第五十一話 ナスの肉詰め
「ほほう……するとみこちんは、菖蒲と茉莉をおんぶして遊んでいた……ということだな? ずるいぞ」
いや……全然違うんだけど。
「ご主人さま、許嫁である私たちを差し置いて、他の女性をおんぶするとは、公平性の観点から問題だと考えます」
葵、おんぶに公平性があるなんて初耳……でもそうか……許嫁が増えてくるとたしかに問題になるかもしれないな。今から頭が痛い。
「命くん、私もおんぶ!!」
桜花さん……貴女は大人でしょう? まあしますけど。
どうにもおんぶをしないとおさまらないようで、結局ひとりずつおんぶして席まで運ぶ。
くっ、急がないとナスの肉詰めが冷めてしまうじゃないか。
幸い無尽蔵の体力のおかげで、どんなに足腰を酷使しても大丈夫なのは助かる。むしろ、柔らかい感触に意識を持って行かれないように集中することの方がずっと難易度が高い。
「おお……美味そう」
葵の作ったナスの肉詰め、香りも見た目も完璧じゃないか!!
「ふふ、当然です。私の知識と技術の集大成。さあ、存分に召し上がれ!!」
「う、美味い……美味過ぎる」
「みこちん……これが伝説のナスの肉詰め……なのか?」
「伝説じゃあないけど美味いだろ?」
「本当に美味しいね、これ」
桜花さんも蕩けた顔になっているが無理もない。
葵が集大成と豪語するだけあって、ひき肉のカリカリ感、ナスと肉のバランス、漬けダレも最高だ。肉汁、ナス汁、タレが混ざり合って三位一体の奇跡のハーモニーを奏でる。
これはご飯がすすむ。
「うおっ!? お米も変えたのか、葵?」
米粒がしっかりと立っていて、ハリも艶もいつもと明らかに違う。
「いいえ、炊き方一つでお米は変わるものなのですよ。たくさん炊いたので、お代わりしてくださいね」
無表情ながら嬉しそうに微笑む葵が女神さまに見える。
胃袋を掴まれると言うけれど、俺たちはあっけなく全面降伏した。美味いは正義だと思う。
「それで、その襲ってきた連中は? やっぱり会長絡みか」
撫子さんは整った綺麗な顔を不快そうに歪める。
そんな顔も素敵だなって思ってしまうのは仕方が無いこと。
そしてそんな俺の感情を読みとっているのか、少し恥ずかしそうに頬を染める撫子さんはやっぱり可愛い。
それから葵も可愛いよ!! 可愛いからおもむろにナイフ取り出すのやめて……。
「会長絡みだと思ってたんだけど、あいつら本気で殺しに来てたからな。正直会長がそこまでやるとは思えないんだよ。警察も調べてくれるとは思うけど、あまり期待は出来ないみたい」
やたら美人の刑事さんもそんなことを言っていたし。
「たしかに繋がっている証拠を残しているほど間抜けではない……だろうね」
桜花さんも散々市長から嫌がらせを受けてきたからか、さほど驚いた風もない。むしろこの状況を楽しんでにやにやしている。俺の心のプライバシーはどこにあるのだろう……。
「……あの、私が始末しましょうか?」
葵さん? 始末って……?
「いや、あんな連中のために葵が手を汚す必要なんてない。でもありがとう」
「でも、御主人さまを撃ったんですよね? 私は絶対に許さないですから」
「そうだぞみこちん、私だってめちゃくちゃ怒っているんだ」
「もちろん私もだよ、命くん」
結果的に怪我ひとつ無かったけど、みんなを心配させてしまったんだな。
たしかにこのまま無かったことにはできないか。俺だから良かったものの、この先、誰かに被害が出てからでは遅すぎる。
◇◇◇
「お、お背中流しますね、御主人さま」
「い、いや……葵、無理しなくて良い、いや、しないでくださいお願いします!!」
「うにゃああああ!!!!」
ガリガリガリ
「痛だだだだだだああああ!!」
湯船に入ったわけでもないのに、すでに茹でダコ状態の葵。風呂掃除用のたわしで背中を思い切り削ってきた。
何だこれは……お約束なのか? 痛みに絶叫しながらも、冷静に分析する。
そうだ、痛くないスポンジに換えれば良いんだ!! 風呂掃除用のたわしを捨てようと心に誓う。
「あはははは、背中が血の雨だよ、命くん」
桜花さん……笑ってないで助けてくださいよ。あとお願いですからもう少し隠してください。
「ハハハ、葵、スポンジとたわしを間違えてどうする? 料理は天才的だが、意外とポンコツメイドだな」
撫子さん……いまだに間違える貴女にだけは言われたくないと思うんだ。




