第五話 これ……似合っているかな?
桜宮さんが俺の家に来る?
今日はおばさんが来てくれる日じゃないから家には今誰も居ない。
つまり……若い男女が一つ屋根の下二人っきりってことに!!
「……別に良いけど、すごい散らかっているからな?」
口から心臓が飛び出しそうだが、平静を装う。
「問題ない、池にさえ行ければ良いから。お構いなく」
ですよね~。
とはいえ、憧れの女性が俺の家(敷地)に来てくれるなんて、夢でも見ているのではなかろうか?
「あ……すまん、ちょっと用意したい装備があるから、一旦帰る。悪いが30分後にここで待ち合わせしたいんだが、構わないか?」
「お、おう、わかった」
こ、これは……初めての待ち合わせ……なのか?
まさかの初デート? 装備というのが若干気になるけれど、なんかドキドキする。
◇◇◇
「……ちょっと早く来すぎたかな?」
待ちきれずに待ち合わせ時間よりも早めに来てしまった俺。自宅前だけど。
正直、いまだに現実感がまるでない。
もしかしたら夢だったのかもしれないとだんだんそんな風に思えてきた。
「すまん、待たせたね」
だが夢ではなかった。 鈴が鳴るように涼しげな声が、不安な俺の意識を現実に引き戻す。
「全然、俺も今来たところだから」
実は25分前から来ていたのだが、そんなことは言わない。一度言ってみたかった台詞を桜宮さん相手に言えて感無量。
「これ……似合っているかな?」
少し恥ずかしそう頬を染めて上目遣いで俺を見つめる桜宮さん。
「ああ……バッチリ似合っているよ」
「そうか、良かった。この日のために新調したお気に入りの服なんだ」
嬉しいことを言ってくれているようだが、作業着だ。
上下ツナギになっていて、池に入るつもりなんだろうか? いわゆる胴長というやつだ。まあ美人は何を着ていても可愛いけどね。
手には大き目のバケツ。背中には大き目のリュックを背負っている。
まさかこの格好で歩いてきたのだろうか? 似合っているけど。
「みてくれみこちん、普通はゴム製なんだが、池の中に入って長時間作業をするとゴム素材だと重くてな。こいつは、『透湿防水素材』を使っていて、ゴムに比べて圧倒的に軽いんだ。透湿機能で着用時も快適で、防水性能もバッチリ……」
長くなりそうだったので、家へ案内することにする。
「どうぞ汚いところですが」
「お邪魔します。おおっずいぶんと広い家なんだな。ところで池はどっちだ?」
お茶でも出そうかと思ったが、本人は早く池に行きたくて仕方がない様子。
「こっちだよ、桜宮さん」
同じ敷地内とはいえ、慣れていなければ迷う恐れがあるからな。
二人で並んで庭を歩く。
うん、なんかお散歩デートみたい。
桜宮さんは飢えたハンターみたいに瞳をギラつかせているけど気にしないことにする。
そう、ここは二人だけの秘密の花園なんだ。
……雑草しか生えていないけど。