第三十二話 ザリガニパーティー
気付けばリビングのソファーで横になっていた。
あれ……? 俺、何していたんだっけ?
身体にはバスタオルが巻いてある……あっ!? 思い出した!!
俺、風呂場で意識が遠くなって……。
それよりも気になるのが、頭を包む柔らかな感触。
「大丈夫かい、命くん?」
耳元をくすぐる甘く涼しげな声。
「わわっ!? 桜花さんすいません……」
どうやら桜花さんに膝枕で介抱してもらっていたようだ。
「構わないよ。それよりも水分補給をした方が良い」
「あ、ありがとうございます」
起き上がろうとしたが、桜花さんにおでこを押さえられてしまう。
「駄目だよ、もう少し横になっていた方がいい」
桜花さんの膝枕が柔らかくて良い香りがして、そんなこと言われたら、いつまでもこうしていたくなってしまう。
「ふふっ、命くん、じっとしていたまえ」
そう言ってペットボトルの水を口に含む桜花さん。
え……あの、その……それはどういう……?
桜花さんの綺麗な顔がどんどん近づいてくる。
まさか……口移し!? いやいや、そんな馬鹿な。
落ち着け、親子ならセーフ……そんなわけない。
「ぶはっ!!」
顔に思いっきり水がかかる。
「あはははは、すまんすまん、こらえきれなくてね」
あわや接触しそうな至近距離からの誤爆。ある意味ご褒美だと言えなくもない。
ホッとした気持ちと残念に思う気持ちが入り混じる。
「母上、みこちんの様子は……って、なんだ起きてたのか?」
エプロン姿の撫子さんの可愛さに死んだ。
「ああっ!? ずるいぞみこちん!! 母上の膝枕を一人占めするなんて」
頬を膨らませた撫子さんが俺と桜花さんの間に割り込んできた。何この天国。
「冷たっ!? な、なんで濡れているんだ?」
ジト目で俺を見ないでくれ。不可抗力なんだ。桜花さん説明を……って駄目だ、目を逸らしている。誤魔化す気満々ですね?
「そんなことより撫子、火かけっぱなしだよ?」
「ああああっ!!! 大変だ、せっかくのごちそうが……」
飛び起きてキッチンへダッシュする撫子さんに思い切り踏まれたけれど、これはご褒美。ありがとうございます。
俺ももたもたしていられない。手伝わないと。
鋼の意思で桜花さんのやわらか枕から頭を引きはがす。
「ふふっ、そんなに気に入ってくれたのかい? 私の膝で良ければいつでも貸してあげるよ」
マジですか!? 信じちゃいますよ?
「撫子さん、何を作っているんだ?」
「新鮮なザリガニは、シンプルに塩ゆでが一番美味いからな」
なるほど……真っ赤になったザリガニは、まるで小さめのロブスターのようで美味しそうに見える。
「こっちのボウルに入っているのは?」
「それは衣にするんだ。フリッターも美味いぞ」
フリッター……? ああ、海老フライみたいな感じなのかな?
「「「いただきます」」」
とりあえずまずは殻を剥かねば始まらない。
撫子さんたちの見よう見まねでチャレンジするが、意外と難しい。
会話はない。誰もが作業に集中しているからだ。
下手くそではあるが、身を取り出すことに成功。シンプルに塩でも良いが、レモンやポン酢も合うらしい。最初はレモンを選択。
「……美味いっ!? 味は……海老と言うより蟹に近い……かな」
しっかり泥抜きされているおかげなのか、臭みも感じないし、海老よりも濃厚な旨味を感じる。言われなければ、ロブスターと比べてもそん色ないんじゃないか?
「量は少ないが、ザリミソと合わせて食べると美味いぞ」
……ザリミソか、名前はすごくマズそうだけどな。
「本当だ!! こっちは蟹と言うよりは海老ミソに近いんだな」
フリッターもいただく。
「うん、淡白な白身がふわふわの衣によく馴染んで美味しい!!」
「ふふふ、そうだろうそうだろう。たくさんあるからどんどん食べてくれ」
上機嫌の撫子さんが可愛い。今すぐお嫁さんにしたい。
「ふふっ、命くん、撫子は良い嫁になりそうだと思わないか?」
桜花さん……心を読むのやめてもらえますか?
「……じーっ」
じーっっと言いながらこちらを見つめる撫子さん。
毎回思うんだけど、この人たちなぜ口で言うんでしょうか。
これはもしや期待されている……のか?
「も、もちろんですよ。撫子さんは日本一のお嫁さんになれますよ」
「…………そうか」
あれっ!? なんだかつまらなそうな反応? しまった……世界一が正解だった?
『……命くん、キミがどうしたいかってことだよ』
こっそり耳打ちしてくれる桜花さん。
お、俺がどうしたいかって?
そんなの決まっている。
「こんな美味しい料理が作れる撫子さんがお嫁さんになってくれたら嬉しい……な」
「そうか!! まあ、そこまで言われたらなってやらんでもないぞ? 良かったな、みこちん」
え……? これってプロポーズOKってこと?
昨日許嫁になって、展開早過ぎハヤスギくん。
「良かったね命くん、善は急げだ。早速、週末に神社で式を挙げよう」
上手く行き過ぎて騙されているのかと不安になるけど、それならそれで全然構わない。喜んで騙されてやるとも。




