第二十四話 ドッジボール
「桜宮さーん、俺のカッコいいところ見ててよ」
くっ、クラス一の人気者で、バスケ部の次期エースとも噂されている花城 薫か。思わず解説口調になってしまうぐらいの典型的な陽キャ野郎だ。
「薫の奴、桜宮さんと良い感じらしいぜ。よく話しているところ見かけるし。もしかしたらもう付き合っているのかも」
直樹よ、残念だがそれはない。なぜって、撫子さんには俺という許嫁がいるのだから!!
と言ってやりたいところだが、それは昨日からの話。嫌われている様子はないけれど、かといって異性として意識されている気配は残念ながらゼロだ。
桜花さんが言うとおり、単純にそういったことに興味が無いのなら良いんだけど、他に好きな男がいるからという可能性は排除できない。
「い、いや、それは無いと思うぞ?」
「だよな、やはり本命は生徒会長だって前から言われているし」
ち、違う、それは本人が言っていたから間違いない……多分。
くそ、会長は置いておいて、とにかく花城 薫、お前にだけは絶対に負けん。
「直樹……俺さ、本気出そうと思う」
「……どうした命、高校生にもなって中二病か?」
うっ……たしかに中二病っぽい言い回しだったかもしれないが、小さいころから逃げ回るのは得意だったんだよ。ふふふ。
普通なら逃げてばかりじゃ格好悪いが、ドッジボールだけは別だ。華麗にボールをかわす方が、当てる側より華がある。俺がヒーローになる可能性もあるんだよ。
都合の良いことに、花城 薫は敵チーム。だがちょっと待て、向うのチーム、ボール競技メンバーが偏り過ぎじゃないのか? ハンドボール部も敵チームかよ。
「あちゃあ……これはワンサイドゲームになりそうだな」
直樹のつぶやきはすぐに現実のものとなる。
圧倒的な戦力差に、チームメイトは次々退場し、コート内に残っているのはすでに俺だけの状態だ。
「あらら、後は美術部の天津だけか。降参したほうがいいんじゃないか? 怪我したくないだろ?」
花城 薫の提案に、女子たちからは優しい~と黄色い声援が上がる。
男どもからは笑い声。
たしかにな。昨日までの俺だったら、大切な手を怪我したくないから、早々に降参したか、ワザと当たって退場していたかもしれない。
でもさ。
負けられないんだよ。大切な人の見ている前でみっともない真似だけはしたくないんだ。
「……能書きはいいからかかってこいよ」
思ってもいなかっただろう俺の挑発にクラス中がどよめく。
「へえ……後悔すんなよ? 手加減はしないぞ」
良いさ、本気で来い花城。そうじゃなきゃ意味がない。
「死ねええ!! 天津うううう」
花城……お前、キャラ変わってるぞ。さわやかキャラどこ行った?
唸りを上げて迫るボールをかわすと花城の顔が信じられないものを見たかのように驚きに染まる。
観戦していたクラスメイト達も唖然としているのが伝わってくる。
最高の間合いで、最高のタイミング。絶対に躱されることなどないと思っていたんだろうな。
だけど悪いな、俺にはボールが止まって見えるんだよ。
こんなこと誰も信じてくれないけどさ。
本気で避けると皆が白けてしまうから……今までワザと当たってきたんだって。
野球だって、サッカーだってその気になればいくらだって活躍できる。
だけどさ、なんだかズルをしている気がするから、スポーツは避けてきたんだよな、ずっと。
「くそっ、なんで……なんで当たらないんだよ」
一度だけならまぐれだと思えただろうが、さすがに何度も連続で当てられないと焦るよな。
花城の表情からは完全に余裕が消えている。
「ね、ねえ……天津くんすごくない?」
「命……お前マジ半端ないって!!」
異常な事態に気付き始めたクラスメイトたちの反応が少しずつ変わってきたような気がする。
「この……卑怯だぞ、逃げ回っていないで正々堂々勝負しろよ!!」
敵チームにも疲れと焦りが見てとれる。だが……。
「焦るな、どうせ避けるしか能がないんだ。コーナーへ追い詰めるぞ」
司令塔役の花城の指示でバスケ部の連中を中心にパス回しが始まる。
なりふり構っていられない……本当の意味で本気にさせちまったか。
こうなると避けるたびに少しずつコーナーへ誘導させられてゆく。多勢に無勢もいいところだ。
とうとうライン際のコーナーに追い詰められてしまい、超至近距離から花城の剛速球が放たれる。
「お前はよく頑張った、だがな、これで終わりだ天津うううう!!」
だからイケメンキャラどこ行った。
距離にして一メートル、今度こそ外さないと、一番よけにくい胴体を狙って全力のボールが迫る。
おいおいこんな近くから本気で投げるとか正気か?
これはよけられない。これでジエンド、よく頑張ったよな俺。
なーんて言うと思ったか?
この時を待っていたんだ。
コーナーに追い詰められたんじゃない。わざと追い詰められた振りをしていたんだよ。
言ったろ? ボールが止まって見えるって。
避けるだけじゃない、キャッチだって出来るに決まってるだろうが!!
超至近距離からのボールを止められた花城の目が、ありえないと見開かれている。
いくら俺でもこの距離なら……外さねえ。
「ぐわああああああ!?」
勝利を確信し完全に油断していた花城の足元にボールを当てると、時代劇で切られた悪役みたいにのたうちまわってからコートに崩れ落ちた。だからキャラ帰ってこいって。
悲鳴と歓声が交差する中で、俺は花城に向けて決め台詞を放つ。
「花城、お前はよくやったよ。だけど相手が悪かったな」




