第二十七話 今夜はごちそうだぞ
「はあああ……疲れた」
教室に戻って椅子にドカッと腰を下ろす。
質問攻めに加えて全クラスメイトからの視線攻撃。さすがにこたえる。
「おいおい、贅沢言うなよ。この世界一の果報者がっ!!」
果報者って……お前はいつの時代の高校生なんだ?
小説を書いているせいか、直樹は時々妙に時代錯誤的な言葉づかいをする。
「わかっているよ、このくらい甘んじて受けるさ」
撫子さんのためなら全てを失っても惜しくないからな。
「くっ……勝者の余裕か? なんだか命が大きく見えるぜ……まあ、既成事実化してしまえば、そのうち周りも落ち着くだろ、それまで頑張ってくれ」
直樹……お前、良い奴だな。さっきまで壊れたテープレコーダーだったのが信じられないよ。
おっ!? 撫子さんが教室へ戻ってきた。
当然ながらクラスの視線が一斉に集まるが、撫子さんにとってはいつものこと。気にするでもなく俺の席へやってくると、にっこりと微笑む。
「みこちん、今夜はお待ちかねのごちそうだ。はりきって作るから楽しみにしていてくれ」
せっかくおさまりつつあった教室が悲鳴とともにざわめく。
撫子さん……空気読もうぜ。
「命……貴様、桜宮さんの手料理だと……!? う、羨ましい……」
……まあ、ザリガニだけどな。正直ちょっと怖いと思っているのは内緒だ。
◇◇◇
放課後、美術室
「それで~? 引っ越しの件で何かあったの~? 天津くん」
相変わらずゆるふわな雅先生。
「実は……」
「えええっ!? そ、そうなのね……困ったわ」
「……まだ何も話していないんですが」
「えへへ~、先生困ってみたかったのよ~」
良い先生なんだけど、たまによく分からないときがある。
「天津くん……お願いがあるんだけど」
今の状況を一通り説明すると、雅先生が真剣な表情で話を切り出してきた。
「な、何でしょうか?」
「あのね、その……私の前でいちゃいちゃするのは、なるべく控えてもらえると……」
真っ赤な顔で俯いてしまう雅先生。中学生かっ!?
「心配しなくても大丈夫ですよ。俺と撫子さんはそういう感じではないので」
撫子さんとイチャイチャする絵面が想像できない自分が悲しいが。
「な、撫子さん!? きゃああ、なんか照れるわああ」
……なぜ貴女が照れる?
「とにかく話はわかったわ。予定どおり週末に引っ越しするからよろしくね~」
よくわからないが、問題はないらしい。とりあえず良かった。
「でもちょっぴり残念だわ~」
「何か言いましたか? 先生」
「ん~ん、何でもないのよ~。ほらほら部活始まっているわよ~」
よくわからないがたしかに部活が始まっている時間だ。
まあ美術部はそのへん緩いし、そもそも顧問が雅先生だからな。
◇◇◇
美術部は美術室ではなく、旧校舎の空き教室を使って活動をしている。天気が良い時は外へ出ることも多い。
教室に入ると、部員たちがどうやら俺が来るのを待っていたようで。一斉に囲まれてしまう。
「何やってたの? 遅いじゃない」
「先生の手伝いしていたんだよ」
嘘ではない。広義で引越しの手伝いの一環だ。
「命、聞いたわよ、許嫁……しかもあの桜宮撫子って!? 本当なの?」
すごい剣幕で迫ってくるのは美術部副部長の折瀬百合先輩。
小さい頃から、よく遊んでもらったけれど、最近はあまり話もしていなかったのにどうしたんだろう?
「あ、ああ、本当だよ、百合姉」
「ここでは百合先輩って呼びなさい。そう……噂だと思って信じていなかったんだけど、本当なんだ……」
こうしてみると、百合姉ってやっぱり美人だよな。撫子さんとは違うタイプ。
こんな綺麗な人なのに、浮いた噂もなくて、男嫌いなんじゃないかって言われているけど、そんな感じしないんだよな。だって俺のことすごい可愛がってもらってたし。
美術部だって、先生の勧めもあったけれど、百合姉が熱心に誘ってくれたから入ったわけで。
「でも、許嫁って親が勝手に決めたものなのよね?」
「ま、まあたしかにそうだけど……それが何か?」
くっ、俺が気にしている痛いところを突いてくる。
「…………何でもないわ。ほら、みんな早く始めなさい。コンクールの提出期限迫っているのよ?」
みんな渋々自分の席に戻ってゆく。実際、期限が迫っているのは事実だからだ。
「そうだ命、週末空いてる?」
「ごめん百合姉、週末は予定が入ってるんだ」
「もしかして桜宮撫子とデートとか?」
「いや、家の離れに引っ越してくる人がいるからその手伝い」
「ふーん? じゃあ来週は?」
「特に予定ないけど……」
「じゃあ空けといて」
強引に決められてしまった。一体何の用なんだろう?




