第五十二話 これは眠れない
「も、申し訳ございません……」
しゅんとして落ち込んでいる葵。
「う、うん……もう良いよ。誰にでも間違いはあるから」
主に撫子さんとか、撫子さんとか……。
「ふむ、加減がわからないなら、一度みこちんに背中を流してもらえば良いんじゃないか?」
背中の治療をしてくれている撫子さんが無責任なことをおっしゃる。
治療と言っても撫子さんが傷口をぺろぺろしてくれるわけだから、怪我をしたことは惜しくないわけだが。
「な、なるほど!! さすがは若奥さまです。御主人さま、ぜひお願いします!!」
なぜそうなるのか理解に苦しむが、全然嫌じゃないので反対はしない。
「わかった、しっかり覚えるように」
やるからには全力だ。力の出し惜しみをしては相手にかえって失礼だろう。
やましい気持など一切無い。これは単なるスキンシップ。レクチャーなのだから。
「はい、しっかりこの身体に御主人さまを刻みつけてください」
葵さん……言い方っ!?
「ふわあっ……そ、そこは駄目えええ!!!」
目をグルグル回してオーバーヒートする葵。
言っておくが、背中を流しただけだぞ?
まあ、少しずつ慣れていけばいいさ。慣れて良いのかよくわからないけどな。
◇◇◇
「御主人さま、夜のお務めもよろしくお願いいたします」
部屋に入ると葵がベッドの上で待っていた。
葵は別の部屋ということで安心していたんだが、どういうこと?
「みこちん、今更何を言っているんだ? 葵の力を引き出すために深い関係になるに決まっているだろう? それにだ、みこちんの新たな力が解放されるのであれば一石二鳥、あの夢のお告げは正しいという証明にもなるじゃないか」
……そうだったな。なるほど、だからお務めなのか。俺にとっては修行なんだが。
とはいえ女神様から託された使命のこともあるし。今後のことを考えれば逃げるわけにもいかない。葵や俺が強くなれば、皆の安全にも繋がるわけだし。
「仕方ないね、今夜だけは私は遠慮して別の部屋で寝るよ」
桜花さんがそう言って部屋から出て行こうとする。
ベッドの広さ的には四人でも余裕なんだが、たしかに俺の身体はひとつしかないからな。
だけど、いざ居なくなると聞くと、なんだろうこの物足りない寂しさは……?
「……命くん、そんな苦しそうな顔をされたら困るよ」
しまった……心の声が読まれた!?
いつの間にか、ニマニマ嬉しそうな桜花さんが隣にいる。
……結局四人で寝ることに。
「ご主人さま……さ、さあ、深い関係になりましょう」
銀色の瞳が恥ずかしさに濡れて揺れている。白磁のような白い肌はうっすらとピンク色に染まり、彼女の緊張がこちらにも伝染して……なんだか恥ずかしくなってきた。
「すー、すー……」
ちなみに撫子さんはすでに熟睡中だ。いつも思うけど寝つきがめちゃくちゃ良いよね。
コアラのように右腕に抱き着いて寝るのが撫子さんの定位置となっている。
「し、失礼します~!!!」
ゴンッ
「ぐはっ!?」
懐に飛び込んできた葵の膝が、鳩尾にきまる。撫子さんにロックされているので、避けようにも避けられない。
「あわわ……申し訳ございません~」
「くっ、やむを得ん」
これ以上のダメージを回避するために、目をぐるぐる回す葵を空いている左手で抱き寄せる。
「にゃああああ~!!?」
自由にしたら何をされるかわからないからな。許せ葵。
銀糸のような葵の髪がサラサラと頬に当たってくすぐったいけど、とても良い香りがする。
女の子ってみんな違う香りがするんだな。
しばらくじたばたしていた葵も、ようやく慣れてきたのか猫のようにぐったりされるがままの状態だ。
よしよし……良い感じだ……このまま寝てしまえば……
「命くん、私を忘れては困るよ?」
桜花さんが上から覆いかぶさってくる。
「お、重……」
「……何だって?」
「……何でもないです」
華奢な少女のような葵と違って、桜花さんの見た目よりも肉感的な大人ボディに押しつぶされながら思う。
ああ……これは今夜も楽に眠れそうにない。




