第六話 どうしてそんなに良くしてくれるんだ?
桜宮さんと池までやってきた。
池といっても学校のプールなんかよりはるかに大きい。あまり使っていないけれど、ボートも繋いであるくらいだからね。
「ところでザリガニのことなんだけど……」
「安心してくれ、ちゃんと半分に分けるから」
「あ、いや好きなだけ持って行ってもらって構わないんだけど、中に入るつもりなら深いところもあるから気をつけて」
「ありがとう。大丈夫、緊急時にはこの笛を吹くことにするから」
それって俺が助けに来る前提なんでしょうか? まあ来ますけどね。
「それでだな……みこちんには謝らないといけない」
申し訳なさそうに項垂れる桜宮さん。え? なんだろう、謝られるようなことをされた記憶は……顔と名前を覚えていなかったことぐらいしか思い当たらないが。
「ザリガニ釣りセットが一つしかない」
「な、なんだそんなことなら気にしなくて良いよ。俺は家でやることあるから、好きなだけザリガニを採って」
「……みこちんは良い奴だな。感動した」
「へ? そ、そんなことないって。そ、そうだ、後で飲み物持ってくるから。大抵のものならあるけど何が良い?」
「そうだな……できれば聖水が飲みたいかな」
しまった……大抵のものがあるなんて言った手前、無いとは言い難いじゃないか。っていうか聖水って何?
「ごめん、天然水ならあるけど……?」
「ああ、それでも構わないよ。ありがとう」
ほっ……どうやら大丈夫なようだ。
すでに彼女の視線は池の中へと移っている。
俺は桜宮さんに一声かけてから、家に戻る。
本当はずっとここに居たかったけど、邪魔をしたら悪いからね。
◇◇◇
「……そろそろ良いかな?」
すでに一時間以上経っている。桜宮さんもそろそろ休憩をとったほうが良い頃合いだろう。
キンキンに冷やした天然水にレモンを添えて、家政婦さんからお土産にいただいた『すあま』という和菓子を持って池へと向かう。
「桜宮さん、飲み物持ってきたよ。そろそろ休憩したら?」
「わかった、少しだけ待ってくれ、今良いところなんだ……よし、採った!!」
池の中程で歓声を上げる桜宮さん。
手には巨大なザリガニ。彼女の顔ぐらいあるサイズだ。何これ……こんなデカいのが居たの?
「で、でかいね」
「ふふふ、そうだろう? おそらくヌシ級の大物に違いない」
満足げに頷く桜宮さん。笑顔が尊くてヤバい。まるで伊勢海老を持った女神さまに見えますよ。
「しかし……困ったな。大量過ぎてもう入らない」
大きいとはいえ、バケツではこれ以上は無理そうだ。
「釣り用のクーラーボックス持ってこようか?」
「それは助かるが……どうしてそんなに良くしてくれるんだ?」
キラキラ瞳を輝かせる桜宮さん。
「べ、別に大したことじゃないし。待っててすぐにとってくるから。水道はあそこにあるから。あとこれタオルも使って良いから。冷たいうちに飲んで」
持ってきた天然水とすあま、タオルをトレイごと地面に置く。
「ありがたい、ちょうど喉が渇いていたんだ。君は本当に良いみこちんだね」
良いみこちん……悪いみこちんもいるんでしょうか? 気になります。
イラスト/遥彼方さま