第六十一話 勘違いしないでよね
「……あの~、お取り込み中申し訳ないんですけど、彼女知り合いなんで勘弁してもらえませんかね?」
おいおい……飛び込んでみたら、思った以上にヤバい状況だった。
那須野さんは……意識が無いみたいだな。間に合ったんだと良いけど。
それにしても、なんなんだよこの男は? めちゃくちゃじゃないか。
「……なんだ貴様は?」
視線で人を殺せるのならそうしたいと思っているんだろうな。なんて冷たい目だよ。
それにしてもだ……今時貴様とか言う奴いたのか……っていうか、この男誰かに似ている……なっ、危なっ!?
飛んできたナイフと針を避ける。
毒が塗られているかもしれないので、一応ね。
「いきなり殺す気かよ?」
「当たり前だろう? 邪魔者は消す」
駄目だ……こいつはヤバい人。会話が通じない。なんなんだよ。
「俺は天津、天津命だ。宗主家の人間として命じる。下がれ」
こいつも一応一族の人間。なら駄目もとで言ってみる価値はある……かな?
「天津命? 宗主家がなんでここに。くっ……わかった。今日のところは引く」
おお、効果抜群じゃないか。すごいな宗主家。
◇◇◇
「おおっ!! それでは君が宗主家次期当主の天津命くんだったのか」
「はい、茉莉さんにはいつもお世話になっております。ところで……このままで大丈夫なんですか?」
ご両親には事情を話してある。
那須野さんは毒の影響か、いまだに意識が混濁しているようで、俺の手を離そうとしない。よほど怖かったのだろう可哀そうに。
「大丈夫、もうそろそろ戻るはずですよ」
とてもお綺麗なお母様が柔らかくほほ笑む。
「天津……助けて……天津……って、あれ? やっぱり来てくれたの? 天津~!!」
目が覚めるなり抱き着いてくる那須野さん。
「怖かったんだから!! 来るならもっと早く来なさいよ、馬鹿あああ!!」
泣きながら思い切りポカポカ叩いてくる那須野さん。耐久力が上がっているから痛くはないが、知らなかったとはいえもっと早く来れたなら、那須野さんがここまで被害を受けることはなかった。
「ごめん、遅くなった」
「うわーん……もっとぎゅってしなさいよ」
泣きながら甘えているのだろうか? なんだか可愛い。しかし、ご両親の前でぎゅってしていいのだろうか?
「命くん、すまないが娘をぎゅってしてもらえないだろうか?」
お父さま、その強面でぎゅっととか言われると笑ってしまうんですが。
「あらあら、まあまあ。茉莉ったら命さんにべったり甘えちゃって」
そうか、ご両親がそういうなら是非もなし。
「え!? あ、あれ!? お父様? お母様? あ、天津、ち、ちょっと待った」
那須野さんはご両親の目の前だと気づいて慌てて止めるがもう遅い。
「ふわあ!?」
すでにぎゅってしてしまっていたから。
「……は? 天津が宗主家の人間? 次期当主!?」
「ああ、どうやらそうらしい」
「宗主家ってことは……あの黒津家よりもずっと偉いんだよね?」
俺は正直言ってよくわからない。
「もちろんだとも。ましてや命くんは『稀人』だ。黒津家といえども、何も出来まい」
「じゃ、じゃあ、私をあの男から助けてよ」
たしかにあんな狂ったやつに付きまとわれたら悪夢だよな。
「命くん、私からもお願いする。どうか娘を助けてくれないか」
「命さん、お願いします」
「はい、もちろん全力で茉莉さんを守りますよ。俺はそのためにここへ来たんですから」
「おおっ!! それは頼もしい。命くん、今日はそのまま娘を連れて行ってくれたまえ」
「あら素敵ね。茉莉、荷物は後で届けるから、命さんと幸せになるのよ」
今更言うのもアレなんだけど、皆さん許嫁になる展開早すぎません!?
「え……? ちょ、ちょっと待って、さっきと話が違うじゃない!?」
慌てる那須野さん。そりゃそうだ。俺だって神メンタルがなければ平静ではいられない。
「なんだ、茉莉は命くんが相手では嫌なのか?」
「べ、別に嫌なわけじゃ……で、でもいきなり同居なんて……」
「茉莉、次期当主の命さんの婚約者になるなら、躊躇っている暇はないわよ。世界中の女性がその座を狙って動き出す前に、既成事実を作ってしまうのです」
「き、既成事実っ!? ま、まだ早いですお母様」
うむ、まだ早いですよ、お義母さま。
「それにな茉莉、今回のことで黒津家を敵に回した可能性がある。安全面を考えてのことなのだよ」
そうだ。葵に執着をしている黒津頼人とさっきの黒津剣人。多分兄弟か何かだろうが、明らかに敵意を持っている。直接手を出してくるほど馬鹿じゃなさそうだけど、何を仕掛けてくるのか油断はできない。
「ねえ、天津……本当にいいの?」
なんやかんだで、本当に那須野さんをお持ち帰りすることになってしまったんだが。
「もちろん、那須野さんさえ良ければ歓迎するよ」
「……ねえ、その那須野さんってやめてくれない?」
「……じゃあ、茉莉?」
「……うん」
普段気が強い茉莉の貴重な素の表情に見惚れてしまう。
「な、何よ? そんなに見つめちゃって」
「あ、いや可愛いなって」
「……馬鹿」
「は!? もうすでに菖蒲も一緒に住んでいるの? な、七人? あんたどこの石油王よ!!」
茉莉に状況を説明したら、これ以上ないほど盛大に呆れられた。
「撫子はともかく、なんだか私が最後って悔しいわね」
いつもの調子が戻ってきた茉莉。
「まだ増えるかもしれないけどな」
「女神さまの話だっけ? 許嫁を集めてこの国を救えって?」
「ああ、そういうことらしい」
「ふーん……まあ良いわ。ねえ、菖蒲とはキスした?」
顔真っ赤だぞ。そんなに恥ずかしいなら聞かなければいいのに……
「まだしてないけど」
「そうなんだ……ねえ天津、目つぶって」
言われた通りに目を閉じると、唇にやわらかい感触が。
「か、勘違いしないでよね!! 助けてくれたお礼と、私の能力強化のためなんだから!!」
つ、ツンデレキター!!
あんまり可愛いので、思わずお返しのキスをしてしまう。
「勘違いするなよ。能力強化は、俺からしないと効果が半減するからな」
「そ、そそそうなんだ……」
わかりやすく挙動不審に目をぐるぐる回す茉莉。
「嘘だけどな」
「なっ!? ば、馬鹿ああああ!!」
真っ赤になって怒る茉莉がかわいい。
「……ずいぶんとお楽しみですね」
「ひぃっ!? あ、葵、い、いつの間に?」
背後から極寒の視線と気配を受けて背筋が凍りつく。
「お二人とも、荷物が重いので手伝ってもらえませんか?」
葵の手には重そうな買い物袋がいくつもぶら下がっている。
「「……はい」」
「それでは御主人さま、目をつぶってください」
買い物袋を両手に持って両手がふさがっている俺の唇を奪う葵。
自らの行動に照れまくり目をぐるぐるさせるところまではお約束。
「さ、さあ御主人さま、勘違いさせてください」
仕方がないので、目を閉じて待っている葵に勘違いさせる。
「こ、これが……ハーレムと言うやつなのね……」
戦慄する茉莉とフラフラになって使いものにならない葵。通行人の視線が痛い気がする。




