第四話 君とはどこかで出会ったような気がするね
あらためて状況を整理すると、天使が……いや、学校のアイドルが俺の家の前に立っている。
厳密に言えば俺の家の敷地に広がる広大な庭の前だが。
それにしても何でここにいるんだろう? まさか俺に会いに?
いや、それはない。悲しいけれど思い当たる理由が無い。むしろ罰ゲームとかの方がまだ可能性があるかもしれない。駄目だ……ネガティブになるんじゃない、俺!!
俺が自らを奮い立たせていると、彼女は意を決したように庭の柵に足をかけた。
決して短くはないが、さすがに制服でそんなことをすれば見えちゃいますよ。何がとは言わないけれど。
ってそうじゃない、何してんの桜宮さん!?
「さ、桜宮さん、何してんの?」
しまった、思わず声に出してしまった。
慌てて口を押さえても手遅れ。もう少し気のきいたセリフが言えたら良かったのにと自己嫌悪。
「…………」
動きをピタリと止めてゆっくりと足を降ろす桜宮さん。惜しいことをしたとは思っていない。嘘です、自分を殴りたいです。
「…………??」
振り向けば黒髪がキラキラと輝いているように見える。妖精さん!? 君は妖精さんなのかい?
ジッと見つめられれば、見動きどころか呼吸すら出来ない石像になってしまう。メデューサ!? 君はメデューサなのかい?
そのハイライト多めの瞳が困惑したように揺れている。
やべ……もしかして心の叫びが漏れていた?
「君とはどこかで出会ったような気がするね」
うん……これが初対面だったら運命を感じて盛り上がってしまうところなんだけど、あいにくさっきまで同じ教室で授業を受けていた人から言われると微妙に悲しいのは何故だろう。
「同じクラスの天津命だよ。桜宮さん」
メンタルダメージを最小化するために、先手を打って自己紹介をする。
「なんだって? 同じ高校でしかも同じクラス? 神の巡り合わせに感謝だな」
いや……同じクラスはともかく制服で同じ高校だっていうのはわかると思うんだが。
とはいえ感謝とか言われると嬉しくなってしまうのだから俺って単純。
「ところでこんなところで何をしてんの?」
「うむ、よくぞ聞いてくれた。あそこを見て欲しい」
我が意を得たりとうちの庭にある池を指さす桜宮さん。うん……誰よりも知っていますよ。
「以前から気になっていてな。間違いなくあそこには奴らが……いる」
……一体何が気になっているのかわからないが、怖いんですけど? え? 何がいるの!? 悪霊的な何か?
「あの……奴らって一体……?」
「ふふふ、気になるか? ザリガニだ」
「ざ、ザリ……ガ二?」
「もしかして知らないのか? ハサミがあって赤い奴だ」
いや、知ってるけどね。桜宮さんの口から出てくる単語だとは思わなくて認識できなかっただけだから。むしろ自由研究の定番だったから、それなりに詳しいまである。
「ああ、居るよ、増えすぎて困っているぐらい」
水草を切ってしまうし、小魚も食べてしまう。水質も汚れやすくなるしで、正直良いことなんてない。
「やはりそうか……だが、なぜそれを知っているんだ? えっと……何とか君」
「……ミコト、命って書いてミコト。だってあそこ俺んちだから」
彼女は大きく目を見開いて、初めて俺を認識したかのように凝視してくる。くっ……視線が眩しい。少しだけ距離が近い気がする。
「……ここって私有地だったのか? っていうか、何とか君の家?」
ワザとか? それとも何とか君が気に入っているのか?
「……ミコト、命って書いてミコト。そうだよ、この一帯は俺の家の敷地だから」
そうなのだ。見た目も運動も勉強もそこそこで、とりたててずば抜けたところもない俺だが、庭は広い(友人談)初めて遊びに来た奴は間違いなく迷子になるレベルで。
「これからみこちんの家に行っても良いか?」
うん……何とか君からいきなりみこちん呼びにランクア~ップ!! ってそこじゃない。え、俺の家に来るって言ったのか?
一体、桜宮さんの中でなにが起きたのか。
嬉しいんだけど急展開過ぎて付いて行けないんですけど!?