第七話 アリ寄りのナシ
クーラーボックスを持って戻ると、夢中ですあまにパクつく桜宮さんがいた。可愛い。
そんな彼女を愛でるために一句詠みたいところだけど、俺にはそんな文才は無い。
「おお、みこちん、何だこれは!! この桜色の食べ物、初めて食べたが美味しいな」
桜宮さんの手が最後のすあまに伸びる。
あ……それ俺のすあま……。
止めることなんて出来るだろうか? いいや出来ない。俺は彼女の一挙手一投足に夢中だ。
最後のすあまを見送ることしか出来ない。
イラスト/星影さき様
……一緒に食べようと思ってたんだけど、皿をわけるべきだったな。
くっ……まさかここまで気に入ってもらえるとは。
それにしても食べるの早いな!? 八個あったはずなんだけど!?
でもそんなに美味しいなら、俺も食べてみたかったよ……。
『すあま』、小説家になってやるで読んだエッセイに出てきた関東名物の和菓子。
ここも一応関東ではあるものの、売っているのを見たことはなかった。
おばさんが東京へ行くって言ってたから、頼んで買ってきてもらったとっておきのやつだったんだけど。
でも……良いんだ。桜宮さんが喜んでくれたんだから別に良いんだ。
和菓子一つでへこむような軟弱な男だとは思われたくないし、すあまだって彼女に食べてもらったほうが幸せだったに違いない。
「ごちそうさま。ん……? どうした浮かない顔をして」
くっ、顔に出ていたのか!? ここはなんとか誤魔化さないと。
「いや、気のせいじゃないか? 別に普通だって」
「ほお……だったら私の目を見てみろ」
ぐっと顔を近づけてくる桜宮さん。近い、近いって!!
「やましいことがなければ、真正面から私の目を見れるはずだろう」
いやいや、たしかにやましい気持ちでいっぱいだけど、やましいことがなくたって無理だから。心音がうるさい、絶対に顔が赤い。駄目だ……彼女の圧に耐えられない、もう正直に言うしかない。
「実は……」
「ふふふ、それで良い。私とみこちんの仲じゃないか。隠し事は無しだ」
さっきまで名前も知らなかったのに仲とか言われても……なんて思わない。嬉しくてしょうがないんだから我ながらチョロイ奴だ。
正直に白状した。
「そうか……それは悪いことをしたな」
眉間にしわを寄せて困っている桜宮さん。
美人はどんな顔も絵になるなあ……なんてしょうもないことを考えてしまう。
困ることなんて少しもないんだ、俺がちゃんと言わなかったのが悪いんだから。
「そうだな……良かったら部分的に戻すことも出来るが?」
思案していた桜宮さんがそんなことを言い出す。
えっ!? そんなこと出来るのか? まさか桜宮さん時空魔法の使い手とか?
おもむろに手をかざすその所作は舞のように美しい。
彼女ならもしかして? と思ってしまう神秘性が彼女にはある。
「ま、待ってくれ、大丈夫、戻さなくて大丈夫だから!!」
思わず見惚れていたが、口の奥に指を突っ込もうとする桜宮さんを慌てて止める。
いくらなんでもリバースは……アリ寄りのナシだ。
そういえば動物たちは、親が一度体内で半分消化したものを子に与えると聞いたことがある。
冷静に考えてみれば、ある意味間接キスの親戚といえるのではないか?
勇気を出せ、命。
こんなチャンスはもう二度と無いかもしれないんだぞ?
「そうか……じゃあ私はまた池に戻るから」
空になったグラスと主を失った皿を片付ける。
俺は……一線を超えられなかった。