第四十四話 私が命を守るから
「私にやらせてください!!」
「百合ちゃん……気持ちは嬉しいんだけど、そこまで負担はかけられないわ」
私の憧れの人、命のママの橘花さん。とても綺麗で優しい人。
「お願いします。私がやりたいんです。だから……」
「でもね百合ちゃん……これはとても……とても危険な任務なのよ?」
宗主家当主の息子である命は将来の当主候補筆頭。
現当主である健さまと橘花さまの意向で、命は一般人として育てられている。
でも、だからといって周囲は放っておいてはくれない。悪意を持って接近しようとする人間は必ずいる。
もちろん命の周りには、それとなく見守る者たちがいる。
でも大人だけでは難しい時もある。
だから私は命の警護役に立候補した。幼馴染だから、ずっと側にいても怪しまれることもないし、不自然でもないから。
厳しい訓練に耐え、最終候補に残った時は本当に嬉しかった。
「私は命に助けてもらったことがあります。だから今度は私が守りたいんです」
命は小さかったから憶えていないでしょうけれど。
「そう……わかったわ。でも約束してちょうだい。決して無理はしないこと。少しでも危ないと思ったら、大人に頼ること、約束できる?」
「はい、橘花さま」
最後まで渋っていた橘花さまが折れて、晴れて私は命の警護役となった。
浮かれていた私だったが、すぐに厳しい現実に悩まされることになる。
常に気を緩めることが出来ないから無邪気に命と遊ぶことは出来ない。
側にいるのに、常に距離があることがこんなにも辛いことだったなんて。
橘花さまが反対していたのは、決して危険だからというだけじゃなかったのか。
そのことに気付いた時、もう二度と元の関係には戻れないんだと理解した時、それでも後悔だけはしなかった。
命が笑っていてくれればそれでいい。命を傷つけるものは排除する。
これまでも、そしてこれからもずっと。
なのに……
「え……橘花さまが!?」
命のご両親が亡くなったと聞かされた時、私は誓った。
もっと強くなって、私が命を守るから。どうか安心してくださいって。
それなのに
「百合、長い間ご苦労だったな。警護役は今日で解任だ」
「い……嫌です!! 私は死ぬまでこの役目をすると決めたんです。お願いしますお願いします……」
私からこの役目を取らないで。生きる証を奪わないで。
「百合、これは橘花さまが最初から決めていたことなんだ。警護役はお前が17歳になるまでってな」
「なぜですか……修行だって続けていますし、同世代の人間に後れを取ることなどありません。命のことを一番知っているのは私なんです!!」
ご両親が亡くなって命は一人ぼっちになってしまった。そんな時に支えてあげられないのなら、私は一体なんのために生きてきたというのか。
「百合……良くお聞き。橘花さまはね、お前が警護役としてじゃなく、一人の女性として接することが出来るようにって考えてくださっていたんだよ」
「橘花さま……そこまで私なんかのことを……」
私は橘花さまが亡くなってから初めて泣いた。
強くなければならないと、ずっと気を張り続けてきた想いがあふれて止まらなかった。
泣いて泣いて泣き疲れて私は気付いた。
泣いている場合じゃない。命の居場所を作ってあげなくちゃ。
私は命を美術部に誘った。
命の嬉しそうな顔を見て、心が痛んだ。
警護役を解任されてから、なんだか気恥ずかしくてずっと距離をとっていた。
一人の女性として……なんて言われると意識してしまって。
命が一番淋しくて心細い時に、私は側にいてあげられなかった。
一大決心をして命をデートに誘おうなんて計画をしていたら、桜宮撫子と許嫁になっていた。
ぐぬぬ……いつの間に!?
かろうじて約束は取り付けたけれど、そうしている間に、今度は星川家の娘が許嫁に。
ああああ……何やっているの私? 一番有利な立場だったのに、完全に出遅れてしまったじゃない。
「命、ちょっと来て」
たまらず命を準備室に連れ込んで、告白してしまった。
おまけに自分から……キスまで。
どうしよう……恥ずかしくて死にそう。明日からどんな顔して命に会えばいいのかわからない。
勢いで一緒に住むなんて言っちゃったし。
「でも……命が私のことかわいいって……」
思わず顔がにやけてしまうのを必死で抑える。
駄目よ、今は絵に集中しないと。
「なあ、今日の百合はどうしたんだ? さっきから百面相しているけど……」
「さあ……? 何か悩みでもあるんですかね?」
「きっとどこか具合が悪いんですよ。心配です」




