第三十三話 まるでファンタジー
「でも桜花さん、週末ってもう明後日じゃないですか!? そんなに焦らなくても」
「なんだ、命くんは嫌なのかい?」
「いやいや、そんなわけないじゃないですか!! でも、撫子さんは……」
俺たちはまだ高校生だ。しかもまだ法的に結婚出来る年齢ではない。
「私はいつでも構わないぞ。第一、もうすでに結婚しているようなものだろう?」
たしかに同居して一緒にお風呂入って、一緒に食事をして、一緒に寝ている。
……うん、何も言い返せない。
「ふふっ、あくまでも神様のもとでの誓約だから、法的にはまだ婚約者だけどね。おっと、子作りはもうしばらく我慢して欲しいな」
「げふんっげふんっ」
なんてこと言いだすんだ桜花さんは。わかってますよそんなこと。
恥ずかしくて撫子さんの顔が見れないじゃないか。
「まあ、命くんも若いからね。どうしても我慢できない時は、私が相手をしてあげるから、いつでも言いなさい」
いやいやいや、え!? それってどういう?
「何を勘違いしているのか知らないが、修行の話だぞ?」
うっ……にまにま笑う桜花さんの顔が見れない。
「……一体なんの話をしているんだ母上?」
「ふふふ、命くんが内なる獣を飼っているという話だよ」
桜花さん……言い方。居ないとは言いませんが、せいぜいチワワぐらいだと思いますよ?
「なんだってっ!? みこちんずるいぞ、私にも触らせてくれ、その獣を!!」
うわっ!? 撫子さんがモフる気満々なんですけど、どうすんのこれ?
「ほら、早く出すんだみこちん」
「ごめん、無理!!」
桜花さん、笑ってないで助けてくださいよ~!!
「二人に聞いてもらいたい話がある」
食後、桜花さんが突然そんなことを言い出した。
いつになく真剣な様子で、撫子さんもちょっと驚いているみたいだ。
後片付けを済ませ、リビングにあるソファーに深く腰掛ける桜花さん。
俺と撫子さんは、促されるまま向かいの二人掛けソファーに並んで座る。
「少し長くなるから楽にしてて」
語り始めた桜花さんの話は、にわかには信じられないようなものだった。
要約すると――――
今からおよそ二千年前、日本は超巨大噴火によって滅亡の危機を迎えていたらしい。
神々は産み育てた国が失われることを惜しみ、力を合わせて危機を乗り越えた。
しかし、結果的に噴火を防ぐことは出来たのだが、力を使い果たした神々は根の国や常世の国へと帰っていった。
いつかまたやってくるであろう新たな危機に備えて力を蓄えるために。
太古の昔、人と神々とは回廊を通じて自由に行き来が出来たそうだが、その回廊もその時に閉じられてしまったらしい。神話の時代の終焉だ。
「神々の力を持ってしても、噴火のエネルギー自体を消し去ることは出来なかった。封印され行き場を失った膨大なエネルギーは空間に歪を生み出し、いつかまた暴発するかもしれない。そこで神々は日本全国に封印を守るための結界を作ったんだね」
「それって、もしかして?」
「ああ、神社だよ命くん」
そんな話は聞いたことがなかったけれど、なぜか納得できる部分もある。
「そして、その中でも特に重要な場所を守っている楔神社がいくつかあって、桜宮神社は、その中の一つなんだ」
それが本当なら日本の安全保障に関わる国家機密じゃないの!?
「その通りだよ命くん。当然政府も把握しているし、裏に表にサポートしてもらっている」
そうだったんだ。もしかして……神社の職員さん、公務員だったりして?
「ふふっ、大きな声では言えないけど……ね」
意味ありげにウインクする桜花さん。なんか映画の世界みたいだよ、まるで。
「なるほど……もしかして、桜宮流舞闘術というのは?」
それまで黙って話を聞いていた撫子さんが口を開く。
「そうだね、封印を維持強化するためのものだよ、撫子。神々によって与えられた異能を持つ家系が代々神主、巫女として護ってきたんだ」
もはや完全にファンタジーの世界じゃないか。
「他人事のような顔をしているけど、命くんも当事者だからね?」
「……へ? それってどういう意味……」
「各地の神社を護る家系とは別に、異能を持つ人間を絶やさないために存在する一族もまた存在するんだ。その名は天津家、つまり命くんの一族なんだよ。楔神社は、原則天津家と婚姻を結ぶことになっている。万一神社の血脈が途絶えた場合にも、天津家から後継ぎが養子として派遣されるんだ」
え……? そんな話初耳なんですけど? たまたま同じ家名なだけじゃないの?




