第二十六話 格好良かったぞ
「ちょっと良いか?」
学食がざわついて声の主に視線が集中する。
お姫さまが場末の酒場にいるような場違い感。そこだけ明るくなったような圧倒的なオーラ。
桜宮撫子、言わずと知れた我が校が誇る女神が降臨する。
三歩後ろ付き従うように控えるのは、弓道部の那須野茉莉と茶道部の千家菖蒲。俺たちの学年の三大美女揃い踏みだ。
その迫力に一瞬誰もが言葉を失い見惚れてしまう。
「お疲れみこちん、格好良かったぞ」
たった一言。でも一番欲しかった一言。
ヤバい、嬉しくて泣きそう。
「「「「「…………みこちんって誰っ!?」」」」」
俺と撫子さん以外、その場に居た全員が揃ってツッコミを入れる。
誰もが困惑を隠さない。そりゃあそうだよな。俺だっていまだに意味わからないし。
「あの反応速度、私でも勝てないかもしれない。今度勝負しよう」
周りのツッコミなど意に介さず、手を差し出す撫子さん。
これは握り返さないと悪いよな? 白魚のような手をぐっと握り返す。
うおお……や、やわらけえ。
「ぎゃああああ!? 俺の桜宮さんと手を……」
「え……もしかして、みこちんって命のこと?」
「天津……ど、どういうことだっ!?」
色んな意味で学食が阿鼻叫喚の状況になっている。
まいったな。俺にも納得のゆく説明なんて出来ないんだが。
「そうか、みんなにも言っておかねばなるまい」
嫌な予感がする。何を言うつもりなんだ撫子さん。
「ち、ちょっと待って撫子、まさか……天津と付き合っているとか言わないよね?」
慌てたように弓道部の那須野茉莉が撫子さんに縋りつく。
「落ち着きなさい茉莉。そんなことあるわけないでしょう?」
茶道部の千家菖蒲が冷静にフォローを入れる。
おい、那須野、千家、いくらなんでも失礼過ぎないか? 気持ちはわかるが。
「茉莉、菖蒲、それは違うぞ」
「そ、そうだよね」
「私はわかっていましたが」
「みこちんは私の許嫁だ」
撫子さんが特大の爆弾を投下した。
食堂内は一瞬水を打ったように静まり返る。
「「「「「「…………は? い、許嫁? はああああああああっ!?」」」」」
「は、ははは、さすが桜宮さん、ジョークも一流だよな」
さすが花城、HPが高いな。
「そ、そうよね、あはは、撫子ったら面白い~」
那須野茉莉が最後の希望に乗っかってきた。
「命、嘘だよな? 嘘だって言え!! いや、言ってくださいお願いします」
直樹が血涙を流している。
「ははは、ジョークではない。すでに一緒に暮らしているからな、なあ、みこちん?」
撫子さん、すごい勢いでとどめを刺しに行くのやめてもらってもいいかな?
「「「「「「…………な、なんだってえええええええっ!?」」」」」
「いやあああああああ」
「は、はれんちですわ」
「命、嘘だよな? 嘘だって言え!! いや、言ってくださいお願いします」
直樹が壊れたロボットのように同じセリフを繰り返している。
くっ……皆の視線が痛い。
桜花さんじゃないけれど、感じるぞ、視線で殺せるならという闇の力をひしひしと。
「あ、ああ、許嫁と言うのも事実だし、一緒に暮らしてもいる」
ここまで来たら、隠す意味もないか。いずれバレることだし。
「「「「「「…………」」」」」
あ、あれっ? なんか静かになってしまった。
なんだろう……このお通夜みたいな雰囲気。いや……魂が抜けかかっているのかもしれない。
おーい、気持ちは痛いほどわかるけど、みんな帰ってきてくださいお願いします。




