第八話 私とみこちんの間に隠し事は無しだ
家に戻り、縁側に腰かけイラスト用のタブレットを起動する。
予想外のことが立て続けに起きてすっかり忘れていたが、今日は描きかけのイラストを仕上げようと思っていたんだ。
……うーん、いまいち集中できない。
桜宮さんのことが気になって仕方がない。こんな状態では良いものが描けるとは思えない。
早々に続きを描くことを諦める。
「桜宮さんを描いてみようかな……」
ふと思いついたアイデアだけど、悪くない気がしてきた。
モチベーションも高い、今なら描けそうな気がする。
……無理でした。
彼女の魅力を1割も表現できていない気がする。
「くっ……我ながら力量不足で嫌になる。いや、むしろ魅力的すぎる桜宮さんが悪いのか……」
「私がなんだって?」
「ぎゃあああああああああ!?」
「なんだ、人を恨みを持って死にそのまま成仏出来ずに悪霊化した人間みたいに」
「びっくりさせないでよ、桜宮さん」
いつの間に戻ってきていたんだ? っていうか、今の独り言聞かれていないよな……? さりげなくタブレットを後ろに隠す。
「……もしかして、全部聞いてた?」
恐る恐るたずねる。
「いいや……それより今、後ろに隠したものを見せてもらおうか?」
くっ……目ざとい。
「こ、これは……ちょっと」
「私の名前を口に出していただろう? もしかして私に関係しているものじゃないのか?」
くっ……鋭い。でも本当に聞こえていなかったみたいで一安心。
「先程も言ったが、私とみこちんの間に隠し事は無しだ」
いつの間にそんな契約が成立していたのかわからないが、俺は押しに弱い。
だが待てよ……これは考えようによってはチャンス。
桜宮さんも俺に対して隠し事は出来なくなるということじゃないのか? ふふふ。
よし、見せよう。俺は腹をくくった。実際、部活以外で他人に絵を見せるなんて機会はないから、反応が気になるという欲求も背中をぐいぐい押してくる。
ドキドキしながらタブレットを渡すと、桜宮さんが驚いたように目を見開く。
「……これはっ!? 見たことがない妖魔だな……?」
ごめんなさい、貴女です。なんて絶対に言えなくなっちまった……。
でも……え……妖魔!? 妖精さんじゃなくて!?
今回ばかりは技量不足で助かった……のか? すごーく複雑ではあるけれど。
「ん……? どうした浮かない顔をして」
おーい、俺はどんだけ顔に出やすいんだよ。いや待て、桜宮さんが普通じゃないのかもしれない。俺、何考えているかわからないってよく言われるし。
どちらにしても、誤魔化せないじゃん……俺、ピンチ。
「何度でも言うが、私とみこちんの間に……」
「わかった、わかったよ。ちゃんと言うから!!」
満足げな表情で大きく頷く桜宮さん。くっ……いちいち可愛い。
「あ~、その、さ、その絵なんだけど、実は桜宮さんを描いたつもり……だったんだよね……」
「な、何だとっ!?」
オーバーアクションで大きな瞳を更に見開く桜宮さん。
うわ~絶対に怒られる。怒られるだけならまだ良いけど、軽蔑されたら嫌だ。
「おいおいみこちん、私はこんなに綺麗じゃないぞ? ふふふふ」
……あれ? なんか上機嫌で照れてる? いや、おかしいでしょ!! 妖魔で良いのかいっ?
「なあ、みこちん、この絵をもらっても良いかな?」
え……? 欲しい? この絵を? 桜宮さんが?
「も、もちろん!! データで送る?」
「データ? 私は機械を持っていないからな。出来れば紙で欲しいんだが」
「き、機械!? わ、わかった、じゃあプリントアウトするよ」
めちゃくちゃ嬉しい。顔がにやけてしまう。どうせ隠してもバレるんだろうけど別に構わない。
「……プリン? よくわからないが、いただこうか」
本気なのか天然なのかわからないが……すあまをあれだけ食べてまだ食べられるんですね?
たしかとっておきが冷蔵庫にあったはず。仕方ない、出すか。
縁側に腰かけキンキンに冷えたレモン水と秘蔵のプリンを堪能する美少女の図。
ああ……この縁側を今日から『桜宮ウッドデッキ』と命名しよう。ザリガニの池は撫子池なんちゃって。ふふふ。
「すまないな。この絵は神社の一番目立つ所に飾ろうと思う。何となく邪気を祓えそうな力を感じる」
プリントアウトしたイラストを眺めながらそんなことを仰る桜宮さん。
それだけは勘弁してくれっ!?
人生で初めて本気で土下座した。