや、別に口説いていたわけじゃなくて、ただ本当のことを……」
「そ、そうですよ、正樹おじさま、私のことなんか口説くわけないです」
「……まいったね、これはどうしたものかな」
苦笑いする正樹おじさま。
おじさまと直樹さんに何か迷惑をかけてしまったのではないかと不安になる。
「菫さん、大変だとは思うけど頑張れよな。命は本当に良いやつだから。それは親友の俺が保証する。きっと幸せにしてくれる。悔しいけどな」
別れ際、見送ってくれる直樹さん……悔しいって? 私のことを気にしてくれているのだろうか。どのみち私に選ぶ権利などないのだけれど。
「黒津菫です。どうぞよろしくお願いいたします」
「初めまして。天津命です」
とても優しそうで素敵な方。許嫁の皆さまも輝くように綺麗で優しそうな人ばかり。私のことを蔑んだまなざしで見下ろしてくる人なんて誰一人いない。
「菫さん、黒津家の手前、追い返すわけにもいかないから、うちの屋敷に住んでもらって構わないんだけど、ごめん……許嫁の件は受けられない」
命さんは丁寧に説明してくれた。黒津家がこれまでどんなことをしてきたのか。
全身の血の気が引いてゆくような衝撃だった。
もしかしたら私の作った薬も悪用されていたのかもしれない。唯一の生きてきた証が否定されたようで涙が止まらない。
それはそうだ。私が命さんの立場なら、1000%拒否するだろう。感情的になって手を出していたかもしれない。
でも命さんは私がなるべく傷付かないように言葉を選んで、隠すことなく誠実に、丁寧に説明してくれた。これからの私の生活のことも申し訳ないぐらいちゃんと考えてくれている。これ以上、何を求めるというのか。
「……というわけで直樹さん、こちらで働かせていただくことになりました」
「す、菫さあああん!!!」
黒津家を刺激しないために当面は許嫁を装って天津家の屋敷に住まわせてもらいつつ、斉藤商店で働くことになった。ちょうど看板娘が欲しかったとか、これで孫の顔が見れそうだとか騒いでらしたけれど、いくらなんでも気が早いです。正樹おじさま。
◇◇◇
「ごめんね命くん、無理言っちゃって」
『良いんですよ。俺だって直樹の好きな子を横取りするみたいなマネしたくありませんし、菫さんも直樹のこと好きみたいでしたからね』
「今度、お詫びに命くんの大好きなすあま、差し入れするからさ」
『正樹おじさん……なるべく、出来るだけ多めにお願いします!!』
「よ、よくわからないけど切実なんだね……わかった。たくさん用意しておくから」




