第五十七話 駄菓子屋の紅葉
妙な雰囲気になったところで霧野先輩と別れて、今度こそ駄菓子屋へ向かう。
だがしかし……
「……ここで何しているんです? 楓さん」
店内には何故か先ほど別れたはずの女刑事楓さんの姿が。
「あら? さっき君が駄菓子屋に行くって聞いたらなんだか無性に食べたくなってね。命くんこそ、遅かったじゃない。一体どこで寄り道していたのよ?」
不満そうに睨んでくる楓さん。ええ……俺が悪いんですか? たしかに寄り道してましたけどね。
楓さんの赤い買い物かごは山盛りの駄菓子で一杯だ。財布もないのに買う気満々じゃないですか。
「……もしかして、俺のことを待ってました?」
「そうなのよ~、お財布忘れたことすっかり忘れちゃって……」
この女性、見た目だけならすごくカッコイイのに、なんでこんなに残念なんだろう。
「わかりました。俺がまとめて会計しますよ」
「信じていたわ、命くん」
二人分の買い物を終えて店を出る。
「わーい、本当にありがとう。そうだ、今度御礼にデートしてあげるわね」
そういって腕を組んでくる楓さん。
「…………」
「何よ? 不満そうじゃない。これでも私警察内部ではモテモテなのよ?」
そうだろうな。そこらへんのアイドル顔負けのルックスだし。
別に不満とかじゃなくて、俺には撫子さんと葵、桜花さんという許嫁がいるからな。女神さまからは許嫁を集めろとは言われているけれど、それとこれとは話が別だ。
無節操に増やせば良いってもんじゃないし、そもそもこういう環境に理解がある一族の人間でないと難しいだろうし。
あれ……? そもそも許嫁って何人集めればいいんだろう。今度チャンスがあったら女神さまに聞いてみなくては。
「御礼なんて良いですよ、それに俺、こう見えて許嫁がいるんで」
三人もいるなんて言えないけれど。
「……許嫁? ああ、桜宮撫子と桜宮桜花、それから星川葵ね。あと数人候補がいるみたいだけど問題ないわ。私も許嫁だから」
さらりととんでもないことを言う楓さん。へ? 何でそれを……!?
「ふふっ、何でそれをって顔してるわね。国家権力の力を甘く見ないように」
にっこりと笑う楓さんが怖い。え……もしかして俺って家の中まで監視されてるとか?
さすがに恥ずかしすぎるんだけど……。
「あはは、さすがにそこまではしないわよ」
楓さんに内心を言い当てられて焦る。ちょっと待て、楓さんも心が読めるのか?
「接触していれば、ね」
なるほど、ゆり姉と同じようなタイプなのか。犯人からしたら絶望そのものだろう。
「……もしかして楓さんも一族関連だったり?」
ここまでくるともしかしなくてもそうなんだろうなあ……。
「ふふっ、正解。私の任務は貴方の警護も含まれているから、一族半分、国家の仕事半分かしら?」
なるほど……これは安心して良いのか、監視されていることを嘆くべきかわからん。
「あの……ところで楓さんが許嫁って?」
許嫁の定義がおかしい気がするのは俺だけなのだろうか?
でも、みんな普通に使っているから、きっと俺が間違っているんだろうけど。
「あれ……? 聞いてないの? 君、世界中の一族から狙われているんだからもっと自覚したほうがいいわよ?」
……そういえば桜花さんがそんなことを言っていたような?
「狙われるって、どっちの意味でしょう?」
「ふふ、両方よ。残念ながら中には君の命を狙っているものもいるわ。国の安寧よりも己の利益と欲望にしか興味がない愚かな連中よ」
マジか……でもまあ考えてみれば当たり前なんだよな。過ぎた力は禍も呼ぶ。
もしかしたら父さんと母さんも……?
今更その可能性に思い至る。
今まで事故だと思い込んでいたけれど、殺された可能性もあるのか?
「…………」
心を読んでいるはずだが楓さんの返事はない。知らないのか、それとも……言えないのか?
「……楓さん、俺、どうすれば?」
そうだよ真実がどうであれ、逃げ場なんて最初からないじゃないか。俺が守らなきゃ誰がやるっていうんだ。撫子さんたちを守れないでどうして国が救える? 出来る出来ないじゃあない……数日前までただの高校生だった俺だけど……やるしかないんだ。
「ふふ、ずいぶん良い顔するじゃない。でもね、そんなに心配しなくても大丈夫よ。簡単でとってもいい方法があるわ」
長いまつげをバチッとウインクしてより密着してくる楓さん。見た目よりもずっと肉感的でがっちり掴まれているので、色々と困ったことになっている。
「……簡単で良い方法?」
そう言われて素直に喜べないのは、俺が汚れちまったからなんだろうか?
「私を今すぐ許嫁として受け入れればいいのよ」
「あの……それは本気で言ってます?」
昨日会ったばかりだし、歳の差もある。楓さんぐらい美人で有能な女性ならいくらでも相応しい相手がいそうだし、選り取り見取りだと思うんだけど……?
「本気も本気よ。今の命くんに出来ることは一つだけ。許嫁を増やして戦力を上げること。違う? こう見えても私、一族の中でもトップクラスに強いのよ?」
俺の手を取り、服の中に導き入れる楓さん。
え……いきなり……そんな。
おおう……すごい腹筋だ。
鍛え上げられた肉体に戦慄する。
「ね? すごいでしょ。命くんは知らないだろうけど、私はずっとキミのこと見ていたんだから」
自慢げにウインクする楓さん。そうか……ずっと見守ってくれていたんだよな。俺が知らなかっただけで。
鍛え上げられた肉体もそうだけど、気付かれずに警護する手腕は素直にすごいと思う。
「そうよ、きっと役に立つと思うわよ?」
あの……すごいのはわかったのでそろそろ手を抜いても良いでしょうか?
「駄目、私を許嫁にするまでは離さないから」
押しが強い楓さん。俺、ケーキとお菓子買いに来ただけなんだけど。どうしてこうなった?
「……わかりました。楓さんさえ良ければ俺に異存はありません。でもね、役に立つからじゃないですからね!! 楓さんだからですからね?」
残念なところはあるけれど、とっても良い人だし、昨日会ったばかりとは思えないほど、なぜか気になっている自分がいるのも間違いない。これも何かの縁、きっと女神さまのお導きなのだろう。
「……命くんって、ツンデレだったのね」
くすくす笑う楓さん。あ……言われてみればたしかに。くっ……殺せ。
「でも良かったわ!! これで仕事もやりやすくなるし、ケーキも食べ放題ね」
警護の仕事はわかるけど、ケーキ食べ放題は一体……?




