第四十二話 二人だけの秘密です
「単刀直入に言おう。桜宮撫子から手を引け」
会長の目は笑っていない。どうやら冗談でもなんでもないらしい。
「……お断りします」
「だろうな。俺がお前の立場ならそう答えるだろう。だからタダでとは言わない。桜宮撫子から手を引いて婚約解消するならそれなりの慰謝料は惜しまない」
すごいなこの人。この手慣れた感じ……これまでもこうやって金で解決して来たのか。とても同じ高校生とは思えない。
「3000万でどうだ? 学生には過ぎた額だが、彼女にはそれだけの価値がある」
3000万か……この辺りなら、庭付き一戸建てに車を買ってもお釣りがくる。たしかに学生には過ぎた額だ。
だけどな……
ふざけんな!! 金額の問題じゃないんだよ。撫子さんを金で買うような真似をする野郎には死んでも渡さない。
「……お断りします」
「そうか、それが賢明だと思うぞ。振り込みは色々問題があるから現金で……なにっ!?」
会長は断られるとは思っていなかったのか、少し驚いたように目を見開くと、不快そうに鼻を鳴らす。
「……あまり欲張るのは感心しないな。5000万だ、断るなんて言うなよ? 君の安全を保障しかねる」
「……どういう意味ですか?」
「さあね? 私の機嫌を損ねない方が良いということだよ。この町に住み続けたかったらね」
意味深な笑みを浮かべる会長。
なるほど……な。事実上の脅迫か。本当にたちが悪い。親が親なら、子も子だな。
「残念ですが、答えはノーです」
会長の表情から完全に笑みが消える。
「……天津命、もう少し賢い男だと思っていたんだが失望したよ。君はチャンスを自ら投げ捨てたんだぞ?」
チャンス? ふざけんなよ、今だけお得の通販じゃないんだ。
本当ならぶん殴りたいところだけど、外で葵も待っているし、つまらないことで撫子さんに迷惑かけるわけにはいかない。
……でも、言うべきことは言っておかないと。
「会長、言わせてもらいますが、これ以上ちょっかい出してくるようなら、俺も安全を保障しかねますからね?」
俺なんかが凄んでみてもたいして迫力もないだろうが、葵を怒らせたらヤバいと本能が告げている。たぶん二桁は始末しているはずだ。何をとは言わないが。命が惜しかったら諦めた方が身のためですよ、会長。
会長のこめかみにみるみる血管が浮き出てくる。
「ふん……後悔するなよ? 俺は欲しいものは力ずくで手に入れてきた男だ」
力ずく……ね。札束と暴力。最低ですよ? なんか自慢げに言ってますけど。
「……これ以上話すこともないので失礼します」
「……天津命」
「はい?」
「夜道には気を付けるんだな」
うわ……リアルで言っちゃう人って本当にいるんだ。まんま悪党のセリフなんですがそれは。
◇◇◇
会長室を出ると、さっき案内してくれた受付の霧野さんが立っていた。
「……会長相手になかなかやるじゃない」
大きな瞳でまっすぐ見つめてくる先輩。
「……聞いていたんですか? 生徒会のセキュリティが心配になりますよ?」
「ふふっ、どうやって聞いていたかは二人だけの秘密ね」
いきなり初対面で二人だけの秘密とか……大丈夫なのかこの人。
まあ可愛いせいかそれも不思議な魅力に感じてしまうけれど。
「わざわざ秘密にしなくても言いふらしたりしませんよ霧野先輩。では部活に行くんで失礼します」
「かすみ」
「え?」
「霧野かすみよ。会長は脅しでも何でもなく本気で手を出してくるから気を付けてね」
「……ご忠告どうも。大丈夫です。全部返り討ちにしてやりますよ」
……銀髪のヤバいメイドが!
「へぇ……言うじゃない。天津命くん、またね」
小さく手を振る霧野先輩に見送られ生徒会室を後にする。
「お疲れさまでした、天津さま」
おおう……やっぱりあらためて見ても非現実的な存在感。
すでに周囲の注目を集めまくっているが、気にした様子もない。
「ごめん、待たせたな」
「いいえ、くされ会長相手に見事なご対応、この葵、感銘を受けました」
会長室の会話、マイクでも入っているんじゃないのっ!? セキュリティ大丈夫会長?
「……いや、あの……え? 聞いてたの?」
「ふふっ、どうやって聞いていたかは二人だけの秘密です」
そっちも聞かれていたのか……? 葵……恐ろしい子。
「ま、まあ、聞いていたなら話が早い。会長が何か仕掛けてくるかもしれないから、くれぐれも気を付けてくれ」
「大丈夫です。全部返り討ちにしてくださるんですよね? 天津さまが」
葵は口角をほんのわずか上げて薄く微笑む。
笑顔というにはあまりにも控えめながら、初めて見せる感情の乗った表情にドキリとしてしまう。
「お、おう、俺が一緒にいるときはな!! なるべく単独行動は控えてくれ」
「……はい、ずっと一緒に……一生お側におります」
いや……そこまでは言っていないんだけどね?
◇◇◇
「わざわざ来てくれるとは思っていなかったよ、黒津さん」
「まあな、ちょうどこっちに用事があったらからついでだ、会長」
ふん……葵のことがなければわざわざ足を運ぶことなどなかったが、思ってもいない拾いものがあった。まさか宗主家の嫡男がこんなところにいたとはな。
「実は黒津さんに頼みたいことがあってね……」
「……よろしいのですか、若。依頼は脅すだけということでしたが……」
「まあ血の気の多い連中が勝手にやることだ。俺は何も知らない」
さすがに宗主家の嫡男相手に直接手を出したとなったらこっちが消されるからな。
金持ちボンボンの会長さんのおかげで良い隠れ蓑が出来た。
そのへんのゴロツキじゃああまり期待は出来ないが、銃を使えば失敗はないだろう。
うまくやってくれよ……。クク。
それにしても天津命か……本気では無かったとはいえ、俺の手を掴みやがった。
宗主家の人間は特殊な訓練を受けないと聞いていたが、やはりガセだったのか?
冷静に考えてみりゃあそんなわけねえか。
どちらにせよ、公表されていない今ならまだ間に合う。悪いがご退場願おうか。
葵も、ついでにお前の許嫁も俺がいただいてやる。




