第四十三話 ゆり姉
生徒会室を辞した後、俺と葵は、予定通り美術部にいるのだが……
「ねえ……命」
「……はい百合姉」
「その子は何?」
「転校してきたクラスメイトの星川葵さんですけど」
「星川葵です。よろしくお願いいたします」
「うん、それはさっき聞いたから知ってる。そうじゃなくて、なんでそんなに距離が近いの? 今日転校してきたばかりなんでしょう、しかも桜宮撫子という許嫁がいるのに……」
マシンガンのような早口でまくしたてるゆり姉。尋問されているみたいでちょっと怖い。
まあツッコみたくなる気持ちもわかるんだけど。
たしかに葵にはそばに居ろとは言ったけど、密着しろとは言っていない。密着するなとも言ってないけど。
「命、ちょっと来て」
手招きするゆり姉。
準備室にはゆり姉と二人きり。
両肩を掴まれ、顔をのぞきこまれると、鼻が触れそうなぐらい距離が近い。
思わぬ不意打ちにドキドキが止まらない。
「どういうこと? 説明してくれるんでしょうね?」
だいぶお怒りの様子。だよな……二股なんて怒られても仕方ない。
「説明すると長くなるんだけど、葵も許嫁で、家のメイドなんだ」
「……全然理解できないんだけど!?」
そうだろうな。自分でも何言ってんのかわからん。思っている以上にテンパッているみたいだ。
「ごめん、許嫁の件は詳しく聞いてないから俺もわからないんだけど、メイドは家政婦さんを募集していて、それで来てくれたのが葵ってこと」
「ふーん……まあいいわ。それより許嫁って、桜宮撫子はどうするのよ?」
良いのか? よくわからないがさすがゆり姉、話がわかる。
「あ~、それも話せば長くなる……ゆり姉だから話すけど、実は俺、特別な血筋らしくて、複数の女性と結婚しないといけないらしいんだ……」
こんな話をしたらさすがのゆり姉もドン引きだよな……でも話さないわけにもいかないし。
「……そっか、もう聞いちゃったんだね」
一瞬きょとんとした表情を浮かべたあと、大きく息をはくゆり姉。
「……へ? それってどういう……意味……」
最後まで言い終わらないうちに、ゆり姉の両腕に包まれる。
え……な、なんだこの展開?
「あのね、命、私も許嫁なんだよ」
「そうなんだ……って、えええええええっ!?」
「……何よ? もしかして嫌だった……?」
ゆり姉の瞳が不安そうに揺れる。
嫌なわけないけど、びっくりし過ぎて脳が混乱しているっていうか。だって、そんな素振り全然なかったから。
それとも……俺ってもしかして、めちゃくちゃ鈍いのか?
聞けばゆり姉の折瀬家は天津家を支える分家の一つなんだとか。そういえば、葵の星川家もそうだと聞いたような……?
俺の存在そのものが極秘であり、一族でもごく一部の限られた人間にしか知らされていなかったため、ゆり姉もそのことは隠さなければならなかったらしい。
なんだか俺のせいで負担をかけてしまっていたみたいで申し訳ない気持ちで一杯だ。
「私たち分家の人間は、基本的に代々宗主家の人間と結婚することになっているのよ。もちろん強制ではないし、歳が離れている場合とか他の分家を含めて相手を選ぶことも出来るけどね」
何気ない顔でそんなことを言うゆり姉。
分家の人間は、宗主家の人間を守るために幼いころから厳しい修行を受けるのだと葵は言っていた。
やはりゆり姉もそうなのだろうか?
「でも俺が相手で良いの……?」
俺はゆり姉が大好きだし、ゆり姉が俺のことを可愛がってくれていることは知っているけど、あくまで弟的な対象だと思っている。もし好きな相手がいるなら……
「馬鹿ね……命が良いのよ、本当に鈍感なんだから」
ゆり姉の両腕に力がこもる。あの……色々当たってます。
「馬鹿ね……当ててるのよ」
これは……もしかして、明日死ぬんじゃないだろうか? 俺。
いやいや、その前に心を読まれた!? まさかゆり姉も撫子さんたちみたいに……?
「そうよ……私の場合、こうやって密着しないとわからないけどね」
……いやいや、十分すごいんですけど。一族の女性怖い。
これまでの人生でモテたことがない俺が、いきなり……いや、別にモテているわけじゃないかもしれないけど……一気に美少女三人が許嫁になるとか、他の男子に殺されても仕方ない状況……。
「ふふ、大丈夫よ。このことは誰にも言わないから。あの二人はもう手遅れだから仕方ないけど」
まったく仕方がない子たちねと、呆れたようにため息をつくゆり姉。
あ~、撫子さんと葵はクラスで公言しちゃっているからな……。国から認められているとはいえ、表向きはそういうわけにはいかないだろうし。
「でも……撫子と葵は命と一緒に暮らすのよね? なんだかずるいわ……」
ヤバい……頬を膨らませるゆり姉が可愛い。
「か、かかか、可愛い……!?」
心を読んでしまったのか、真っ赤になって照れるゆり姉が可愛すぎる。
「……ねえ命、部屋、余っているんでしょう?」
「あ、ああ……」
ゆり姉はよく泊りで遊びに来ていたから家の広さは良く知っている。
「じゃあ、私も命の家に引っ越すから、よろしくね」
頬に柔らかい唇が触れる。甘い花の香りとさらさらの黒髪がふわりとくすぐる。
「さ、命もお絵描き頑張りなさいよ」
すっと温もりが離れてゆく。
手を振りながら準備室を出てゆくゆり姉。
鏡があったなら、俺はきっと阿保みたいに間抜けな顔をしているんだろう。
「……展開に付いていけないんですけど!?」




